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Blizzardの香港問題まとめ ―esportsとチャイナマネーの関係

 

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著/J1N1(@J1N1_R1

Blizzard Entertainment(以下、Blizzard)がリリースするタイトル、『Hearthstone』のグランドマスターズの中継で、「香港を解放せよ」となどと叫んだ香港人プレイヤーのBlitzchung選手が、大会規定違反として10月8日に公式側から処分を受けた。
 
この処分に対し「不公平」「Blizzardは習近平の企業だったのか」といったSNSには批判的な意見が多い。アメリカの上院議員までもがこの対応を批判するなど、本件は日本ではあまり話題になっていないが国際的にはゲームカルチャーにおいてかつてない程に論争が激化している。
 
現在、香港を巡る情勢は国際的にみて非常にビビッドな政治的テーマであり、その是非はあらゆる分野に波及しうる程に大きくなっている。なので、いかに配慮したところで「中立的」や「客観的」な記事にはならないことを承知した上で、なるべく本件を客観的に捉えるために、Blizzardが直面している問題の大きさについて論じていきたい。
 
これは、esportsと香港情勢、そこに一体どのような関連があり、またBlizzardはどうしてこのような対応に出たのか、本件はある程度の炎上を覚悟でこのブラックな部分に踏み込んでみようと思う。
 
 

そもそも何があったの?

 
まずここに来てもらった人に向けて、そもそも今回のBlizzardの一連の問題について軽くまとめておく。(主要な事件だけ時系列順で)
 
1. 10月7日、香港の『Hearthstone』プレイヤーであるBlitzchung選手が「香港を開放せよ」と試合後のインタビューでパフォーマンス
 
 

 

2. 10月8日、BlizzardはBlitzchung選手が「GRANDMASTERS OFFICIAL COMPETITION RULES v1.4」の「6-1」に抵触するとして、「グランドマスターズからの降格」「シーズン2賞金の没収」「1年間の試合参加禁止」などの処置を行う。また同様にインタビューを行った2名についても解雇する。
Blizzardの主張は「選手各人の表現の自由は尊重するが、esportsの競技に携わる以上ルールに準じなければならない。」というもの。
 
 
3. これらの処分に対してSNSなどで「#BoycottBlizzard」などを使った抗議運動が激化。Blizzardへの批判が集中する。
 
4. 10月9日、Blizzard社員の何者かがBlizzard社にある像に書かれた「Think Globally」「Every Voice Matters」(グローバルに考えよう、全ての発言を尊重しよう)という標語を隠したことを、Blizzard元従業員のKevin Hovdestad氏がTwitterで発表。また一部の社員が香港デモを模したパフォーマンスを実行。
 

 

 
5. 10月9日、『Hearthstone』キャスターであるBrian Kibler氏がBlizzardの対応を「公式放送を政治的道具に使うべきでなく、処罰自体は妥当」としながらも、「処罰の内容はあまりにも厳しく、完全に不当かつ不公平なもの」と批判。「香港情勢やBlizzardの経済について理解しているわけでないが、その両方に深く根ざした結果の処罰に感じた」として、「この決断をしたカメラに微笑むことはできないため、今後グランドマスターに関わることもない」として今後の関与を否定する。
 
 
6. 10月9日、アメリカオレゴン州の上院議員Ron Wyden氏がTwitter上で「Blizzardは中国共産党に媚びるため自らを辱めている。アメリカ企業があぶく銭のために自由を検閲することは許されない」と激しく批判。
 

 
7. 10月9日、『Fortnite』などのEpic Gamesの創立者でありCEOのTim Sweeney氏がTwitter上で「Epicはいかなる『Fortnite』に携わるプレイヤーやクリエイターの政治及び人権に対する主張をも支援する」と主張。
 

 
以上のように、主に「プロゲーマーが公式放送で香港問題に対する政治的な主張を展開」「Blizzardが処罰」「処罰に対して各地で批判」といった流れにあると思う。無論、Brian Kibler氏の批判にもあるように、Blizzardを擁護する意見もコミュニティから上がっている点も触れておく。
 
本件における争点は様々あるが、主にBrian Kibler氏が指摘する点に集中すると考えている。具体的に
 
・処罰それ自体は妥当か
・処罰が妥当として、その重さについては妥当だったか
・処罰やその内容を決める上で、公正なプロセスを経たのか
・そもそもBlizzardの処罰と中国による香港干渉は関係性があるのか
 
という点に絞られると考えている。
 
しかしながら、国内外のソーシャルフィードを確認する限り、これら3点が全てごっちゃになっているがために、加速度的に批判がより過激になりつつある。
 
例えば、「処罰したこと」それ自体がもう共産党の陰謀であるという批判や、逆にBlizzardの対応は何一つ政治的な配慮がないとする擁護も存在する。往々にして政治的なインターネット上の議論とは偏るものだが、今回もその例に洩れず、争点がまとまらないまま両極端な意見に集中→より過激な殴り合いへ発展するという流れが見られる。
 
私の立場として、少なくとも本件に政治的な影響が何一つなかったと言い切れないと考えている。それは以下から説明するとおり、Blizzardを含めたesports企業にとって中国資本及び中国ユーザーの存在は極めて大きく、彼らを無視して何か判断をすることは実質的に不可能だと考えられるからだ。
 
一方で、そういった問題を全て「コミュニストの陰謀」に結びつけて処理できるほど現実はドラマチックでもなく、むしろ合理的な判断とも考えられる点を含めて、そもそもBlizzardを含めたesports市場においてどれほど中国の存在が大きいか説明したい。
 
 
 

チャイナマネーに強く依存したesports市場

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まず前提として、今中国による資本、所謂チャイナマネーはあらゆる産業において重要だ。
 
2018年に13兆ドル(約1400兆円)ものGDPを記録した中国だが、その上キャピタル・エコノミクスの調査によれば、中国経済は成長がやや鈍化しているものの5%近いGDP成長率を見せている。
 
だが、ことゲーム市場において中華の影響はその比ではない。
 
Newzooの調査によれば、2019年に中国はゲーム市場だけで365億ドル(約4兆円)もの収益を上げている。2018年には中国はアメリカを抜いて世界一位の収益をあげている。
 
しかし中国のゲーム市場への影響力は、単なる札束だけではない。中国最大の武器である「人口」もとんでもない数字だ。
 
近年、中国の人口は14億人に達する見込みだ。しかもそのうち、何らかの形でビデオゲームに触れている「ゲーマー」は2018年時点でも6億2000万人存在していると考えられ、言うに及ばずこれは世界最大のゲーマー大国である。
 
更に、中国は世界的に見ても特にesportsへの関心と理解が高い国である。
 
Newzooの調査によれば、この約6億2000万人のゲーマーのうち32%がesportsに何らかの関心を持っているとされている。更に今年4月には、中国政府がesports関連の職業を専門職として認定し、プロゲーマーをアスリートとしてバックアップする体制も作っている。esportsのオリンピック種目化にも特段力を入れているとも考えられている。
 
この32%というのは驚異的な数字だが、ここまで中国の若者がesportsタイトルに夢中になっている理由として、とりわけ日本やアメリカと比較して、経済的制約や政治的規制によってコンシューマのゲームが浸透しなかったことから、モバイル・PCでプレイできるesportsタイトルに対する若者の理解が早かったからだと考えられている。
 
今や中国に若者文化においてesportsは必要不可欠なものであり、esportsを主題としたweb小説『全職高手』は非常に高い人気を呼び、2019年にはアニメ化もされている。
 

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中国の若者たちがゲームで競い合うweb小説。その設定はスポ根そのもの。
余談だが、日本で多くのMMORPGを主題とした「プレイヤー」目線のweb小説が人気を博したのに対して、中国で同様にオンラインゲームを主題としたプレイヤー目線のweb小説が、プロゲーマーがプロリーグの大会を勝ち上がっていく物語を描いている点は、両国のゲーム事情やゲーム文化の差異を明らかにしているようで中々に興味深い。
 
さて、中国の人口は何も本土だけではない点も抑えておきたい。
 
中国に並ぶ巨大ゲーム市場であるアメリカにも、2017年時点では500万人近い中国系アメリカ人が暮らしており、これは全アメリカ人の1.5%に及ぶ。
 
またesports市場において最も急成長していると考えられる、タイ、マレーシア、インドネシア、シンガポール等の東南アジア市場は年22%もの成長を見せているが、タイには約1000万人、マレーシアには約660万人、インドネシアには約300万人、シンガポールには約250万人もの華僑が在住している。
 
すなわち、ビデオゲーム市場が急成長している中国のみならず、巨大なビデオゲーム市場を持つ中国国外においてもなお、中国系ゲーマーの影響力は極めて根強く存在しているのだ。
 
2億人以上のゲーマーに、中国政府による力強いバックアップ。
 
ゲーム市場は無論だが、esports市場においては、いかに中国人や中国企業の関心を引くのかが全てと言っても良いほどに、チャイナマネーの影響力は極めて大きい。とりわけesports市場においてその影響力は顕著なものとなる。
 
 
 

Blizzardが中国に逆らえない理由

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北京国家体育場で開催された、『LoL』世界大会決勝
このように、「中華」という概念は民族的・経済的に極めて大きく、何よりesports市場においては他市場の比にならないほどに圧倒的なシェアを占めていることがわかる。
 
ここが、まさしく私が「Blizzardが中国に逆らえない理由」だと考えている。いやBlizzardだけではなく、ほとんどのesports企業にとって彼らを無視して何かを決定することは、実質的に不可能だ。
 
無論、先程述べたようにBlizzardの処罰には一定の妥当性もあることは私も認める。esportsを政治の道具に利用され、ただでさえ荒れるコメント欄でお互いの民族を罵り合う様をみたり、最悪の場合暴力的な事件へ発展することは、業界人もファンも望む結果ではない。
 
しかしながら、そういった前提以上に極めて巨大な現実がBlizzardを含めた、全てのesports企業に存在する。それがこの、圧倒的な中華という存在である。
 
今やesportsは中華なくして存在し得ないほどに成長しており、逆に言えば日本のテレビ局ですら夢見るesportsの急成長は、他ならぬチャイナマネーの膨大な流入に担保されたものに他ならない。
 
「中国人がハマってるから、esportsは流行る」
 
というのは、心底身も蓋もない、しかし確かな現実である。
 
そして言うまでもなく、この中華という巨大な経済と人口を、完全に「政治」から切り離す事は不可能である。
 
本質的に政治とは何らかの社会が存在する限りずっと続くもので、例えばゲームに参加するプレイヤーが民族として外国から著しい弾圧を受けているという背景を持つことも、それに対して何らかの処置を行うことも、全て政治的な意図を完全に否定することができない。そこに人がいて、金が動き、組織が形作られる限りにおいて、完全にそこに政治がないなどと言いはることが不可能だと私は思う。
 
その点において、Blizzardの決断が正しかったか否かはさておき、極めてタフな決断であったことに違いない。
 
中国に住む大勢の自分たちのファンや主要株主が所属する国家の行動を否定するにせよ、看過するにせよ、そこに100%正しい答えは絶対に存在しない。人によっては言論弾圧と思えることが、別の人にとっては必要な注意義務と言えることもある。
 
正に今私が書いているこの記事についても、人によれば「中国の肩を持つレイシスト」とTwitterで煽られ、他の人に「esportsの発展の邪魔をする偽善者」と煽られることだろう。
 
企業の経済行為と政治的な配慮を完全に切り離すことは不可能だ。そのために、今後もesports、及びゲーム業界は中国政府の香港に対する一連の干渉について、常に「配慮」せざるを得ないだろう、少なくともこれを書く先日まで私はそう思っていた。
 
 
 

Epic GamesのCEOによる、驚くべき発言

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しかし、驚くべき記事を目にした。Epic GamesのCEOにして創立者であるTim Sweeney氏が
「Epic Gamesは『Fortnite』に関わるプレイヤー及びクリエイターの、あらゆる政治的・人権への主張を支援する」
発表したのである。
 
ご存知の方面多いだろうが、Epic Gamesは主要株主のうち40%の株を中国の大企業「テンセント」が所有する、事実上テンセントの子会社だ。(うち50%はTim氏が所有)
 
Activision Blizzardでも株のうち5%が「テンセント」所有なので、Epic Gamesの発言がどれほど深刻かご理解いただけるだろう。既にテンセント側とコンセンサスを取れているのか、それとも今後どうやって説明をつけるのかはまだ把握できていないが、いずれにせよ、歴史的な瞬間と言わざるを得ない。
 
中にはこの対応にも、「既に中共の息が・・・」と考える人も少なからずいるだろうが、本当にそうであれば本来選ぶべき選択肢は「沈黙」であって、このような声明を出した以上、今後確実に言論の自由に対して強い認識を持たねばならないだけに、私はTim氏のこの発言が極めて勇気あるもので、同時に革新的なものであると思う。
 
それは、単にゲームおよびesportsが単なる市場的効果を生み出す娯楽としてだけではなく(もしそうなら、以上のようなチャイナマネーを考慮してこのような発言はできない)、純粋にゲーマーである市民が参加する一つの社会に基づく文化であると、企業のトップが身体を張って推進していることに他ならないからだ。
 
結論として、中国はあらゆる観点でesportsにおいて大きな存在感があり企業も決してそれを無視できない。一方で、これを機にあらゆる国家や民族を包摂するesportsの社会的な側面が注目されている事実もあり、そこからより冷静かつ建設的なシーンを構築する事が可能なのではないか、そんな一縷の希望が垣間見えたようにも思う。