ゲーマー日日新聞

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2分間の映画批評 『ムーンライト』

 

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ネタバレ感想です

 

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最近あんま映画の記事書いてなくて、せめて今年で一番良かった映画の記事は書こうと思ったので、今日はこの『ムーンライト』って映画の感想を書こうと思います。

多分映画ファンなら皆知ってますね。アカデミー作品賞を受賞した権威もあって、誰もが認める名作でしょう。私も相応に期待して観に行ったけど、それを余裕で振り切る名作だった。

 

この映画、ほんとひでー映画なんですよ。よく同時期に公開された『ララランド』があったけど、あれが「苦難を乗り越える」わかりやすい映画なんだけど、こっちは「乗り越えられない」映画なんですよね。

主人公はアメリカの貧民街育ちの黒人シャロン。幼少期から母親に虐待され、それが原因なのか同性愛者でもある。この時点で相当キツいんだけど、今のポリコレ大好きなアメリカの映画だから、多分「同性愛は強し!」「黒人は尊し!」みたいに、バンバン出世していくもんだと思ってた。

でも結果は逆で。いや~ボコボコっすわ。見てて気の毒になる程に連戦連敗。貧民街から抜け出すどころか、母親の人生を狂わせたヤクの売人になっちゃうし。同性愛者として社会運動するどころか、結局それを隠して、粗暴でグラサンかけてヒップホップ聞いてる、もう絵に描いたような黒人になって、辛うじてやり過ごしてるし。因みに渾名は「ブラック」。

 

本作の脚本の原題は「In Moonlight Black Boys Look Blue」。まぁ劇中台詞でもあるんですけど、要は「月光に照らされている時は、黒人も”青”になれるんだよ」。つまり黒人という人種に縛られず、自分のアイデンティティを貫けるんだって話です。

じゃ、主人公のシャロンは「ブルー」になれたのかっていうと、全然なれてない。おもっくそ「ブラック」。自分のアイデンティティをへし曲げ、妥協に妥協を重ね、やっと生きていけてるって感じ。(因みに本作では、この変化を強調するために、幼年期、学生時代、青年期で3人俳優を使ってます。監督曰く、あえて個性の異なる3人を選んだとか。)

でも、この映画の凄いところは、「まぁそんなもんだよな」って観客を納得させる、圧倒的な映像技術です。とにかくカットとエフェクトの使い方が芸術的で、貧民街の悲しい生活なのに、凄くクールに見せてるんです。だからあんまり絶望感や悲壮感はなくて、一種の諦念というか、ちょっと違うけど、鴨長明の随筆を読んでるような、安らぎすら感じさせる。或いは小津安二郎の作品に近いかもしれない。

 

で、このアイデンティティの揺らぎってテーマ自体、とても普遍的なものだと思います。誰でも一度は経験してますよね、自分を貫くことと、社会で生きることは両立できない、だから自分が折れなきゃいけない、って経験。

問題は、それが本当に悪い事なのか?ってこと。私も実際、色々折れて、今に至ってます。だけどそれに不満はないです。人間一人じゃ生きていけない、だから仮に自分が悪くなくても、皆少しずつ妥協して、分水嶺を見極めていかなきゃいけない。むしろ、「折れる」ことで見えてくる価値観、人間関係もあるわけだし、「折れない」のは子供が駄々こねてるのと変わらない。

 

『ムーンライト』は限りなくこの問に真摯に答えています。「俺は自分を貫くぜーイヤアアアアアホオオオオウ」って言って悲惨な目にあう『イージーライダー』と異なり、「8割妥協するけど、2割ちゃんと自分が残ってるぜ」ってぐらい、本当に絶妙なラインを描いています。自分は売人になった、貧民窟からも出れなかった、けど最後まで愛を貫くことが出来た。*1

それがとてつもないリアリティ、安心感、可能性を感じさせてくれます。ジェンキンス監督の心地よい映像と音楽が相まって、この厳しい現代で、少し悲しいけど、これが俺たちの生きる道なんだなって、何とも言えない充実感がありました。

 

 

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*1:無論『イージーライダー』は折れないことの美学を描いていて大好きな映画。