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【評価】『Fallout 76』感想レビュー コミュ力が試される無人のカントリーロード

 

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時代の流行を抑えに来た『Fallout 76』

どんな世界にも流行というものがある。

今年の冬はグレンチェックのアウターをよく見るよねとか、今年の紅白はやっぱりDA PUMPと米津玄師が印象的だったよねとか、それぞれ流行、モード、シーン、何にせよ、何かしらの特質が多数のユーザーから熱烈な指示を浴びる、それを中心にビジネスを作るというのは、無論ゲームにおいても同様である。

ではゲームにおける流行は何なのかというと、ズバリ「大作 × オンライン × ハクスラ」であると私は考える。

他人と一緒に、敵を蹴散らしながら紫色や金色に光るlootを荒稼ぎし、少しでも数字の高い装備を集めて悦に入るという、『Diablo』が1997年に発明してしまった悪魔の方程式を、たっぷりのリソースを詰め込んだ「AAA級タイトル」に搭載する。

考え方としてはシンプルだが、実際この傾向は現在進行系でよく見かける。

最近ではBungieの『Destiny』、UBIsoftの『Division』、レースゲームの『The Crew 2』もそれっぽい要素があり、ディアブロクローンを地で行く『Path of Exile』もまだ元気で、来年にはBiowareが『Anthem』を発売する予定だ。

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という流れを考えると、かのベゼスダのドル箱タイトル『Fallout』がオンライン化して、更にハクスラっぽいゲームになる事は何もおかしくない。

2015年の発案から3年で構築された本作は、抜本的な部分はほとんど『Fallout 4』である。

基本的に目に映るアボミネーションを射殺して周り、彼らから特殊な機能が付いたアイテムを奪う。更に世界のゴミを集めて分解すると素材になり、それらを使って武器を強化したり、基地を建築したりする。

こうしたハクスラ要素は既に『Fallout 4』で成熟されており、今作『Fallout 76』でもそっくりその塩梅は活かされる。世界を歩き、ダンジョンを探り、敵を倒して装備を集める。実に「ハクスラ的な」中毒性に満ちており、その大半は乾いた銃撃戦で過ごす。

 

ほぼTPS化したゲームプレイ、人間が消えたオープンワールド

ハクスラ、オンラインといった新要素と対象的に、大きくオミットされたのがRPG要素だ。

というか、今作はもうRPGはオマケであり、シューティングがメインと言って遜色ないだろう。Charismaでトークスキルを磨こうにも、今作にはNPCがほぼいないし、敵からアイテムをスカベンジする前提である以上、ステルスプレイはほとんど機能しない。

よってゲームプレイは基本的にTPSのようなガンファイトがメインだが、肝心の銃撃戦は全く面白くない。第一、『Fallout』は元々RPGだ。本物のFPSやTPSに比べると、爽快感や戦略性は数十分の一である。

そもそも、『Fallout 3』や『Fallout 4』がチャカぶん回すゲームでありながら「RPG」として楽しめたのは、「V.A.T.S.」という時間停止機能によるものだったが、本作ではオンラインである以上、周囲の何人ものプレイヤーの時間を止めるわけにもいかず、この機能はせいぜいエイムアシスト程度にしか機能しない。

攻略手段はほぼ銃撃か近接攻撃に限定され、VATSによるサクサク進む戦闘も難しい以上、RPGというよりは、テンポとレスポンスの悪いACT/TPSのような作品になっており、単純にゲームを攻略する面を考えれば、非常に微妙な作品と言わざるを得ない。

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対象的に、美しいのはアパラチア山脈が縦断するウェストバージニア州の世界だ。

こちらも大きなオミットがなされており、そのものズバリ、「NPCほぼ削除」という大殺戮をベゼスダはやってのけた。街に行こうがどこも廃墟、癖の強いNPCとの会話もなくなり、トレーダーすらロボットかアボミネーションという有様である。

だが、これが存外悪くない。確かに、腹に一物抱えた悪党たちや、狂気の綱渡りをする世捨て人たち、何故か正義を捨てきれない戦士たちとの別れは寂しいが、誰一人いないアメリカの世界は、不思議なまでに実在感がある。

誰も居ない、その静寂こそが、このウェストバージニアの大地を他ならぬ、実際に存在させるような感覚に陥らせる。

決まりきった台詞を吐くだけのNPCは、むしろ世界の非現実性を担保する楔であった。それらは全て、悪意と敵意の塊と化したアボミネーションに置き換わり、プレイヤーに牙をむく。だがそれこそが、世紀末物語におけるリアリティである。

ポスト・アポカリプスの無政府状態を描く作品にして、不思議な楽観性でプレイヤーを魅了した本作は、オンライン化という真の「終末」を迎えて、専ら悲観性のみを残した。それは確かに寂しいが、従来にないヒリつくような印象を与えており、個人的には好印象であった。

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多人数で遊ぶゲームとして考えると、未熟な点が目立つ

とまぁ、ここまで来ると当然ながら、従来の『Fallout』ファンにとっては色々と辛い体験になることは否定できない。

では、ここまで犠牲を払って実現した「オンライン化」は面白いのか?

ひび割れたアスファルトを、50年代のカントリーを聞きながら、ぬるいヌカ・コーラでダンディボーイ・アップル を流し込みつつ、見知った友達やついさっき出会った中国人と歩くのは楽しいのか?

 

楽しいに決まっているだろう。崩落した文明の行く末を歩く、『Fallout』のエクスペリエンスを、友達や見知らぬ人間と共有する喜びは、むしろシリーズ経験者こそ夢見たものだと思う。

友人と『Fallout』の話をする時、大抵は印象的なロケーションの話になる。『3』における「メガトン」の不発核兵器、『New Vegas』における印象的なVaultの数々、『4』における自分が開拓した入植地……、そうした胸躍る冒険を直接、同時に、他者と共有できる喜びは、想像以上に大きかった。

無論、全くの赤の他人と冒険しても楽しいのだが、やはり本命は見知った友人とボイスチャットで会話しながらの冒険だ。

世界に点在する数々の遺物から、戦前何が起きたのか友人と考察するのは本当に楽しい。言うまでもなく、おなじみVaultのような場所であれば、考察の喜びは倍である。

むしろ、本作は野良同士でグループを作って遊ぶ事を前提に作られてると思えない。本作はNPCがいない分、大量のホロテープやノートによって物語を補完できるのだが、よくMMOで「ムービーを飛ばさない人」が批判されるのと同じく、チンタラ考察等に思いを馳せていると、戦利品目当ての味方がどんどん先に進んでしまうからだ。*1

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だが、本作をオンラインゲームと捉えると非常に辛い部分が一つある。前述した本作のゲームプレイの平凡さ、RPG要素の摩耗は既に述べた通りだが、これはオンライン上では更に悪化する。

本作では、殆どPerkやTraitやSPECIALといったビルド要素が死んでいるので、育成の幅や方向性が殆どなく、どれも似たようなキャラクターになる。

そうなると、複数人集まっても役割分担もへったくれもなく、正面から撃ち合うだけになる。これはオンラインゲームの魅力を大きく削っている。

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そもそも、RPGとして最も完成されている『Fallout』といえば、1997年版初代『Fallout』だ。『Baldur's Gate』らと並び、90年代の2D CRPGを代表する本作は、極めて高い自由度とそれに伴う責任重視していた。

印象的なのは毎度おなじみ「S.P.E.C.I.A.L.」だ。97年版『Fallout』も、PS3版の『Fallout 3』も、筋力や知性を表すSPECIALの値をゲーム開始時に割り振って、それに合わせたゲームプレイを実行するのは変わらない。

だが恐ろしいのは、97年版では「S.P.E.C.I.A.L.」が低い場合、バッドステータスが発生する点だ。

仮に知性のINTを1に設定したとする。そうした場合、プレイヤーは全てのPCにアクセス出来なくなるとか、CHRが低いとNPCと会話しても「あー、あー・・・、あー?」みたいな頭悪すぎる選択肢しか出ないという有様だ。

SPECIALに限らず、旧作Falloutは、成長や利益に必ずなにかコストやデメリットがある。つまり、旧作はトレードオフを重視したゲームだった。万能なキャラクターは絶対に作れず、仮に戦闘キャラにすると決めても、銃か近接かどっちか選ばなければならない、という具合に。

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因みに、想像した以上にCRPG版『Fallout』の人気は高くなかった様子。それどころか76から始めた人がこんなにいるってすごい。アンケート回答ありがとうございます。

 

話を『Fallout 76』に戻そう。今作の場合、SPECIALは決められた数値を割り振るどころか、レベルアップ毎に少しずつ成長させる凡庸なシステムへ変更された。

この結果、全てのプレイヤーは大抵の事を自力でまかなえるキャラクターを育てる事が出来る。無論、多少の差はあるにせよ、他のMMORPGやハック&スラッシュと比べても、成長の幅はかなり似たような方向になる。

そして何より、序章で述べたようにNPCとの会話や、ステルス、様々なクエスト毎のルートがまるごとオミットされ、スーパーミュータントのように、正面からバンバン撃ちまくるゲームになった。

その結果、オンラインゲームであるにも関わらず、協力する面白さが殆ど無いゲームを進める度に強力な敵が出現したり、また突発的なイベントがあるので、ゲームの難易度的に協力する必然性はなくもないが、メンバーの個性を活かした戦略的な戦いなどない。

無論、ハッキングやロックピックが出来るキャラがいれば嬉しいとか、STRを上げたプレイヤーに荷物をちょっと運んでもらうとかは出来るけど、少なくともオンラインゲームの中でも、かなり凡庸なゲームである事は否めない。

邪推だが、これは「オンライン専用にしたい」という開発側の強い意志と、結局は一人で遊びたいという反対意見との間で産まれた、衝突が原因と思える。どっちに偏るとも出来なかった結果、この作品はやや中途半端に思えるのだ。

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個人的に、もし『Fallout』をオンライン化するなら、97年版のデザインを下地にするのが理想だったのではないかと考える。

決して「97年版が最高!」という老害的な考えでなく、オンラインゲームにする以上、各プレイヤー同士が足りない能力を補い、互いにリスペクトするゲームデザインが理想だ。

その点では、旧『Fallout』の常にリスク・リターンのトレードオフがあるゲームデザインは、うってつけだったのではなかろうか。あちらでは一つのミスが命取りだが、それを仲間が補い合えば、必然的に印象深い協力プレーになる……と思う。

 

欠点はあるが、この素晴らしい箱庭を友達と冒険する喜びは格別

総じて、『Fallout 76』は友達と一緒に核戦争後のアメリカの大地を歩くとい夢を叶えてはくれるものの、オフライン時代にあったRPG的な要素がゴッソリ減った一方で、オンラインならではのユニークな体験が用意されてる訳でなく、あまり印象に残らない。

ソロで遊びたいという声、どうしてもオンラインで作りたいという意志、緩いコミュニケーションか強いチームワークか、そこに必要な技術やアイディア等、諸々がコンフリクトを発生させていて、着地点が明確でないと思える。

 

といくつか不満はあるのだが、遊ぶ価値がないわけではない。少なくとも、一緒に遊べる友人がいるなら、それなりに楽しめると思う。

このウェストバージニアの大地は日本人の我々にとっても故郷(カントリー)である。それが仮に、戦争で全てが破壊され、人間が絶滅しかけ、オンライン化の仕様変更があっても尚、シェナンドー河は美しく、ブルーリッジ山脈のハイキングは心が安らぐ。

何だかんだ言っても『Fallout』、現実のアメリカを下地にした世界のディティールと、その冒険の面白さに関しては、他の作品と比べても圧倒的なのである。

そうそう、「C.A.M.P.」は面白かった。昨今流行りの「サバイバル系MMO」の拠点システムの応用だが、あれより遥かにシンプルかつ操作も簡単で、さんざくた危険なハイキングをした後で友達の家に上がり込む安心感は、他のゲームでは中々味わえない。ただワールドを指定できない仕様と壊滅的に相性が悪い。

 

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*1:或いは、非常に生暖かい目をしながらこっちを見てくるか