ゲーマー日日新聞

ゲームという文化を、レビュー、攻略、考察、オピニオン、産業論、海外記事の翻訳など、複数の視点で考えるブログ。

アンロック制度がFPSを腐らせたのか?

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最近、残念な対戦型FPSが増えたと感じる。

私自身FPSは好きだ。一番長く遊んでるゲームジャンルだと思うし、相応の作品に相応の時間を費やしてきた。だからこそ、最近の作品に失望することが多い。

その最大の要因はアンロック制度だ。最初から全ての銃やスキルが使えるわけでなく、たくさん敵を倒したり試合をこなすことで、少しずつ解放されていく、というアレである。

昨今の『Star Wars™ バトルフロント™ II』の騒動で、この問題は特に顕著となった。海外で最も著名なレビューサイトのMetacriticのユーザースコアが1を下回るほどの不評で、途方もない量のアンロック要素や不公平なガチャの存在が指摘されていたのだ。*1

 

そもそも、アンロック制度は一体何が問題なのか。それは、一定のルールの上で公平に競い合うゲームにおいて、選択肢が全て使える上級者と使えない初心者の間で、不公平になる点だ。

例えば、ゲームを始めた初心者が、敵の意外な銃や戦術によって負けてしまう。へぇ、そんな戦術があるなら真似してみるかと考える。ところが、その銃を使うには初期の銃で500回相手を殺してくださいと突っぱねられる。それで自分の敗北を素直に認める人は稀だろう。

対人FPSで楽しいと感じるのは、正確なエイムや、狡猾な立ち回り、優れたチームワーク等を発揮した時だ。決して漠然と何時間遊んだだけで有利になったり、不利になることではない。

何より問題なのは、プレイヤーの創意工夫や試行錯誤の余地を奪うことだ。競技において誰もが最初は初心者であり、上級者の戦術や技術を模倣として上手くなるのが基本だ。その切磋琢磨こそ、人と人が対戦するならではの醍醐味だと思うが、アンロック制度はこれを抜本的に否定しているのである。

しかも一番まずいのは、そのゲームを始めて遊ぶ人間が必ずしも「初心者」ではない点だ。今回炎上した『SW:BF2』の場合、本作はタイトル通り『2』、つまり前作を遊んだ経験者が大半なわけで、『SWBF』の基礎を理解し『2』の新要素を待望する彼らにとって、アンロックは完全な「義務」になっているのである。

 

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武器は無論のこと、衛生兵なのに蘇生キットが最初から使えないというのはさすがに問題では(画像は『BFBC2』)

 

こうしたアンロック制度自体は、別段最近のものではない。既に10年以上前からフォーラムで議論されてきた課題だ。

では何故、アンロック制度が生まれたのか。それはFPSの歴史を辿るとおおよそ想像がつく。要するにFPSはよりカジュアルになり、より多くの顧客を確保し、そして小銭を稼ぐためだ。

 

まず、対人FPSの黎明期に代表される『Quake』(1996年)。このゲームには無論、UnlockのUの字もない、極めて硬派な撃ち合いが楽しめるスポーツ系FPSだ。

だが、プレイヤーの人口が伸び悩んだ。最大の原因は「難しい」ことだった。『Quake』では、キャラクターの移動一つとっても”バニホ”や”ストレイフ”といったテクがあり、扱う武器の一つ一つに独特の癖がある。

無論こうした要素は「高度な競技性」として評価される側面でもある。確かに滑空しながらロケランを当てて得る1キルの達成感筆舌に尽くしがたい。が、スタートラインに立つために、何回も上級者にキルされながら練習するのは正直キツいといのが、初心者の本音だった。

そこで、よりオブジェクトやチームプレイを重視する『Unreal Tournament』(1999年)や、『Counter Strike』*2が現実的な世界観やユニークなルールによって数多くの廃人を生み出した。そのうち、ビークルを主軸にした『BF』やクラスで役割を分担する『W:ET』なども作られ、こうした歴史の流れで対人FPSはPCゲームの競技ツールとして不動の地位を手に入れた。*3

このように、多くのFPSはルールを複雑化する一方で、操作は単純化する方向で人気を伸ばした。新しいシリーズが出る度、空を飛んだキャラクターは地面を歩き、ミサイルを撃っていた兵士は即着弾のライフル銃を担ぎ、個人技でねじ伏せたゲームの勝敗はチーム全員で責任を持つようになった。妙な癖やテクがなくなり、初心者でも肩の力を抜いて気軽に遊べることで、FPSは人口に膾炙していったのだ。

 

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上が『Quake Ⅱ』下が『Counter Strike 1.6』。挙動は現実寄りになり少しずつカジュアルになっていった。

 

アンロック要素は、恐らくその「カジュアル路線」の延長線にあった。2007年に発売され、コンシューマ機で『ゴールデンアイ 007』以来の大ヒットとなった『Call of Duty 4』がその象徴と言えるだろう。「パーク」や「アタッチメント」によってプレイヤー毎の個性を活かす「カスタム制」を導入し、そこにアンロック要素を絡めていった。

当初このシステムは真新しく、FPS自体が『Halo』等除いて少なかったコンシューマ機の層には好意的に受け入れられた。特にコンシューマ機で始めてFPSに触れた人が多い中で、この制度はチュートリアルのように機能していた面もある。これはアンロック制度の希少なメリットだ。*4

問題は、最初に述べたように、この制度が『COD』シリーズどころか、当時殆どのFPSに拡散されたことだ。仮に『COD4』で全武器を解除しても、1年後に出た続編『MW2』では、また1からアンロック作業を繰り返す。気づけばアンロックは当然の義務になっていた。

 

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元々PCゲームとして高く評価された『COD』は、『COD4』(画像)によってコンシューマ市場に巨大なブランドを築いた。

 

更に、このアンロック作業のマゾさはエスカレートしていった。最初はせいぜい、ザックリ10試合勝つとかで済んだものが、その要求数も増えていき、しまいに「敵のグレネードを投げ返して倒す」とか訳の分からない縛りプレイを強要するようになったのだ。

そしてゲーム企業はこの制度の上に「悪魔」を生み出してしまう。この何度もリセットされ、その度に面倒になるアンロック要素を、金銭で一気に解除できる「ショートカットDLC」の登場である。

これを私が始めて知ったのがEA DICEの『BFBC2』(2010年)だったのだが、相当に衝撃を受けたことを記憶している。「これはさすがにダメだろ」と。

ただでさえ面倒な作業で薄いゲーム性を誤魔化しているだけと考えられていたアンロック制度に、最悪の目的を与えてしまった。要するに、アンロック制度は全部小銭稼ぎのためのマッチポンプだったのではないかと、プレイヤーに疑わせてしまったのだ。

その上で、『COD:AW』はこの延長線上にランダムでユニークな性能の銃が手に入る、所謂ガチャまで実装してしまう。一部のガチャ銃はデフォルトより性能が高く、「作業に必要な時間は全員同じ」という建前すら反故にされていった。

 

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簡易的なアンロック制度の変遷の流れ。例に『COD』を多く挙げたが、当時最も人気のシリーズだったというだけど、同じような制度は多くのFPSに搭載されていた。

 

つまり、アンロック制度は、歴史の中で徐々に改悪されていったのだ。最初はカジュアル層向けのチュートリアル的な要素だと捉えられたものが、シリーズ化の中で惰性になっていき、しまいに小銭稼ぎのチップに成り下がった。

特にこの、ショートカットDLCの存在はアンロック制度の是非を大きく揺さぶった。確かにアンロック要素はアンフェアなものだ。だが誰もが等しく何時間もアンロックの作業に付き合うという点だけは、一応フェアなものだった。それが、金を払った人間だけ最初からフル装備で戦えるのだとしたら、完全に「Pay to Win」だと言える。これは競技を建前とするゲームでは最悪の不名誉だ。

この改悪の連続で、アンロック制度自体を疑うゲーマーも増えていった。純粋に人とゲームで対戦するだけで、何故不利なステータスから始めなければならないのか、しかも何故プレイスタイルまで強要されねばならないのか。

『SW:BF2』の炎上は、こうした長年増長したアンロック制度という怠慢が爆発した結果なのだ。決してこのゲームだけが問題なわけでない。

同じパブリッシャーのEAは、人気作『BF1』でも「ビークルで敵を累計◯◯人轢く」というミッションなど明らかにゲーム上不利になるミッションを、チーム戦で戦うゲームで持ち込んだし、*5任天堂が開発した『スプラトゥーン』ですら、だがインゲームマネー限定といえダウニーのガチャ要素や、『2』で一からアンロックする手間を作るのは悪手だったと言わざるを得ない。*6

 

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・・・

 

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ガチャ自体はあっても良いのだが・・・

 

一方、このアンロック制度の腐敗を反動に、アンロックに甘えずプレイヤーを楽しませようとする優れたFPSも数多く生まれ、既存のシリーズを追い抜いていった。

例えば、Blizzardが満を持して発売した『オーバーウォッチ』(2016年)は、正面からこの悪癖にNOを叩きつけた。チームプレイと競技性を重んじる本作では、全てのヒーローは当然最初から使用でき、後から追加されたものも無料で利用可能だ。

Valveによる丁寧なアップデートで人気を吹き替えした『Counter Strike: Global Offensive』(2012年)もまた、全武器を最初から使える一方で、Steamマーケットを介したユニークなスキン制度を浸透させ、FPS史上最高クラスの売上を記録した。

それ以外にも、ストリーミングによって爆発的な人気を誇っている『PUBG』(2017年)、少し古いがストラテジー要素が強くファンの多い『Natural Selection 2』(2012年)など、アンロックに頼らず真摯にユーザーのエクスペリエンスを重視し、その結果現在ではこうした作品がメジャーなものとなっている。

 

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アップデートで追加されたキャラクターも当然無料・初期から使用可能だ

 

繰り返すようだが、結局アンロック制度やガチャ要素など、ゲーム側の「甘え」に過ぎないというのが私の意見だ。

アンロック制度など、普通に遊ぶだけじゃすぐ飽きるから、作業の積み重ねで誰でもうまくなる気になってくれ、そのために自由なプレイスタイルで遊ぶのは勘弁してくれ、と開発陣が言ってるのと同じ。

無論、自分がどれぐらい遊んだか、どんなプレイスタイルを好むか知る、「実績」のような軽い指標はあってもいい。ただそれは『PUBG』や『OW』における、ゲームに一切影響のないスキンでも構わないわけで。

とにかく、いい加減時代錯誤なアンロック制度は捨てて、開発陣は公平な条件で遊べる環境を作るべき。仮にアンロック要素を用意するにせよ、せめてプレイスタイルを縛る、チームプレイを阻害する、ランダム性のあるガチャで装備の優劣を付けるなどは、絶対に避けるべきだ。

今回は『SW:BF2』の炎上に端を発したものだが、実際のところアンロック制度に依存している対人ゲームは『SWBF』に限らず、『COD』や『BF』、そもそもFPS以外の対人ゲームですら数多く存在する。その一方で、これらに頼らずユーザーの体験を第一に優先するした『OW』や『PUBG』が、今最も支持されているFPSになっているのも事実だ。

 

 

*1:DICEが「Star Wars Battlefront II」のクリスタル販売を一時中止、プログレッションの抜本的な見直しを約束 « doope! 国内外のゲーム情報サイト

*2:『Half-Life』のMODとしてデビュー

*3:別にこの作品が起源だという意味でなく、代表的な作品だとザックリ位置づけてるだけなのでご了承願いたい

*4:だからシリーズ入門編だと考えれば悪くない制度だった。

*5:無論どんなゲームプレーをするも人の自由だが、ゲーム側が明らかに得のないプレイを推奨し、インセンティブを作っていることが問題という話

*6:ただし、任天堂ハードで始めてシューターに触れる初心者に向けて、アンロックは程よいチュートリアルだと考えられる面もある。じゃ続編でまたアンロックする必要はあったのかとも思うが