読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ゲーマー日日新聞

ゲームという文化を、レビュー、攻略、考察、オピニオン、産業論、海外記事の翻訳など、複数の視点で考えるブログ。

【COD:AW】ケヴィン・スペイシーのおすすめ映画を7本紹介する【アイアンズ社長】

芸術/映画/文学

f:id:arcadia11:20141116152227j:plain




Call of Duty: Advanced Warfare』の字幕版がついに発売された。(吹き替え版は12月4日)

COD』と言えば、やはり豊富なルールが楽しめるマルチだろうが、キャンペーンにも期待しているというファンも多いのではないだろうか。

そして、本作のキャンペーンでは、あの「ケヴィン・スペイシー」が起用され、トレーラーにも積極的に取り上げられるなど、主演としての存在感を発揮している。

一方で、「そもそも、ケヴィン・スペイシーって誰よ?」というゲーマーも多いかもしれない。

今回は、そんな方に向けて、本作の主演であり最悪のヒール役、「ケヴィン・スペイシー」の活躍をとくと堪能できる、名作映画を7本挙げてみた。

キャンペーンでスペイシーの姿に魅了されたゲーマーには、是非彼の映像作品にもトライしてみて欲しい。

 

 

セブン

 


映画「セブン」日本版劇場予告 - YouTube





恐らくケヴィンが出演した中で最も有名な作品、それがこの『セブン』だ。

本作は、貧者と欲望で満たされたニューヨーク市街で、次々に発生する変死事件を、二人の刑事が解決しようと試みる、サスペンス映画。

監督は『ファイト・クラブ』『ソーシャル・ネットワーク』で有名な、デヴィッド・フィンチャーで、彼の先進的な演出は、本作の大きな魅力と言えよう。

さて、本作はサスペンスとして、そのプロットも秀逸なのだが、個人的には殺人犯のヒールぶりを徹底的に演出する、「暗いニューヨーク」こそが醍醐味だと思う。

今までのニューヨークと言えば、明るく、豊かで、そしてドラマチックな市街だった。

仮に、『ゴッドファーザー2』のように、悪役としてギャングや刑事が活躍しても、「ニューヨーク」はいつも明るく豊かで、彼らはその影に過ぎない存在として描かれていたからだ。

しかし、本作の「ニューヨーク」は、その本質からして闇として描かれる。

本作のニューヨークでは雨が止むことはなく、富の犠牲として貧者やドラックが横溢する、そんな市街だ。

本作における殺人犯は、あらゆる凶行を肯定する、救いようのない悪の権化だ。しかし、その狂気や悪徳は、このニューヨークから溢れ出る瘴気故に、おどろくほど「自然体」として描かれるのである。

本物の悪人と、それを圧倒する悪を秘めた背景が、同時に主人公に襲いかかる点こそ、本作に眠る狂気の正体であり、最大の魅力と言えるだろう。



摩天楼を夢見て

 

 


摩天楼を夢みて(字幕版) - YouTube




ケヴィンが珍しく「一般人」として描かれながらも、全く変わらない演技力を発揮する作品、それこそ『摩天楼を夢みて』だ。

本作は、90年台後半で景気が減退するアメリカにおいて、ホワイトカラーの不動産企業の社員が、何とか自分の生活を維持しようと四苦八苦する作品である。

本作の見所は何と言っても、その豪華出演陣だろう。アル・パチーノジャック・レモンエド・ハリス、アラク・アーキン、そしてケヴィン・スペイシー… 誰もが知る名男優を、ここぞとばかりに集めてきた。

そして、彼らの演技を尊重するように、本作では会話が徹底的に重視される。一つ一つのセリフに無駄がないのもすごいが、会話という場面を設けて「一人でなく、二人同時に出演させる」ことで、この出演陣を最効率で活かす事ができるのだ。

銃をとって戦うわけでなく、死刑判決を巡って法廷に立つわけでないのに、この緊張感はどうしたことか。銀幕の先達と、期待の新参者が、しがない一企業を舞台にぶつかり合う。

日本における知名度の低さが嘘のように、優れた演出・俳優・プロットを全て揃えた、90年代の傑作。ケヴィン・スペイシーの突き刺すような視線と、その啖呵に、是非注目して欲しい。



ユージュアル・サスペクツ

 

 


映画「ユージュアル・サスペクツ」日本版劇場予告 - YouTube




ケヴィンの演技が持つ多様性を、最大限に引き出した『ユージュアル・サスペクツ

本作は、アガサ・クリスティの『アクロイド殺し』を下敷きに、謎のギャング「カイザー・ソゼ」とドラッグの行方の意外な結末を描いた、名作サスペンス映画だ。

「ケヴィン×サスペンス」の組み合わせで言えば、前述の『セブン』にも当てはまるのだが、本作は『セブン』以上に「悪の面白さ」を描いている点が面白い。

『セブン』の場合、サスペンス要素は下敷きに過ぎず、むしろニューヨークや悪役の持つ瘴気の「恐ろしさ・美しさ」こそがメインだった。

一方、この『ユージュアル・サスペクツ』は、アガサ・クリスティの作品のように、純粋にトリックや思考の盲点の持つ「奇妙さ・面白さ」にフォーカスしている。

しかし、ただトリックの面白さを伝えるなら、文学の方が長く、精巧に、読者の意表を突きやすい。では、あえて映画でミステリーを描くのは何のためか。

それこそ、ケヴィンが演ずるヴァーバルの人間性にある。

ヴァーバルのひょうきんな表情、何か秘めたような口調、その読めない人格こそ、本作の論理だけでない、雰囲気や空気感から立体的に「ミステリー性」を強調し、日常の中の非日常性を描き出す。

「オチにがっかりした」という感想は、本作ならずともあらゆるサスペンス映画で散見されるが、ただトリックだけでなく、演技や演出が惹きこむ「オチの背景」にも注目すべきだろう。



ビヨンド the シー 夢見るように歌えば

 

 


ビヨンド the シー ~夢みるように歌えば~(プレビュー) - YouTube




あの演技一本で生きてきたケヴィンが、唯一監督・制作・脚本までもこなした映画。

本作は、Bioshock』でゲーマーの間では話題となった名曲、『Beyond The Sea』などで知られる、50年代に活躍したシンガー、ボビー・ダーリンの伝記映画だ。

正直、本作は先述した3本の名作に比べると、かなりマイナーな映画だろう。私自身、ケヴィン・スペイシーの名を知らなければ、本作を観ることもなかったと思う。

しかし、本作には一等輝く魅力がある。ケヴィンという一流の俳優さえもが愛してやまない男、ボビー・ダーリン。彼に対するケヴィンの強い祈りだ。

ボビー・ダーリンは最高の歌手であると同時に、50年代というアメリカの最盛期の象徴としても知られる。

しかし、ケヴィンが台頭する現代では、アメリカは凋落し、当時ほどの輝きは失われた。

それでも、ケヴィンはその演技で訴える。

ただの懐古でなく、ボビーの苦難や喜び、ボビーの演技や歌声、そしてボビーを愛していたアメリカ人の誇りは、不変のものである。だから、現代人のケヴィンでも、彼を演じることが出来ると。



当時、渋い役者のケヴィンが、甘いマスクで知られるボビーの役をすると聞いて、多くのファンや業界関係者は不安視したそうだ。

にも関わらず、ケヴィンは尋常ならざる努力を重ね、ダンス・歌声・演技を完璧のものに仕上げた。

そしてステージに立つボビーは、50年代の甘いマスクの彼ではなく、2004年の渋いケヴィンなのだけど、そのギャップこそが真のエンターテイナーの普遍性に対する祈りを、体現しているのである。

伝記映画というのは、今でも映画の定番であるけれど、それはモノマネすればいいというものではない。本作のような祈りと敬愛が込められた作品もまた、名作として語り継がれるはずだ。



月に囚われた男

 

 


映画『月に囚われた男』予告編 - YouTube




多様な表情を使いこなすことで知られるケヴィンが、なんと声だけの出演を行った映画、それが『月に囚われた男』だ。

本作は、80年代のSF映画のオマージュが散りばめられた、小粒ながらも良質な映画。

では、80年代のSF映画の特徴は何かといえば、「サイエンス・フィクションの日常化」にあるといえる。

つまり、従来のSF作品では、異常に進歩した科学技術に振り回される人間が描かれてきたのに対し、80年代のSF映画では、進歩した科学技術はすっかり人間の手中に収まり、そこから様々な物語が描かれるのである。

特に本作が強く意識したのは『サイレント・ランニング('72)』であろう。この作品では、それまで恐るべき敵として描かれたロボットは、むしろ人間より頼もしい友人として描かれている。(最近ではスパイク・ジョーンズの『her』など)

そして、それらを強く意識した本作もまた、友人として描かれるロボットが現れる。それがケヴィン・スペイシーの演じるガーディであり、主人公とガーディが協力して、「人間」の陰謀と立ち向かうのである。

本作の舞台となる月は、恐ろしく無機質で、孤独で、そして美しいまでの虚無感が漂っている。そんな月で、唯一の灯となるガーディ。声のみの演出ながらも、底知れぬ人間性と友情を感じさせる素晴らしい演技だった。



L.A.コンフィデンシャル

 

 


L.A.コンフィデンシャル日本版予告編.mp4 - YouTube




あのケヴィンが、悪と対立する主人公として出演した映画、『L.A.コンフィデンシャル』。

本作は、3人の刑事が行政の暗部に迫る、50年代に流行したフィルム・ノワールを踏襲した刑事映画だ。

そして、本作における3人の主人公は、エリート主義のエド(ガイ・ピアース)、暴力的な正義感を持つバド(ラッセル・クロウ)、そして狡猾ながらも秀才なジャック(ケヴィン・スペイシー)。

あまりに豪華すぎて、奇跡としか思えない出演陣だが、当時のベテランはせいぜいケヴィン・スペイシーぐらいだったというのだから驚きだ。

何にせよ、彼らはとにかく頼もしいし、かっこいい。それは、彼らがただ正義感ある刑事として描かれているのでなく、彼らがあえて「刑事」という職業を選び、自分が「刑事」たるやに誇りを抱いているからだろう。

特に、ケヴィンの演ずるジャックは素晴らしい。彼は「ハリウッド・ジャック」と呼ばれる目立ちたがりやだが、その早回しのセリフの節々に知性を感じさせ、彼のポテンシャルを魅せつける。

元々、フィルム・ノワールと言えば、地味で暗くて救いがない… という、お世辞にも「娯楽的」な映画には程遠い作品が多いが、

本作の持つ、一癖も二癖もありながら、腹の底では自分が「刑事」であることに誰よりも誇りに思っている、3人の逞しい男たちの熱演によって、本作は娯楽性とメッセージ性を融合させたのである。



アメリカン・ビューティー

 

 


American Beauty - Trailer - YouTube




しがないサラリーマン、レスター(ケヴィン・スペイシー)を主人公に、アメリカの一般的な家庭に潜む本音と思想に迫った映画、『アメリカン・ビューティー

本作は、単なるホームドラマに囚われず、克明に現代アメリカ人、いや現代人の生とは何か問いかけた作品であり、その出来からアカデミー作品賞まで受賞している。

更に、ケヴィンは本作で、オスカーの主演男優賞を勝ち取り、名実ともに一流俳優の名を欲しいままにした。

では、その『アメリカン・ビューティー』の一体何が魅力で、何故そこまで評価されたのか。

残念ながら、ここでそれを伝えることが出来ない。

何故なら、私は本作をこよなく愛しており、冗談抜きで私の人生に影響を与えた作品だからである。

とんでもない丸投げレビューだと思うかもしれない。私も無礼は承知だ。ただ、ただとにかく観て欲しい。DVDでもTSUTAYAでもなんでもいい。今の私にはせいぜい「感動する」程度の月並みの感想しか残せない。

勿論、ただ褒め称えて「俺はこんな映画も知ってるんだぜ!」とアピールしたいわけではない。もっと落ち着いた時が来れば、近いうちに、この作品の感想を書ける日が来るだろう。

今、断定できることは、「本作は間違いなく観る価値がある」ということと、「本作を語るのに数行の文章では少なすぎる」ということだ。