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ゲーマー日日新聞

ゲームという文化を、レビュー、攻略、考察、オピニオン、産業論、海外記事の翻訳など、複数の視点で考えるブログ。

映画『アメリカン・ビューティー』 感想

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 今回は、『アメリカン・ビューティー』の批評を書きました。

アカデミー賞取ったことと、ケヴィンスペイシーが主演をはったことで有名な作品ですね。

私はこの作品が大好きです。しかし、ネットを見て回る限り、あまり高い評価を貰ってないようで、少し残念です。

ちょっと古いこともあって、今頃観るには抵抗がある人も多いことでしょう。

この作品は本当に面白いですし、感動できます。その情熱余って、この記事も随分長くなってしまいました。とにかく、観て損はないことは確かです。

また、多分にネタバレあります。ご了承ください。

 

 

 

 

目次:

  • 我々が抱く「アメリカ」というイメージ
  • アメリカの偶像
  • 観客者のリッキー
  • 絶望の淵で見つけた「ビューティー」
  • 自己実現に向けて努力するレスター
  • レスターの死





民族性という偏見を利用したトリックと、合理性という絶対的正義の価値観からの解放を描いた、稀有な純愛作品

 

 

 

 

 

 

我々が抱く「アメリカ」というイメージ

 

 

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あなたは「アメリカ」と聞いて、何を思い浮かべるだろう。

我々日本人が持つ、アメリカという国家に対する印象は「強大、傲慢、格差、二重基準…」といった、ネガティブなものが多いのではないだろうか。

それは、日本とアメリカの歴史上の対立を述べるまでもなく、アメリカが世界最大の軍事同盟たる、北大西洋条約機構の盟主であるが故に与えられるプレッシャー・期待によるものも大きいと思う。

つまり、アメリカを「哀れな金の亡者」と考えるのは我々日本人だけでなく、

この映画の監督サム・メンデスの祖国イギリスにおいても、果ては、アメリカ人でさえ考えることなのだということだ。



アメリカの偶像

 

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映画が始まると、立派な庭付き一戸建てが、美しいバラと共に、画面いっぱいに広がる。

そしてその中に住む一人の男、レスター・バーナム、彼が本作の主人公である。

彼は立派な一戸建てに、美人な妻と共に暮らし、大きなガレージにニ台の車を保管している。彼は典型的なホワイトカラーであり、とても「勝ち組らしい」裕福な生活を送っているようだ。

これは正に、「アメリカンドリーム」の体現である。純粋な富を求めて前進する、「アメリカ」に忠実に仕えたレスターへの栄誉だ。



だが、徐々にレスターのドリームは崩れてゆく。

まず、妻は典型的な「リア充」タイプ。彼女は気が強く、より華やかな生活を送ろうと様々なビジネスを企てており、レスターは彼女の元気に気圧されている。

次に、娘は典型的な「年頃の娘」である。彼女は情緒不安定なうえ、親に反抗的な態度もとっており、レスターは彼女を理解できないでいる。

最後に、レスター本人も出世競争に追われ、不況を盾に様々な脅しと共に「自己評価」の提出を迫られ、レスターは会社に対する不満を抑えられないでいる。

以上の理由から、レスターは「アメリカ」に疲れており、「風呂でオ○ニーしてる時が、一日の最高の瞬間」とまでボヤいている。

 





「アメリカ」は合理的な国だ。法も企業も価値観も、常に理想のために変わり続ける。それは国家としてみた場合、これ以上ない評価が与えられよう。

だが、住んでいる人間からすればどうか。国家の合理性に、理想的な国家に、人間がついていけなくなった時、至高の国家への幻想は脆くも崩れてしまうのである。

だからこそ、我々はこう考える。「アメリカ人は金持ちで物が豊かだが、心がないことを表しているんだな」と。

だがそれは偏見だ。レスター家の苦労は「アメリカ」に限ったことでない。合理性を追求する国家に生きるなら、日本だろうとジンバブエだろうと、同じ事が起こるのだから。



観客側のリッキー

 

 

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いつものように娘のジェーンと喧嘩した夜、キッチンでレスターはジェーンに、仲直りをもちかける。



「僕が君にしばらく口を聞いていなかったのは悪かったよ。でも、君から話しかけてくれたっていいじゃないか。」



レスターが娘と会話したくて、自分の本音を吐露するシーンだ。しかし、娘はぶっきらぼうにこう答える。



「あぁ、そういうこと。私が悪いってわけ?」



娘は怒る。

何故なら、娘は、化粧をし、友達を作りなどして、一生懸命にこの合理的な社会に適応しようと努力しているからだ。

それは同時に、家族だって適応してなければならず、自分と同程度の努力と適応を家族に期待してしまうのである。

だからこそ、父親は尊敬されるべき「普通の父親像」から少しずれるだけで、許せないのである。



「そうじゃない。誰が悪いって話じゃないんだ。」



レスターの答えは、虚しく宙を舞う。この答えは、娘に対してではなく、自分や他の人間に語りかけているのかもしれない。


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突如、カメラの画質が下がり、音質もチープになる。

実は、親子の喧騒を撮影していたのは、隣人のリッキーであり、撮影していたカメラもリッキーの所有物だったのだ。

リッキーは娘と同じ18歳で、理知的で、無口だ。そして、いつも何かをカメラで撮影している。

彼は、金と能力を持っているが、いつも見下すような無表情で、世界を観察している。

彼が特に注目しているのが、隣人のレスター家が繰り広げる、バラバラの生活だ。

娘は反抗期、妻は孤独なキャリアウーマン、夫は仕事に疲れている、そういう典型的な「アメリカ人の家族」を、彼は一方的に撮影している。

その点で、映画を観ている人間が最も感情移入できるのが、リッキーだろう。

彼は我々と同じく「アメリカ人」の合理的な生活を忌み、そこで分裂する家族を観て、同情したり見下したり、面白そうにするのだ。



絶望の淵で見つけた「ビューティー」

 

 

 

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どこにも居場所がなく、いつも何かに急かされているレスター。

そんなレスターが、妻に強引に付き添わされて、娘のダンスの発表会にやって来た。



「今夜はテレビで『007』が観られるのに…」



レスターは娘に拒絶されていることもあって、退屈そうだ。

すると、娘の隣に、美人な金髪の美少女がいる。彼女は娘ジェーンの友人アンジェラ。一度雑誌のモデルになったことを鼻にかける、高慢な女の子だ。

だが、彼女は本心から高慢なわけではない。

彼女はそのルックス故に、男からは下心丸出しで近付かれ、逆に女からは近づき難い存在としてあしらわれており、彼女もまたレスターと同じく孤独なのだ。

最初は退屈そうにダンスを眺めていたレスター。しかし、徐々に娘の隣にいるアンジェラの美貌に見惚れるようになる。

演技の後、出てきた娘とアンジェラに対し、レスターはしどろもどろになりながら、「お疲れ様」と声をかける。

アンジェラは一目でレスターの恋心を見抜き、特にバカにするでなく「かわいいじゃない」と好意的に受け止めている。「私は惚れられるのには慣れてるから」と余裕を持って答える。

だが、娘のジェーンとしては面白くない。元々軽蔑していた父親が、まさかこんな無様な様子を見せるとは。ジェーンのプライドはズタズタにされ、彼女は怒り心頭だ。

一方、レスターはその夜、こう呟く。



「不思議な気分だ。まるで20年間、昏睡状態になっていたのが、今やっと目が覚めた感じだ。」

 

 







また、彼は妻に付き添われて、彼女のビジネス仲間の集まるパーティに出席した。

やはり、レスターは退屈そうだ。会社や家族、いつも誰かのために時間を使い、自分が唯一自由になれるのは、「風呂の中でマスをかいてる間」のみなのである。

そこで、レスターは隣人の高校生、リッキーと出会う。彼はパーティ会場でアルバイトをしているのだ。

リッキーは、特に騙そうとするわけでなく、マリファナを薦めてくる。



「吸いますか?ハイになりますよ」



すると、彼はこう答える。



「相場はいくらだい? 買うのは久しぶりでね。」



彼らは裏口に周り、マリファナを吸いながら、ゾンビ映画の話題で盛り上がる。

普段ホワイトカラーとして振り回されているレスターは、まるで高校生に若返ったように楽しそうな表情をしている。

すると、バイトの太った支配人が現れ、リッキーに対してこう言い放つ。



「バイトをサボっているなら、バイト代はやらないぞ!」



するとリッキーは、凛としてこう答える。



「バイト代なら結構です。消えてください。」



リッキーは、自分に不愉快なことがあるなら、それに従わずにいられる意志の強さを持っているのだ。

その姿を見たレスターはこう答える。



「すごいな、君は僕のヒーローだ。」


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いつも上司に頭を下げるレスターにとって、自分より何歳も年下なリッキーの堂々とした態度は、どんな同僚より魅力的に映ったのだ。


その後、レスターはリッキーの部屋に赴いて、マリファナを購入する。リッキーは商品の説明をする。



「これはG13ってマリファナ。僕が吸うのはいつもこれにしてる。価格は2000ドル」

「驚いたな。1973年とは大違いだ。俺が学生の頃は、ハンバーガー屋で小遣い稼ぎをしてたもんさ。」

「そりゃ最悪だね。」

「いや……、結構楽しかったよ。酒を飲んで女と寝た。未来が広がってて…」



監督も言及してるが、ここのレスターは子供のようで、リッキーが大人のようだ。

レスターはリッキーの密売を叱ることはなく、むしろ子供との等身大の会話を通じて、自分まで若返ったように、清々しい顔をしているのである。



最初、この2つのシーンを観た我々は、まるでホラー映画を観ているように、緊張してしまうだろう。

何故なら、「娘の友達に惚れて、しかもアタックしてしまう」「娘のクラスメートに乗せられて、マリファナを吸引してしまう」という、我が国では信じがたい禁忌を、2つも犯したのだから。

だからこそ、「ここからレスターの人生は転落していくのか」と、サスペンス映画の被害者を見ている不安に囚われるのだ。

しかし、レスター本人はどう考えているのだろうか。

彼は2つのシーンで、「懐かしい」と答えている。

そう、彼にとっては恋愛もマリファナも、既に学生に経験した「思い出」なのであり、それを20年ぶりに経験しただけなのだ。

だからこそ、我々の不安とは裏腹に、彼は愉快そうにしている。

それは、彼が「転落する愚者」だからでなく、彼が忘れていた何かを、娘の友人を通じて取り戻しつつあるからなのだ。

この辺りは、「世代間の恋愛」「麻薬の摂取」を強くタブー視する日本では、あまり伝わりづらい事情かと思われる。(昔のアメリカでは、高学歴の大学生にもマリファナは愛されていた。)



自己実現に向けて努力するレスター

 

 

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そして、レスターは生まれ変わる。

アンジェラとリッキーとの出会いが、既存の価値観を壊し、より自分の意志を尊重すべきだと考えたのだ。

例えば、彼はアンジェラが「もっと筋肉質だったら…」とジェーンに話しているのを盗み聞きし、

アンジェラの理想の男になるべく、年甲斐もなくダンベルを上げ下げし、朝にはマラソンに出かけるようになった。

その際、リッキーから購入したマリファナも一緒だ。そんな姿を見た妻に、すっかり呆れられるが、彼は清々しい顔で毎日を生きるようになる。



「自分の中に自分でもびっくりするような力が、まだ残っていたとは。俺だってまだまだ色々なことが出来るぞ。そんな気持ちになる。」



また、彼は今まで妻に口答えできないでいたが、今では堂々と彼女に反論するようになった。

更に、彼は煩わしい上司に啖呵を切り、仕事を辞めてしまう。しかもただ辞めるのでなく、上司のスキャンダルをばら撒くと脅迫し、1年分の給与まで勝ち得た上でだ。

これでは我々は「転落した気の毒なレスター」と心配するだろう。彼はホワイトカラーの職を失い、自分の意見を通すことで家族と対立し始めるからだ。

しかし、彼は自分の意志を伝えることに喜びを感じている。

そして、自己実現のために始めた筋トレと、「最も責任の少ない職」として自分の意志で選んだハンバーガー屋のアルバイトも気に入っている。



一方、妻のキャサリンも自分の意志を貫くようになる。

同じビジネスで最も出世頭である伊達男、バディと不倫をするようになったり、

バディに進められて射撃場で銃を撃つ快感に酔いしれるようになった。

これもまた、視聴者の我々を不安にさせる事件である。「不倫」「銃」…いかにも「アメリカ的」な不安要素だ。



そして、様々な不安を抱えた状態で、二人は遂にマイホームで対面することになる。

二人は自分の意志を押し通そうとし、当然のように口喧嘩を始めてしまう。

妻はレスターが自分の許可無く車を買い替えたことを指摘し、レスターはこう切り返す。



「ファイアーバード、ずっと前から欲しかった車だ。ついに買ったぞ!」

「私に相談もせずに?」

「君に相談?僕の車に乗ってもいなかったのに」



我々としてはハラハラする場面だ。「ついに二人は離婚してしまうのか?」と考えることだろう。

しかし、レスターは続けてこう彼女に言い放つ。



「いいことがあったのか? すごく綺麗だ。 …この家には、僕達だけだ。あぁキャロリン、そんな味気ない女にいつからなった?」

「味気ない? いくらお利口さんぶっても、あなたの知らないワクワクすることが一杯あるんだから」

「昔の君はどこに行った? 新婚の時はガウン姿で駆け上がり、上空のヘリに服をはだけてみせた」

「あぁ、レスター…」

 

 

 

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なんと、二人は衝突して離婚するどころか、むしろ仲直りしてしまうのだ。

それは、二人が自分の意志を貫くことで、相手に直接自分の言いたいことを言える自信と明るさを手に入れたからだろう。

監督も、「ここは二人が初めて向き合うシーン。自分に自信を持っているから、彼らには向き合える余裕が生まれたんだ」と言及している。

しかし、ふとしたことで二人の情事は終わってしまう。



「レスター、ビールを零さないで」

「なんだよ、ただのソファーだろ?」

「このソファーは4000ドルもするのよ、イタリアのシルクで出来てるの」

「こんなのただのソファーだ! 人生より物が大事なんて、君はどうかしてる!」



そして、彼に怒鳴られた妻は、悲しげに部屋から無言で出て行ってしまう。

いくら彼らに自信が生まれても、考えていることまで同じとは限らない。彼らは再び衝突してしまう。

しかし、このシーンで重要なのは、二人が初めて向き合って会話をしたという事実であり、二人の仲はむしろ改善している点である。(最初は会話も成立していなかった。)

我々は、マリファナを吸引するレスターや、不倫してしまうキャロリンを見て、「この家族は、アメリカの闇に触れて堕落してしまうのか…」と不安にさせられるだろう。

一方で、劇中の彼らは、「アメリカの闇」に触れることで、むしろ快活になり、二人の間に敬意も生まれ始めるのだ。

勿論、単に非合法の行為を肯定するのが映画の趣旨ではないだろう。

しかし、社会への適合が、時に家族や自分を犠牲にしてしまうことを、この映画は「ドラッグよりも会社によって冒されていたレスター」を描くことで、シニカルに示唆しているのだ。



レスターの死

 

 

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日が明け、レスターの独白が始まる。また、ここからは、映画の中核に一気に迫るので、より詳細に場面と印象を記載していく。



「ポスターに”今日は残りの人生最初の日”と書かれていた。だが、それには例外がある。それは自分が死ぬ日だ。」



そう、レスターは今日死ぬ。

これは、映画の最序盤におけるレスターの独白で「私は、あと1年経たずに死ぬ。」と言うように、最初から我々に示唆されていたことだ。



さて、この頃になると、レスターの筋トレも本格化しており、体つきが随分と逞しくなっている。

自信たっぷりの表情も相まって、見違えるように男前な人間に成長しているようだ。

だがこの日、レスター家に様々な事件が襲うことになる。

 

 

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まず、妻の不倫がバレてしまう。

キッカケは特にない。ただ、レスターの働くハンバーガー屋に、不倫相手の車に乗ってイチャイチャする姿を、レスター本人に見られてしまったのだ。

レスターは当然怒っているが、「僕は構わないよ。君が幸せなら。でも、僕に指示するのは二度と許さない」と、あくまで冷静だ。

しかし、妻のキャロリンは気が気ではない。レスターに嫌われた上に、不倫相手にも逃げられてしまうからだ。



次は、娘の友人であり、レスターが片想いをしている、美少女のアンジェラが彼の家を訪問する。

久々に会ったアンジェラは、レスターの見違えた姿に驚き、レスターを褒め称える。

だが、レスターがと彼女を誘うと、彼女は突然ドギマギし、その場から逃げるように娘の部屋に行ってしまう。

実は、アンジェラは交際経験もない奥手な性格なのだ。普段は何人とエッチしたなどと吹聴しているが、それは口からでまかせだったのである。



また、隣のリッキーの家でも一悶着起きる。

リッキーがレスターにマリファナを売っていた現場を、父親のクリスに見られていたのだ。

クリスは元海兵隊少佐で、とても厳粛な性格をしており、何より規律と秩序を重んじている。いかにも古風なアメリカ人だ。

しかも、クリスは誤解してしまう。

実際はリッキーがマリファナを売っていただけなのを、リッキーがゲイの売春婦としてレスターに身を売っていたと勘違いするのだ。

クリスは保守的な愛国者であり、ゲイを認めようとしない。

クリスは息子を殴りつけ、息子が身を売っていることへの悲しみと怒りから、「この家から出て行け!」と怒鳴る。

だが、リッキーもまた怒り、「なら、出て行ってやるよ!」と怒鳴り返してしまう。

しかし、リッキーは最初から父親を軽蔑していたわけではない。「彼は悪い人じゃないんだ」と、ガールフレンドにも打ち明けているほどだ。

同時に、クリスもまた、リッキーに正しく育って欲しいだけだった。

彼は保守的な愛国者なので、異邦人の我々からは滑稽に映るが、

本心は息子のことを誰よりも案じ、息子を病院に連れて行ったり、不器用ながらも息子を飲みに誘おうとしていたのだ。

だが、彼らの言葉は、彼らの意志とは正反対のものだった。彼らの意志は互いを想いやっていたのに、偶然とか立場とかが相まって、一度も通ずることがなかったのだ。

最後の、「あんた、惨めな老いぼれだ」「この家から出ていけ」という勇ましいセリフを、二人が震えた声で呟くように交わすのが印象的だろう。

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カメラは再びレスター家に戻る。

アンジェラが「レスターはセクシー」だと言うと、娘のジェーンは「パパと寝ないで」と言い、口論になっている。

先ほどの喧嘩で家出を決意したリッキーは、娘のジェーンを連れて、ニューヨークに移住することを説得し、ジェーンもまたそれに応じる。

だが、アンジェラは強く反対する。「あなたは異常者?まだ高校生なのよ?」と。

そこでジェーンは答える。「なら、私も異常者よ。あなたには一生わからないでしょうね。完璧すぎるから。」「同時に、うんざりするほど平凡なのよ」

ジェーンもリッキーも、社会への適応を迫られたものの、個性が強すぎるが故に、どうしてもそれが出来なかったのだ。

一方、アンジェラは社会への適応が出来る、いわゆる「リア充」だ。

だからこそ、自分の素性と本心を偽り続けなければならず、誰にも本心から理解されることはなかったのである。

そして、リッキーとジェーンは出て行ってしまう。アンジェラを一人残して。



そしてカメラはレスター家のガレージに移る。

先ほどアンジェラに逃げられたレスターが、いつものように筋トレに興じている。

外には轟々と雨が降っており、その中から一人のシルエットが浮かび上がる。

それは、先ほど息子のリッキーと喧嘩別れをした、父親のクリスだった。

クリスとさほど面識のないレスターは驚いたが、クリスがとても悲しそうな表情をして黙っているので、諭すように声をかけ、肩に手を当てる。



「震えてるじゃないか、早くシャツを脱いだ方がいい。大丈夫だ。」



これは印象的なシーンだ。何故なら今までのレスターは、いつも周りを小馬鹿にしながらも、少し距離を取っていたからだ。

ここで、ようやくレスターの内面にあった優しさが、言葉や仕草といった具体的な形で現れることになる。

そして、この優しい行動はクリスやリッキーが、先ほどの喧嘩の仲で取るべき行動でもあった。

しかし、彼らはお互いに手をかけ、口汚く罵ってしまい、決別するに至った。

特に父親は、自分が譲歩できなかったことを、強く後悔していることが、彼の悲しげな表情から読み取ることが出来る。



「俺は…」

「どうしたんだ、よければ力になろうか?」



レスターが優しく声をかけると、クリスは突然レスターの唇を奪う。

レスターは面食らって彼を引き離す。しかし、それは突き飛ばすような拒絶ではなく、あくまで肩に手をやったまま。

この点についても、監督は「突き飛ばすのではなく、優しく諭すようにした」と言及している。

 

 

 

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「すまないな、何か勘違いをしている。(I'm sorry. You got the wrong idea.)」



このセリフも印象的だ。

面識のない男にキスされれば、大抵の人間は相手を突き飛ばし、軽蔑と警戒の表情を浮かべることだろう。

しかし、彼は落ち着いて、「すまない」と謝罪し、君の想いには答えられないのだと断る。

これはまるで、少女漫画に出てくる王子様のようだ。

我々が「アメリカに圧倒された敗北者」と認識していた二人の間で、純粋な失恋が起きたのである。

そして、クリスは本当に打ちひしがれた顔をして、ガレージから去っていく。

海兵隊大佐という名誉と資産を持っているにも関わらず、自分の息子が出て行くことも、自分の恋愛感情も実らなかった、その「愛情の欠如」故に。



レスターは家に戻る。

すると、どこからかラジオの音楽が流れてくる。

その音を辿って暗い部屋を歩くと、そこには、先ほど友達のジェーンと喧嘩別れしたアンジェラがいたのだ。

映画の冒頭、20も年下の彼女に惚れることで、レスターは生まれ変わった。

例えば、レスターは自分の意志で、サラリーマンを辞めた。また、彼女に振り向いてもらえるよう筋トレを始めたし、マリファナを吸うようになった。

これらを「転落」と捉えるか、「成長」と捉えるかは人の勝手だが、少なくともレスターの顔はより逞しく、より優しく、より頼りがいのある顔になった。

レスターとアンジェラは、示し合わせたように会話を始める。

 

 





「変な夜だった。」

「僕の方も、君に負けないくらい、変な夜だったよ。」

「ジェーンと喧嘩したの。あなたのことを、セクシーだって言ったから」

「よければ、教えてくれ。何がほしい?」

「…わからない。あなたは?」

「知っている癖に。君がほしい。」



二人は立ったまま抱き合う。



「初めて見た時から、君が欲しかった。こんな美しい女を見たことがない」

「私は平凡じゃない?」

「平凡なところなんて、一つもないよ」



だが、我々にとっても、ここは複雑な場面だ。

レスターのアンジェラへの恋心は、娘のジェーンにとっても、妻のキャロリンにとっても、受け入れ難いものである。

いかに恋愛感情だと言っても、果たしてこの逢瀬は許されても良いのだろうか。



レスターはアンジェラの服を一つ一つ脱がしていく。彼女も嫌がる様子ではない。

レスターにとっては待望の瞬間であり、また耐え難い悪行である。複雑な心境だろう。

だが、アンジェラがふと呟く。



「私初めてなの。」

「…嘘だろ?」

「ごめんなさい。でも抱いてほしいの。ただ、最初に言わないと… 下手だって思われたくないもの。」



リア充ぶっていたアンジェラが秘めていた、とても健気な優しさだ。これが男なら、完全にノックダウンだろう。

しかし、レスターの表情は固まる。

彼女の胸に耳を当て、彼女の鼓動を聞く。

アンジェラは慌てて言う。



「どうしたの?美しいって言ってくれたじゃない。」

「君は美しいよ。君は本当に美しい。僕はとてもラッキーな男だ。」

「私ってバカみたい。」

「よしなさい」

「ごめんなさい」

「謝ることなんてないよ。いいんだ、何も気にするな。(You have nothing to be sorry about. It's ok. Everything's okay.)」

 

 

 

 




そして、レスターは膝掛けを、彼女の肩にあてがい、とても優しい、それでいて儚い表情で抱きしめる。

 

レスターは、あれほど欲しがっていたアンジェラから、身を引くことを決めたのだ。

そしてキッチンに戻り、レスターは彼女にサンドイッチを与えている。そして唐突に尋ねる。



「ジェーンはどう?」

「どうって?」

「つまり…、最近の様子だ。幸せ?それとも不幸? あの娘は死ぬまで、僕には話してくれないだろうから。」

「…彼女はとても幸せよ。彼女は恋をしているの」

「よかった。」

「あなたはどう?」

「…自分のことを訊かれたのは久しぶりだ。…幸せだよ。」

「…トイレに行ってくるわね」

(彼女が退室する)

「幸せだ」

(キッチンにあった家族写真を取って)

「なんということだ、本当に、なんて言えばいいのか…」

(銃声と共に、彼の頭が撃ち抜かれる)

 

 





レスターは、娘のジェーンが恋をしているので幸せだと聞いた時、作中で最も幸福そうな顔をする。

全てに満足し、全てを受け入れたような、そんな顔を。

そしてアンジェラに「あなたは?」と訊かれた時、彼はアンジェラに目を合わせて、「幸せだ」と答えるのである。

それから、彼は何者かに銃殺され、家族と歩んだ自分の人生を、走馬灯のように思い出す。



「あぁ、僕のジェーン、僕の愛しいジェーン」「そしてキャロリン…」

「色んなことが起きて怒ってるかって?

 美の溢れる世界では、怒りは長続きしないものだ。美しいものを大量に、それも一度に観てしまうと、私の心臓は風船のように破裂しそうになる。

 そんな時はリラックスして、その感情を解き放ってやる。するとそれは、雨のように体の中を流れ去り、後には感謝の念だけが残る。

 例え、私の人生が取るに足らぬ愚かなものでも。

 今は私が言ってることは理解できないだろう。でも大丈夫。いつかきっとわかる。」



このように回想した後、レスターは息絶える。

その間、同じ家にいたジェーンとリッキーが、銃声を聞いて彼の遺体を発見するシーン、

リッキーが、彼の遺体を「カメラに介さず」裸眼で荘重そうに見るシーン、

クリスが、血まみれの服で泣きながらに帰宅するシーン、(ここから、レスターを殺したのはクリスだとわかる)

妻のキャロリンが、拳銃をポシェットにいれたまま帰宅し、レスターと会話することを決心するシーン、

キャロリンが、夫の遺体を見て、泣きながらクローゼットの服にしがみつくシーン。(因みに、作中でキャロリンが泣くシーンはここだけ。普段は「泣くな、弱虫!」と言って自分を戒めている)

これらの断片的なシーンもまた、それぞれ挿入される。



ここで印象的なのは、まずレスターを殺した犯人である。

作中でレスターと最も対立したのは妻のキャロリンだった。彼女はレスターの妻だが、性格や嗜好もレスターと異なり、二人とも不倫していた。

そして、妻は銃を撃つ快感に酔いしれ、このシーンでもポシェットの中に潜ませている。彼女は我が強く、銃はとても心地よいものだったのだろう。

だからこそ、我々はレスターを射殺したのはキャロリンだと思い込む。

しかし、それは映画の意図的なミスリードであり、実際に射殺したのは隣人のクリスだった。

クリスは海兵隊大佐で、キャロリンほど感情的な性格ではないし、銃の扱いにも慣れている。

何より、レスターとの関わりが少ないので、我々も「まさか彼が殺人を犯すはずがない」と思う。

だが、ほんの一瞬だけクリスはレスターに見惚れるシーンがある。

それは、息子のリッキーが面白半分に撮影したレスターの筋トレ姿である。中年の必死な筋トレは、傍から見れば滑稽に映るだろうが、クリスにとってはどうだろう。

謹厳実直なクリスは、何より規律と秩序を愛していた。

そして、レスターは正にそういう素直さがあった。その動機は恋愛感情という下心だったとしても、確かに彼は自己実現に向けて努力していたのであり、クリスはその姿に見惚れたのだ。

その証拠に、リッキーが撮影したビデオのなかには、クリスの妻も映っていたが、彼はそれを数秒で飛ばしてしまう。

そういう背景があった上で、クリスはレスターに接近する。息子に見放された悲しみと共に。

しかし、レスターはゲイではなかったし、彼には妻も、片想いの女子高生もいた。だから、レスターは諭すように「すまない」とクリスの想いを断ってしまう。

これにより、クリスは最後の希望まで失ってしまう。その愛情の欠落に耐えかねた彼は、「片想い」の相手を射殺してしまうのだ。

ちょうど、『嵐が丘』で片想いの復讐を遂げた、ヒースクリフのように。

レスターは恋によって生き返り、恋によって殺された。これぞ、私が「純愛作品」と評した、何よりの所以である。

 

 

 





だが、レスターが最後に振り返るのは、片想いのアンジェラでも、ましてクリスでもなかった。

それは自分の人生と、自分が愛する家族である。

従兄弟の乗っていた新車、おばあちゃんの愛情の篭った指、娘が遊んでいる花火、妻とデートで乗ったコーヒーカップ。

彼は何も平凡な生活ではなかった。むしろ恵まれすぎた程の人生だったとレスターは回想する。

では何故、映画の序盤でレスターは絶望していたのか。

それは、世界があまりに美しすぎるからだとレスターは答える。

世界に素晴らしいものが多すぎて、何が素晴らしいのか却って混乱してしまうのである。

本作において、我々を不安にさせる要素、マリファナや銃といったものがあった。しかし、それに触れる彼らは、確かに満足そうな人生を送っていた。

本作において、我々を不安にさせる人間関係は、いつもギスギスしていた。しかし、ただ立場や行動故に表せないだけで、内心は誰もがお互いのことを想いやっていた。

レスターは、最期の瞬間に、その「多すぎる美」に圧倒されていたことを自白するのである。



 

 


総評




本作は、冷静に考えるととてもシンプルな作品だ。

一人の男が、アンジェラに振り向いてもらおうと努力をして、リッキーとの出会いで生き方を変えて、クリスの想いに答えられずにいて、最後に死ぬ。

その間にある、家庭の危機であるとか、薬物問題や同性愛問題であるとか、女性の自立であるとか、いかにも「アメリカらしい」不安要素は、人生における手段や装飾にすぎないのである。

本作はその点で、確かに本作は皮肉な作品だと言えよう。

何故なら、「アメリカというのは~」と知った口を聞いて、会ったこともないアメリカ人に対して同情する部外者の偏見に対し、本作では見事に反論しているからだ。

愚者は口をそろえて、本作をこう批評する。「『アメリカン・ビューティー』というのは皮肉だ。アメリカの醜い要素を、「ビューティー」を皮肉った作品だ。やはり、アメリカは大変な国だなぁ。」と。

だが、レスターは最後にこう言い放つ。「美の溢れる世界では、怒りは長続きしないものだ。」

彼にとってのアメリカとは、皮肉でもなんでもなく、正真正銘の美が溢れる素晴らしい国家だったのである。

むしろ、皮肉られているのは、「アメリカは豊かなんだから、せめて精神は貧しくあってほしい」という、ほとんど僻みに近い偏見を抱いている、哀れな知識人気取りだろう。



勿論、本作はアメリカのナショナリズムを安易に称えるものではない。

むしろ本作では、「美」とはどんな社会にも普遍的に通ずる概念であり、「美」を見出すのは人間の生き様と運命次第である。という社会学における象徴的相互作用論に似たテーゼが強調されている。

ただし、観客の「アメリカ」に対する偏見を利用していたのは事実だろう。終盤でキャロリンを殺人犯のようにミスリードしているのが、良い証拠だ。

では結局、本作は何故こんなまどろっこしい手段で描いたのだろうか?



では、本作の核に迫ろう。

 


「あなたにとって「美」とは何ですか?」

 


この質問に答えられる日本人は、どれほどいるだろうか。

今や我々は、受験勉強、就職活動、出世競争に加え、社会的体裁のための人間関係の維持(SNSなど)、移民や同性愛者といたマイノリティの台頭、出口の見えない不景気など、

「忙しい」と言いたくなる要素があまりに多すぎて、とてもじゃないが「美」なんて見出す暇はない。私もその一人である。

それは我々日本人のみならず、フランス人や中国人でも考えることだ。そして勿論、資本主義国家の親玉である「アメリカ人」であっても。

我々は、こういう「忙しい社会」に対して溜息をつく。

時に学歴や収入、人間関係やモラルまで、我々にアレコレと要求する、この複雑な社会にうんざりしている。



レスターも最初は同じだった。会社や家族に要求され続けており、人生に疲れている。

だが、ほんのふとしたキッカケで、自分とは違う世代、違う価値観、違う魅力を持った二人と出会い、そこから彼の人生は変わっていく。

ただ社会の要求通りに行動し、代わりに社会に悪態をつく権利を得るという人生ではなく、

自分の意志を見定めて行動し、「複雑な社会が秘めた、複雑な美」を見つけるために。



この変化の過程によって、「レスター」を哀れんでいた我々もまた、「変化」する。

「アメリカ」という典型的な「邪悪な箱庭」において、レスターがどう生きたのか。そして、レスターは何に対して微笑んでいたのか。

それを理解した時、我々は「アメリカ」という偏見の鏡を通して、「日本」における「美」を見出すことだと、私は思う。

(最も、これを見て「なんて気の毒なアメリカ」と大勢の日本人が皮肉るうちは、いよいよ「アメリカ」より危機的な社会へと日本が堕落しているのかもしれないが。)













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