ゲーマー日日新聞

ゲームという文化を、レビュー、攻略、考察、オピニオン、産業論、海外記事の翻訳など、複数の視点で考えるブログ。

【評価】『Never Alone』の感想やレビュー 文化人類学のコンテクスト

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ゲーム概要


精霊の狐と共に、危険なアラスカの風土を奔走する、2Dアクションゲーム

実存するイヌイットの伝承と風習を基に作られ、ドキュメンタリー映像を特典として視聴することも出来る。



美麗なダイヤモンドダスト

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私の浅薄な知識によると、このゲームかなりリアルである。相当に研究されたことが伝わってくるほど、現地の文化の再現度は高い。

とりわけ、伝承に伝わる「精霊」の造形は、私が博物館で見た人形と瓜二つであった。

またビジュアル面での再現も実に巧妙であり、

吹雪の止まない夜、ダイヤモンドダストの降り注ぐ大地の表現は、Unityらしい柔らかなパーティクルを十全に活用したものとなっている。

また、構造面においても、「雪」と「氷」を巧妙に組み合わせることにより、バリエーションを増やすこともさながら、ただアラスカの柔らかい雪景色を楽しませるだけでなく、むしろ生物を拒むような無機質なアラスカの側面を魅せているのだ。

高度なグラフィックは、やはりメッセージを訴える上で、かなり有効であると言えるだろう。


ドキュメンタリー・ゲームとしては今ひとつ

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特典の映像も面白く、ビジュアルも優れた作品だと思うが、正直本作が目指す「ドキュメンタリー」としては少し物足りない作品だ。

何故なら、本作には論理性が薄く、訴求力が弱いためである。

例えば、多くのドキュメンタリーは「イヌイットの文化を守れ!」のような熾烈なメッセージや、「アラスカの大地にはこんな美点がある」のような、焦点を独自に見出している。

一方、本作で描かれるものは、仮に私が全くに素人でも当然予想がつく程度の、バラエティ番組に毛が生えたような内容であり、この作品ならではのメッセージも焦点も薄い。

だから、ここで描かれる、「伝承」や「物語」というのは、我々の偏見を裏付ける程度でしかなく、理解や知見はほとんど広まらなかったというのが、私の印象である。

つまり、本作にはドキュメンタリーとしてあるべき新規性と、強固なラインがない。

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また、ゲームのドキュメンタリーといっても、ウクライナの実情を再現した『S.T.A.L.K.E.R.』や、Gamelife氏が紹介して有名になった『The Cat and the Coup』という偉大な先達がいる点も、本作の鮮度を弱めてしまっている。

 

リアルな実情を伝えたかったのか、伝承を伝えたかったのかが、ブレているのも厳しく、特にゲームプレイが既存の2Dアクションと同じなのも辛い。

以上から、本作をドキュメンタリーとして評価すると、先行作品との差分が薄く、また知見の拡張も弱い点から、優れた作品とはいえないと思う。

(本作がドキュメンタリー的であることは、私の勝手な考察ではない。厳密な取材と大量の映像、それらを事前に宣伝した点から、公の見解であると仮定する)



文化人類学を体現するゲーム

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だが、本作を文化人類学のコンテクストとして見ると、明らかな新規性が見えてくる。

文化人類学とは、社会、文化、経済といった諸分野に渡って、「異なる世界の民族で比較検証する」学問を指す。

さて、ここで問われるのはいかに我々の文化にないものを比較して描くかである。防寒具、白い狐、雪の大地、こういった我々の縁のない「風習のギャップ」を、本作では体験することが出来るのだ。

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そうは言っても、レヴィ=ストロースに代表されるように、この他文化への目線自体は映画や小説でありふれたものである。

では、あえてゲームで文化人類学を知るメリットはあるのか。私は、この学問における、「調査される側の論理」を鑑みて、とても大きなメリットだと思う。

調査される側の論理とは、主に文化人類学者のマリノフスキーらが提唱した問題で、他の文化を知る上で机上の理論は通用しない、という考えである。(西欧諸国がアフリカに偏見を抱いたように)

これを解決するには、ずばり現地への「留学」(参与観察)を積み重ねて、自分の目で確かめなければならないと説いている。

まぁ実際、現地で調査など一般人には難しい話である。しかし、正にゲームにおける能動的な体験は、一過性ながらも「留学」に近いと、私は本作を通じて確信した。

自分でコントローラを操作し、アラスカの大地を巡り、精霊たちと心を交わす留学は、内容自体は平凡でも、他の文化を理解する人類学として観れば、まだ十分有効だったためである。

以上から、やはり多民族を理解する学問において、本作はとても合理的なアプローチだと思った。

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本作は、ドキュメンタリーとしてみると、どうしても詰めの甘い印象が拭えない作品だった。

しかし、マイノリティの「民族や文化に焦点を当てた点」では、文化人類学として実に合理的な手段が取られていて、

ドキュメンタリーとは整合性の取れなかったゲームプレイも、文化人類学としてのリサーチと考えれば、最後まで楽しむことが出来た。

ちなみに、本作でアラスカの文化に興味をいだいた方は、祖父江孝男教授による『アラスカ・エスキモー』、岸上伸啓教授による『イヌイット「極北の狩猟民」のいま』をおすすめしたい。