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ゲーマー日日新聞

ゲームという文化を、レビュー、攻略、考察、オピニオン、産業論、海外記事の翻訳など、複数の視点で考えるブログ。

【第三回】To the Narrative -Yossy 夜明けの守護者

私の尊敬するゲーマー

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To the Narrative

 

今日まで我々を愛するゲームは、いかに成立したのか。その背景には常に、幾多のゲーマーによる献身がありました。

ゲーマー日日新聞の連載企画、『To the Narrative』では、ゲームへ貢献した功労者たちの素顔へ迫ります。


「Negitaku.org」

 

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部活に打ち込む学生が練習の途中で休憩を挟むように、我々がe-Sportsと呼ばれる『League of Legends』や『Counter Strike』をプレイするにも、不眠不休で遊ぶわけにいかない。ゲーマーにとって、ゲームと同じくらい、気楽に休める場所は重要だ。

 

そんな中でも、yossy氏が運営する「Negitaku.org」は、ゲーマーによって最も愛されたオアシスの一つである。


このサイトでは、e-Sportsをメインにした様々なニュースを扱い、日本在住のゲーマーにとって欠かすことの出来ない貴重な情報が、日夜発信されている。

まず驚くのはその歴史で、未だ『Quake 3 Arena』が現役の時代、2002年8月24日に創立された本サイトは、今年で13年目を迎える、web史上においても希少な長寿サイトである。

以前紹介した、『Counter Strike 1.6』の英雄的プレイヤー、「KeNNy」氏の所属する「4dN」が現役の時代から取材を行っており、当時まだインターネットが十分に普及していない時代において、このような中継地がどれほど希少かは言うまでもない。

現代においても、昨今横溢するイエロー・ジャーナリズムに屈することもなく、Yossy氏が単独で運営する本サイトは、日夜熱意を込めるゲーマーにとって、トッププレイヤーの動向を研究する手段、或いは純粋な娯楽として、e-Sportsに貢献し続けている。

 


恢復するゲーム

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だが、本サイトの真の魅力は、この現代になって、いよいよ高まってきたのではないか、と私は考える。

何故なら、「Negitaku.org」は、リアルタイムで情報を収集するメディアとしても優秀でありながら、ゲームという文化がアカデミックな視座で再評価されつつある今、重要なリファレンスとして本サイトは機能するためである。


元々、「いい年してゲーム」「たかがゲームで」など、ゲームは歯牙にも掛けられないアンダーグラウンドの文化であったことは、読者の方々もよく知っていることだと思う。

まして、このサイトが生まれた『Quake 3 Arena』『Counter Strike 1.6』の全盛期において、その暴言はより酷かったことだろう。当時プロゲーマーといえば、尊敬されるどころか、「たかがゲームでプロになっても」などと、嫉妬交じりの暴言を吐かれたものである。

だが、「ゲーム」全体においても、インターネットを通じたオンライン対戦が基準となり、スマートフォンを通じて多様な層に親しまれると、ゲームは誰もが楽しめる文化であると、徐々に世間に幅広く認められるようになった。

同時に、e-Sportsにおける市場の拡大や、インタラクティブメディアの表現の可能性が注目されるなど、ゲームという文化をただ消費する大衆文化としてでなく、より深く考察するアカデミックな視野も、平行して拡張され始めたのである。

 

e-Sportsの夜明けを守り続ける

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ここで問題となってくるのは、大衆やアカデミックに「注目される以前」のゲーム文化を、どうやって現代人が知るかという、手段の不足である

例えば、小説や映画は、どれほど時間がたっても、「モノ」が残り続ける限り、時間によって消失する部分は少ない。

しかし、ゲームは「ナマモノ」である。プロゲーマーから初心者まで、実際にプレイする人間がリアルタイムでサーバーに集まり、切磋琢磨する現実そのものが、「ゲーム」という現象である。

更に、(これはゲームに限らないが)その文化がマイノリティであるうちは、どうしても保存する側の人間は少なく、貴重な資料やデータが残らない問題も存在している。

 

 このように、現代になってゲームは多方で注目されたところで、ゲームという流動的な文化を知るには、過去のゲームを知るための手立てが少なすぎるのだ。

 

 


そんな中、どうやって全盛期のFPSや、プレイヤーの姿を知ることが出来るのか。

過去を知り、未来を展望するには、何を参考にすべきか。

そんな時、「Negitaku.org」はただ情報を提供するだけのサイトではなく、当時のプレイヤーたちの熱意と興奮を、刻銘に記録した叙述として、実に有力なリファレンスとして持ち上がってくるのではないだろうか。

広大なネットの世界を見渡しても、これほど真剣にe-Sportsを観測し続けたサイトは数少ない。yossy氏は別紙のインタビューで、僕はただ、真剣にゲームをプレイする人、ゲームを遊びではなく極めようという人が大好きです。そういう人たちが正当に評価される仕組みが、日本でできたらよいと思っています。」と言い切っているが、これだけ強い意志がなければ、到底不可能なことだろう。

インターネットには、大小様々なサイトが存在するが、その大半は数年と持つものではない。まして、情報の堆積という純粋な目的を、何年も継続することの困難さは、筆舌に尽くしがたい。

 

私も少なからずサイトを運営してきてわかったことは、「1年」、何かを書き続けることが、どれほど難しいかということだった。それが、Yossy氏のように、「12年」ならどうか。12年の悲しみと喜びを、描き続けたサイトならどうか。この大先輩の努力など、私には想像も付かない。


だからこそ、Yossy氏によって集められたこれらのインテリジェンスは、むしろ現代になって益々価値を増していると思う。

 

 


ここ数年のゲームシーンにおいて、かつてはマイノリティが故に冷やかされたプロゲーマーも、今になっては、プロゲーマーを本気で志す若者の尊敬の的となっている。

また、新書や学術書といったアカデミックな分野において、『ファミコンとその時代』のようなゲーム業界を展望した著作から、『勝ち続ける意志力』のような一人のゲーマーの人生を描き出す著作まで生み出された。

そんな時代だからこそ、「Negitaku.org」において、13年に渡って積み重ねられてきた膨大な資料は、多くの人間に活用されるべきだし、実際にされていくと思う。

日本を代表するゲーマーは、何も舞台で華々しく活躍するプロゲーマーだけではない。一歩引いた目線で、冷静に観測するジャーナリストもまた、ゲームという文化に、e-Sportsという文化に欠かすことの出来ない「ゲーマー」であり、至高の守護者である。


Yossy氏は、ついぞ「夜明け」を迎えようとするゲーム業界に最も貢献する人物の一人だと私は思う。

最後に、yossy氏のご厚意によって受けていただいたインタビューで、この場を締めさせていただきたい。

 

Q.多くのサイト運営者は、何度か挫折しそうになった経験があると思います。何かアドバイスをいただけませんか?

「サイトは基本的には好きなことなので続いています。アクセスが増えてたくさんの人が見てくれていることを意識してからは、「毎日更新しなくては」というプレッシャーが出てきてつらく感じる時もありましたが、今は基本に返ってアクセス数や更新頻度は気にせず自分のぺースでやっています。やはり自然体が一番ではないでしょうか。」

 

Q.「Negitaku.org」でe-Sportsの世界を追い続ける中で、達成感を感じた瞬間を教えてください。

「サイトは、自分がプレーしていたゲームのプロが海外にいてスーパープレーを披露していたり、日本から世界大会に挑戦するような人がいるということを知って、そういったこと他の人も知ってもらえたらと思いサイトを立ち上げました。自分が発信したことをきっかけにゲーム知ったり、プレーしてみてくれりするのはうれしいですし、更新を続けるモチベーションにもなっています。」

 

Q.最後に、現代のe-Sports界で戦うプレイヤーに向けて一言お願いします

「今後、ゲームシーンが大きくなっていく中でこういったゲームを真剣にプレーしている人が評価されたり、活動しやすくなる環境が出来上がってくると良いと思っています。頑張ってください。」

 

参考文献

「Negitaku.org」http://www.negitaku.org/

「サイト概要」http://www.negitaku.org/about/

「『negitaku』5周年!〜市井のジャーナリスト、Yossy氏に聞く〜」

http://www.inside-games.jp/article/2007/09/22/23746.html

 

Yossy氏の経歴

 

記事作成に許可をくださり、また取材も許可してくださったYossy氏に、この場を借りてお礼申し上げます。本当にありがとうございました。