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ゲーマー日日新聞

ゲームという文化を、レビュー、攻略、考察、オピニオン、産業論、海外記事の翻訳など、複数の視点で考えるブログ。

【評価】『Alan Wake』の感想やレビュー 二重のホラー

ゲームレビュー

 

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大好きなゲームです

ゲーム概要

本作は、Remedy Entertainmentが開発した、TPS型のホラーアクションゲーム。

田舎町にやってきた作家Alanは、「闇の存在」によって誘拐された妻を取り戻すべく、ライトと銃を持って戦い続ける。

未来の出来事が書かれた、公式ネタバレとも呼ぶべき「原稿」と、スティーブンキングのようなホラーテイストの作風が特徴。

一応ネタバレは控えるよう心がけています。

 

『Departure』という小説、『Alan Wake』というゲーム

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実はこのゲーム、システムや雰囲気は悪くないが、ホラーゲームとして遊ぶとつまらないゲームだと巷では不評である。

まず、超人的な助っ人によって何もかも都合よくに進むので、我々はハラハラしないし、しかもサスペンスのような雰囲気でありながら矛盾は多い。

実際、「スティーブンキングのゲームが遊べる!」と期待して遊んでも、少し腑に落ちない部分のある作品といった印象であった。

 

だがちょっと待って欲しい。

実は、ゲーマーが不満を感じそうな、スティーブンキング調のサスペンスゲームは、『Alan Wake』の全てではない。厳密には、『Alan Wake』の主人公が書いた『Departure』という小説なのだ。

つまり、本作はマトリョシカのような入れ子構造になっていて、『Alan Wake』というゲームの劇中劇として『Departure』は存在する。では、何故こんなややこしい造りにしたのだろうか。

まず、本作の導入部を思い出して欲しい。

 

・・・NYの大ヒット作家アランは、重大なスランプに陥っていた。

そこに、心配した妻アリスが、夫婦で美しい田舎町へと旅立つことを計画する。

順調に宿泊地のキャビンに到着すると、アリスがおずおずとあるモノを見せる。それは、作家が起稿に使うタイプライターだった。

 

「ホント言うとね、ここなら書けるんじゃないかと思った」

 

だが、せっかくの旅行を台無しにされたアランは激高する。

 

「やめてくれアリス!まったくどいつもこいつも!」

 

アランはアリスに怒鳴り散らし、キャビンから飛び出した。

だが、はっと我に返ったアランが見たのは、「闇」によって湖に飲み込まれるアリスの姿。急いでアリスの後を追って湖に入る。

だが、目覚めたのは自分の車の中だった。一体ここはどこで、何が起きたのか。わけがわからないアランは、とりあえず周辺を散策する。そこには一枚の原稿が落ちていた。

 

「『Departure』 作者:Alan Wake」

 

それは、自分が書いた覚えのない原稿で、しかも未来の出来事が予言されていたのだ・・・。

 

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ここからわかるように、実はこの『Alan Wake』、「『Departure』の内部をさまようアラン」を操作するゲームなのだ。

ちょうど、スランプが原因でアリスと喧嘩する現実が『Departure』の外なら、車の中で目覚めて原稿を拾いつつ闇とドンパチする悪夢が『Departure』の内というように、本作ではこの「ゲームの中のゲーム」という二重構造に振り回されることとなる。

 

また、本作では道中の随所で、アランが気が狂ったように、言葉をまくし立てている姿を映すテレビに遭遇する。

 

「物語は生きた獣だ 最初は従順だが成長するにつれやがて抑えが利かなくなる ほんの些細な変更でも連鎖反応を起こしすべてに影響する 登場人物たちはリアルでなければならない エピソードは物語の流れに沿っていなければならない たったひとつのミスで魔法は失われる 物語は崩壊しアリスは死んでしまう」

 

この「テレビのアラン」の言葉に耳を傾けると、どうも『Departure』を作ったのがアランであることがわかる。つまり、アランはプレイヤーの視線を欺いて、自分で作った作品を、プレイヤーに遊ばせているのだ。

そもそも、「テレビ内のアラン」によれば、『Departure』がいつまでも完成しないので、自らを主人公として物語を描いたという。彼自身スランプであり、作家としての苦悩も随所で見られる。

 

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このゲームの醍醐味は、一見ただのホラーゲームでありながら、ネタバレすれすれのヒントが書かれた「原稿」システムと、さらにその原稿を書いたアラン本人のドラマ、これらを含めた「二重のメタフィクション」にある。

最初はホラーゲームと楽しんでいたら、徐々に未来が書かれた原稿の存在に訝しみ、最後は「テレビ内のアラン」によって真相を理解し、ようやく自分が遊んでいたゲームが、実は目の前のアランが作ったゲームなのだと、彼の背徳をプレイヤーは知る。

この、様々なホラーの連鎖に本作のカタルシスが眠っているのだ。

 

「作家」として遊ぶ『Alan Wake』

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これで、本作がホラーゲームとして妙に「居心地が良すぎる」ことを理解してもらえるだろう。

随所に用意された難所も、「物語を破綻させないため」に仕方なく主人公が用意したもの。本作のホラーとは、予防注射で打ち込むワクチンみたいなもので、とんだ茶番なわけだ。

 

だが、アランは作家であっても神ではない。

本作はアランが作ったことで生まれた、様々な歪みが存在する。そして、このゲームを茶番として楽しんだ場合、その歪みが新たなホラーを生み出すのだ。

例えば、敵の恐ろしさを描くため、わざとらしく殺される盗人、ウォルターがいる。あからさまな「かませ犬」だ。

しかし、闇に襲われたウォルターは、死の間際にアランに向かってこう言い放つ。

 

「いい映画のくだらねえ続編みたいに親友が… 突然敵になっちまって… ひでぇ脚本だぜ…」

 

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これは印象的な台詞だった。 フィクションにおいて、作家は神のように登場人物を好きに殺せる。本作も例外ではない。その「罪」を、同じ登場人物にまで舞い降りたアランに対し、糾弾するのだ。

また、アランを追跡する敵として、ナイチンゲール捜査官がいる。彼は、アランは書いたことを現実にする力があって、危険だと同僚に告発する。だが、誰も笑って信じてくれない。

それでも紆余曲折の末、ナイチンゲールはアランを捕縛する。その瞬間、彼の元に一枚の原稿が落ちる。

 

状況は手に負えなくなりつつあった。自らの命にかえても阻止しようと発砲しかけた瞬間、ナイチンゲールは躊躇した。この場面も原稿に書かれていたのだ。リアルな既視感と、自分もまた誰かが書いた物語の登場人物である恐怖に身体が凍りついた。次の瞬間、背後から何者かが襲いかかり、彼は夜の闇へと連れ去られた。

 

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すると、ナイチンゲールはアランの脚本通り、「闇」によって葬り去られる。周りの人物は「ナイチンゲールは気が狂っていた」と、事故死扱いのするのだが、皮肉にも真実を見抜いていたのは、むしろナイチンゲールだけなのだ。

ここもまた、アランの作家としての「罪」が描かれる。彼にとって登場人物一を自由に操り、それに抗おうとするキャラクターさえ、退場させる権利がある。

 

この、主人公には奇妙に都合がよく、また登場人物には異常に理不尽なプロットが、本作の歪みであり、この歪みと前述の「テレビ内のアラン」「原稿」を含めて、プレイヤーはこのゲームがどこかおかしいことに気付くだろう。

このゲームの狂気とは、闇の存在やポルターガイストによるホラーではない。本当の狂気は、むしろ「主人公が自分に都合の良い世界を作った」ことで生じた、メタフィクション体験にあると言える。

また、アランがこの「罪」をどう考えているのかは、現実世界で作家としてテレビ出演した時に打ち明けている。

 

司会「この最新作(アランが作ったベストセラー)で主人公の探偵アレックスケイシーが死んでしまうんですね。なんだって彼を殺してしまったんです?ひどい人だ」

アラン「せいせいしましたよ!いやこのシリーズはもう7年間6冊も続きましたからね。そろそろあの暗い男には別れを告げて新しいテーマを書きたくなったんです。過去からの旅立ちですよ」
司会「作家とはわがままな生き物ですなぁ(笑)」

 

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それもそうだろう。作家が登場人物の死で一々心を痛めるはずがない。どんな残虐な行為を与えようと、「小説の中」なら何の問題もない。

だが、「ゲームの中」ならどうだろう。直接アランを操作し、ナイチンゲールの悲痛さや、バリーの気持ち悪いほどの愛情といった、彼らの理不尽に触れた時、プレイヤーは何を感じるか。

 

本来、作家と登場人物の間には、王と物乞いほどに格差がある。ところが、この『Alan Wake』では内部に「『Departure』の作家と登場人物」という複雑な入れ子構造でもって、両者を対等な立場に置き、

しかもTPS視点という客観的な視線にプレイヤーに操作させることで、その狂気をダイレクトに伝えているのだ。

 

以上から、本作は「作家としてのアラン」「登場人物としてのアラン」の二人の主人公が、重厚かつユニークなメタフィクションによって見事に構造に落とし込まれている点が面白く、

優れたレベルデザイン、メタフィクションで実現する都合よすぎる奇妙なホラー、最後に、創作ならではのヒューマンドラマと、実に高度ながら破綻なく完成させている点が見事だ。