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ゲーマー日日新聞

ゲームという文化を、レビュー、攻略、考察、オピニオン、産業論、海外記事の翻訳など、複数の視点で考えるブログ。

『ORAS』が面白かったのでポケモンの根本的な面白さを考察してみた【レビュー】

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総評:

ポケットモンスター、それは「主人公」の単位を「700匹以上のポケモン+目の前のあなた」まで拡大し、それを実現するための様々なギミックが集約された傑作。

 
ポケットモンスター オメガルビーアルファサファイア』をプレイしたので感想を残していきます。

さて、『オメガルビーアルファサファイア』に切り込む前に、一度『ポケットモンスター』の魅力とは何か?という話をしたいと思います。

ポケットモンスターは、最初に発売されて15年以上経過する、世界に名だたる伝説的なゲームです。

ここでは、その長い間支持されてきた『ポケットモンスター』の魅力を、「高い絆の自由度」という観点から、まず説明させて頂きます。



 

 

 

 

目次

  • 自由度とは何か?
  • 経験値はゴールドは誰のものか?
  • 「プレイヤー+ポケモン」…主人公の単位における自由度

 

 

 

 


自由度とは何か?

 

 

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「自由度」… 現代のゲームを語る場において、度々耳にする言葉だ。

現代では多くのゲームが、「あのゲームは自由度が高い」と賞賛され、一方で「あのゲームは自由度が低い」と批判されている。

例えば、『The Elder Scroll V: Skyrim』は典型的な「自由度の高い」ゲームだろう。

広大なフィールドに、様々なクエストや人物が用意され、更にクエスト中も、「対象を殺害する」「対象を説得する」「対象を無視する」など、複数の選択肢から任意のルートを選択できるのがウリだ。

また、逆に『Final Fantasy 13』は「自由度の低い」ゲームと認識されている。

マップは一本道だし、クエストも大抵が武力によって解決するもので、プレイヤーに明確に提示される選択肢はない。

 

 

 

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では、『ポケットモンスター』の「自由度」は高いのだろうか、低いのだろうか。

正直、世間的な価値基準では、『ポケットモンスター』の自由度は低いと思う。

Skyrim』のように、クエストに選択肢は存在せず、また進める場所もおおまかにゲーム側によって決められており、そもそもメインクエスト以外に取り組めるコンテンツはあまりない。

以上から、本作が古典的な「JRPG」であるが故に、一般的に認知されている「自由度」は本作から期待できそうもない。

(勿論、「自由度」以外にゲームを楽しむ尺度はいくらでも存在するのだが、本稿では「自由度」のみに焦点を置く)

 

 

 

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だが、私は『ポケットモンスター』にはある一点において、圧倒的な「自由度」を生成するゲームだと思っている。

それは、タイトルにある通り「ポケットモンスター」というシステムである。

さて、まず『ポケットモンスター』の概要を振り返ってみよう。


ポケモンを自らのパートナーとして「ポケモン同士のバトル」を行う「ポケモントレーナー」たちの冒険を描くロールプレイングゲームRPG)である。

Wikipediaの該当ページより引用)

 




かように本作では、一般的なRPGにおけるシチュエーションを、プレイヤーは「ポケモン」と二人三脚で、「一人+一匹」の冒険を歩むことになる。

だが「ポケモン」というポケモンは存在しない。これは丁度、数学の代数「X」のようなもの。

その「ポケモン」はあなたが、自分の趣向、ストーリーの進行、或いはただの偶然によって、常に無限の「ポケモン」が用意されている。

そこに、他のゲームでは得難い、画期的な「自由度」が眠っているのだ。




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経験値やゴールドは誰のものか?

 

 

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努力を重ねた上に届く自己実現こそ、RPGの醍醐味である。

そして当然ながら、ほとんどのRPGにおいて、プレイヤーの努力は全て、「プレイヤーの分身」の利益へと還元されるだろう。

プレイヤーが敵を倒せば、報酬はプレイヤーのものに。プレイヤーが敵に敗北すれば、その知識はプレイヤーのものに。

『TES』の開発者、トッド・ハワードは「Learn→Play→Challenge→Surprise」のループの先に獲得する「誇り」こそ、ゲームにおける喜びだと説明している。

確かに、このループによって見出される達成感は、RPGの醍醐味だ。

 

 

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これは逆説的に、過剰なほど利己的で、また恐ろしく孤独なループと言える。

何故なら一般的RPGにおける自己実現は、文字通り「自己」のみに還元されなければならないのであり、

プレイヤーの努力を、他者への貢献に向けることは難しいのである。(仮にあったとしても、一部のイベントとしての予定調和的なものが多い)

よって、莫大な富を築く代わりに家族を失ってしまう『市民ケーン』のように、一般的なRPGにおける富や喜びは、いつも孤独に味わうものになってしまう。

だが、『ポケモン』における努力は、一体どこに向けられるのだろう?

プレイヤーが手に入れた経験値や、購入したアイテムや、独自に得たノウハウは、一体どこに還元されるのだろう?

それはほかならぬ、「ポケモン」である。

 

 

 

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先述したように、一般的なRPGにおける一切の努力は「プレイヤーの分身」か、せいぜいストーリー上に強制参加した「兵隊」にのみ還元される。

つまり、『Skyrim』におけるドラゴンボーン、『Fallout3』におけるValut101のアイツ、『ドラゴンクエスト』における名も無き王子が、これに当たる。

こういったキャラクターは特徴も少なく喋ることも珍しい。何故なら、彼らは既成の「ストーリー」のための添え物であり、また感情移入のための税関に過ぎないからだ。

一方、『ポケモン』にいて、「プレイヤーの分身」であるハルカやユウキはどうか。

彼らは、「きずぐすり」で回復する必要もないし、そもそも、戦闘自体行わないので、アイテムも経験値も必要ない。

代わりに、ピカチュウとか、アチャモといった「ポケモン」こそ、そういったプレイヤーが勝ち得た利益を享受するのだ。

このように、『ポケモン』の最大の特徴は、一般的なRPGにおいて「プレイヤーの分身」が受領するアイテムや経験値が、「プレイヤーの分身」「必然的に加入した兵隊」でなく「プレイヤー+ポケモン」に分配される点だろう。


 

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「主人公」の単位における自由度

 

 

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「理屈はわかるけど、それの何が面白いの?」と思う方も多いだろう。

さて、では「プレイヤーの分身」でなく「ポケモン」に、プレイヤーの努力が還元されることの、一体何が面白いのだろうか。

それは、プレイヤーと共に連れ添う相棒は未知数に存在し、プレイヤーが偶発的乃至は打算的に邂逅したポケモンとの無限大の冒険が、「自由度」として発露する点である。

 

 




まず、『ポケモン』において、ストーリー上強制的に参加する「固定メンバー」というのはいない。

必ず最初に加わるポケモンさえ、少なくとも「くさ、みず、ほのお」タイプの3種類のポケモンから、一匹選択せねばならない。

また、一般的なRPGのように、ストーリーの進行から自動的に補充されるメンバーもいない。

砂漠、海岸、草原、湿地帯… 『ポケモン』が繰り広げる広大な世界を舞台に、それぞれのポケモンが独自の「生態系」を元に生息している。

プレイヤーは、自分の足で新たなポケモンのテリトリーに踏み入り、相棒のポケモンモンスターボールを頼りに、新たな仲間をゲットせねばならないのだ。

また、ストーリーの進行上、自然界の王として人類と対決する運命にあるラスボス、いわゆる「伝説のポケモン」と遭遇することもある。

普通のRPGなら武力で討伐すれば事足りるだろうが、ポケモンは違う。

あろうことか、ストーリー上の根幹を担うラスボスさえも「プレイヤーの分身」として自分の仲間に加えることが出来るのだ。

 

 

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以上が、他のRPGとは決定的に異なる、「自由度」を誇るメカニズムである。

つまり、プレイヤーは自分が稼いだ報酬を、流れ作業的に自分の懐に垂れ流すのでなく、「ポケモン」に振り分ける事ができるメカニズムだ。

そして、「ポケモン」とは未知数である。

それは、最初から連れ添い続けた気のいい相棒かもしれないし、たまたま草原で出会った野鳥かもしれない。

或いは、突如進化したドラゴンかもしれないし、人類の存亡を巡って対峙した幻獣かもしれない。

そこには、プレイヤー毎にそれぞれの出会いがあり、経験があり、進化がある。

確かに『ポケモン』は、ストーリーも一本道で、人間同士の難しい話もなければ、善悪を問うような選択肢もない、一見平凡なRPGのように思える。

だが、そこまでシンプルだからこそ、700匹以上の「ポケモン」との多様な出会いや苦境が、この「主人公」という単位に収斂され、「自由度」という形で発露するのである。

 

 

 

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これを実際のゲームプレイで例えてみよう。

冒険の初日に悩みぬいて選んだ最初の相棒「キモリ」が、

野生ポケモンの襲撃から、身を挺してプレイヤーを守り、

ライバルとの初の戦いでは、率先して仲間のポケモンを先導し、

プレイヤーが様々なノウハウを修得する一方で、キモリもまた「ジュカイン」へと逞しい姿へと進化し、

相性の悪いほのおタイプのポケモンと敗北した時には、プレイヤーが大枚はたいて購入した「わざマシン」でサポートし、

人類の存亡をかけた悪の秘密結社との戦いでは、必殺の「リーフブレード」でパーティの殿を務めるなど。



これは、本作における「自由度」の、ほんの一部にすぎない。

そして、彼らとの出会い、彼らとの戦闘、彼らとの休息、彼らとの別れ… これらもまた、ポケモンの出自やプレイヤーの冒険によって異なる。

例えば、今までチームの重荷となっていた弱いポケモンが、突如進化によって潜在的な能力に目覚めることで、チームの主力へと生まれ変わるようなドラマがある。

逆に、序盤に仲間になったポケモンが、ストーリーが進行するに連れて、通用しなくなるかもしれない。

そこでも、強さを求めて「スタメン落ち」という現実的な選択を取るプレイヤーもいれば、或いはその愛情から「寵愛」して登用し続ける者もいたりと、

どの「ポケモン」と歩み続けるか、そしてその結果何が起きるのか。あらゆる「ポケモンとプレイヤー」の組み合わせを受容出来る懐の深さこそ、本作最大の魅力と言えるだろう。

 

 

 

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いずれにせよ、本作の最大の魅力が、「多用な主人公」のあり方にあることは間違いない。


あなたは、どんなポケモンを連れて、彼らとどんな冒険を体験し、そしてどんな「あなた」へと成長するのか?

そのRPGとしてシンプルかつユニークな「自由度」こそ、本作における最大の魅力だと思う。

 

 

 

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一方、「ただ仲間が増えるだけなら、『ファイナルファンタジー』でもあるではないか。」と思うかもしれない。

しかし、これは既にゲームによって固定された「主人公」であり、ゲーム側によって誘導されたナラティヴに過ぎない。

ポケモン』の面白いのは、この「主人公」という単位の可能性に着目し、それをゲームのメカニズムによって広げようとした点である。

だから、純粋にゲーム側に身を委ねた場合、『ポケモン』のストーリーは『FF』と比較して陳腐なものとなろうが、

代わりに、更にその可能性をどこまでも承認するような、淡白ながらも多用な思想を受け入れるストーリー、NPC、施設が用意されている点が、本作の特徴と言えよう。

つまり、『FF』におけるストーリーは、ダイナミックなドラマを楽しむための「主」であり、

一方、『ポケモン』におけるストーリーは、プレイヤーが自分の趣向や冒険を存分に楽しむための、「従」に設定されているのが特徴なのだ。

(勿論、それぞれ異なる趣向で作られているものの、どちらも優れたRPGである。)








以上、『ポケットモンスター』の魅力への考察でした。といってもシリーズ共通の魅力で『ORAS』そのものをレビュー出来なかったのは残念です。

私自身、厳選するほどのガチ勢でないにしろ、携帯機を買い換える度に遊んでいたので、

思い入れの深い本シリーズに対する記事が書けて嬉しいです。

ORASもとても面白いので、そのレビューも近いうちに書けたらなと思います。

まだ遊んでいない、或いは子供の頃からしばらく遊んでいないという方は、どうか子供向けだと切り捨てず、騙されたと思って遊んでみて欲しい名作です。

 

 

 

 

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