ゲーマー日日新聞

ゲームという文化を、レビュー、攻略、考察、オピニオン、産業論、海外記事の翻訳など、複数の視点で考えるブログ。

第七号車 レビュー(非ネタバレ) 一時間だけの忘れがたい旅

 

総論:  本作は低ボリュームという欠点から、「旅人シミュ」とも言える牧歌的な、かつ独自のストーリーを抱くADVへ昇華させ、現代のAAAタイトルにはない美点を備えた傑作である。

 

※DL先 第七号車

さて、最近は少し漠然としたエントリが多かった気もするので、今回は原点に立ち返って一本の作品に絞って評価するぞ! タイトル通り、ネタバレはないので未プレイの方も安心して読んで欲しい。

今回紹介するのは『第七号車』という、RPGツクールで作られた中国のフリーゲームだ。 フリーゲームなので、上記のDL先から無料で遊べるぞ。もちろん、面倒な登録等は一切不要だ。

 

内容は、旅先の列車で偶然出会った少女の話に付き合い、合間にプレイヤーが質問しつつ、彼女の話を聞き終えるだけの、至ってシンプルなADVである。

ゲーム性は『逆転裁判』や『L.A.Noir』を思わせる作りだが、別に応答を間違ったところでゲームオーバーにもならないし、選択肢も限られている。 プレイ時間もたった「1時間」であり、あくまでゲームに乗じたストーリーを、サクッと堪能する作品だ。

さて、本作の魅力はなんと言っても、「短い」点に尽きる。

プレイ時間はおよそ1時間こっきり。集中力が切れる直前に終わる長さだ。 勿論、ただ短いだけではない。 ストーリーは起承転結あり、ゲーム要素もあり、音楽やビジュアルも申し分ない。 そして後述するが、「ゲーム」の性質を活かした展開も忘れていない。

それらを全て補いながら、たった1時間で終わらせる。これは至難の業といっていいだろう。

 

どうしてたった1時間という「短さ」で、記憶に刻まれるような上質な体験を提供したのか。 なぜ「短い」ゲームが素晴らしいのか。本作の魅力に迫っていきたい。

 

 

 

全てを一時間で終える難しさ


 

 

 

本作ではプレイヤーは一人の旅人として、旅先の列車で出会った一人の少女と出会う。 その少女は何やら過去があるようで、主人公は暇つぶしがてらに、クイズ形式で少女の話に付き合うことになる。

たった1時間の短い会話だが、それは少女にとっても主人公にとっても、忘れ難い経験となるのだった。 というのが本作のイントロダクションだ。

本作は贅沢だと思う。なんせたった一時間で終わってしまうのだ。 それも、フリーゲームでありがちな、予算不足による貧乏臭い「1時間」ではない。

なぜなら、テクスチャ、音楽、UI、プロット、どの素材も丁寧に作りこんであるからだ。 これだけの素材を用意しておきながら、たった一時間で終わるのは勿体無い。五時間分の大作を作れるほどの素材だろう。

それをたった一時間で放棄してしまった。これはDLCのような続編を連発する近年のゲーム業界では極めて難しい決断と言える。(流石に開発費が違うが)

そもそも、私はゲームは短く終わるなら、短い方がいいと考えている。 もし惰性でゲームを遊ぶくらいなら、いっそこの場で終えて、他のゲームを遊ばせて欲しいと考えているからだ。

 

 

例えば、RPGでよくあるレベリングは、正に惰性そのものだろう。 作者はユーザーにレベリングして欲しくてゲームを作ってるのでなく、魔王を倒して欲しくてゲームを作ってるはず。

それなら作者はユーザーに見せたい、最良のパフォーマンスだけを効率よく提供し、それ以外は全て削ってしまうべきだ。 それはゲームに限らず、文学でも映画でも、私のチンケなブログでさえ気遣っていること。

我々は暇ではない。自分たちが伝えたい最高のシーンを、いかに効率よく、かつ手早く映すかが、作品の本質なのだ。

しかし、RPGで開始20分で魔王戦に突入しても、ユーザーからすれば混乱するだけだろう。 それもそのはず、私の言う最良のパフォーマンスとは、「起承転」まで全て揃えてから繰り出す「結」なのだから。

ただ短いだけのゲームは、最初から「結」が展開してしまっていて、今ひとつ記憶に残らないゲームが多い。

例えば、CoD:MW2なんかは、開幕から二転三転して、自分が一体何を、何のためにしているのか十分に掴めないままエンディングを迎えてしまった。

 

 

 そして本作は、「起承転結があって」「プレイ時間が短い」という二つの課題を達成しているのだ。 それも、たった1時間で。

しかも、そのたった1時間の起承転結が、未だ私の脳裏に深く刻まれているのだから感心する他ない。

本作の「銀河鉄道の夜」を思わせるアウトラインから、私は善に生きるとは何か、再考させられていたのだ。

 

 

 

 

 

「旅人シミュレーター」としての傑作


 

 

 

では作者は一時間という「短さ」の中に、何を伝えたかったのか。

恐らく、作者は我々プレイヤーに、「読み手」や「勇者」ではなく、「一人の旅人」として遊んで欲しかったのではないだろうか。

これは一見、矛盾した考えに思うかもしれない。 普通なら、「読み手」としてより、「登場人物」として遊ぶほうが、感情移入したり設定を飲み込んだりする分、むしろ長時間遊ばなければならないからだ。

しかし、本作において、登場人物に感情移入してなりきる必要はない。 なぜなら、本作におけるあなたは「一人の旅人」だからだ。

決して勇者でもなければ、魔王でもない。「一人の旅人」が主人公だ。

こんな地味な人物が、ゲームという主体的なメディアの主人公であることは珍しく、それだけで興味深い。 とりわけゲームにおいては、小説と異なり、いつまでも背後霊のように主人公を見守らねばならない以上、脇役を描くことは難しい。

 

 

 

 

 

そこで、個人的な本作の位置付けは「旅人シミュ」だ。

UI、ストーリー、テクスチャ、音楽、どれも素晴らしい出来で、牧歌的な儚さを秘めた美しさがある。 同時に、線路を踏みしめる音、研ぎ澄まされたBGM、癖のない文体は、旅人という中立な人物像になりきることへ、効果的に寄与している

可憐な少女の顔を覗きながら、「一人の旅人」として深く責任を感じることなく、彼女の話に耳を傾ける。 しかし、突然話は深刻さを増し、「一人の旅人」に対して善に生きることとは何か考えさせる機会にシフトしていく。この作りは、どこか『風ノ旅ビト』を思わせた。

これは我々の遊ぶ洋ゲーとは対照的だ。

毎度毎度、アメリカ海兵隊としての世界を救う重責を背負うのは、飽きてきた人、 逆に、サブクエあるよ!スキルもあるよ!ダンジョンあるよ!と、洪水のように押し寄せるコンテンツを遊ぶ人、 インディーゲーム特有の、アーティスト的なストーリーに頭を悩ませるのも、疲れた人、 長いムービーとか、難易度ある戦闘とか、やたら多いサブクエストとか、どれも時間も労力と、何より責任をプレイヤーに要求するコンテンツだ。

勿論それらは楽しい。しかし、それらと対比的なコンテンツはあっただろうか。

こうヘヴィーなコンテンツばかり楽しんでいては、肩も凝ってしまうのではないだうか。

 

 

 

 

 

 

この牧歌的な空間で、あなたはもう勇者にならずともいい。ただ椅子に腰掛け、1時間ばかり目の前の可憐な少女の話に付き合えばいいのだ。

だが勿論、これは萌えに乗っかっただけの、思考停止した娯楽でもない。 あなたはゲームを通して彼女の次の答えを聞かねばならないし、彼女の話も徐々に現実味を帯びるからだ。

プレイ時間の「1時間」のうち、あなたは常に旅人であって、聞き手である。 旅人になりきれるゲームは少なく、そして旅人に課せられる運命もまた、特別なものだ。

 

 

総論


本作を通して、私はより少ないボリュームのインディーズゲームへの期待が強まった。

積みゲー」という言葉にあるように、我々はいくらゲームに時間を割いても、全てをクリアすることは難しい。

しかし、多くのゲームが、プレイ時間を持て余し、惰性で続けていることも事実だ。

そこで本作のような、無料ゲーとしての少ないボリュームを、逆に「旅人シミュ」のような面白さへ昇華させ、更にゲームとして完結させていることには、感嘆する他ない。

我々は忙しい。ゲームの他にも遊びたいものはたくさんある。 ましてコンシューマ機の普及で、PCゲームに興味を持ったカジュアル層にとっては、更に重大な課題と言えるだろう。 本作は、そのような杞憂をふっ飛ばし、驚くほど鮮やかに「短いゲームの在り方」を示した、傑作である。

 

 

 

 

 

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