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ゲーマー日日新聞

ゲームという文化を、レビュー、攻略、考察、オピニオン、産業論、海外記事の翻訳など、複数の視点で考えるブログ。

嫌なら読まない勇気 ネットリテラシーって何だ?

 

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あなたは、ネットを利用していて、イライラしたことはないだろうか?

もしそうなら、あなたに必要なものは、正しきを理解する知性でもなければ、まして悪しき暴論への忍耐力でもない。本当に必要なのは「読まない勇気」である。

一方、本来「嫌なら読むな」と言うと、発信者にとっては都合の良い言葉とされる。要するに、私が建前に使ったら怒られる言葉。

しかし、あなたは発信者ではなく読者だ。あなたは何ら「都合よく」もなければ、「反論に耳を貸さない」わけでもない。存分に「嫌なら読まない勇気」を発揮する権利があるのだ。

そこで、今回は私がブログを始めて理解したネットリテラシーの本質、「嫌なら読まない勇気」について説明しよう。

 

 

うそをうそと見抜く必要はない

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よく、「嘘を嘘と見抜ける人でないとネットを使うのは難しい」という言葉に代表されるように、しばしばネットでは、物事を判断する能力が「ネットリテラシー」として認識されてる。

だが、これは「リテラシー」でこそあれ、「ネットリテラシー」ではないというのが、私の考えである。

 

では、ネットリテラシーとリテラシーの違いとは何か。それは、インターネットという媒体の性質に注目して欲しい。

そもそも、インターネットは洪水のように情報が溢れる、野性味あるメディアだ。検索エンジンを使えば、無数のサイトが提示され、SNSを利用すれば、聞いてもいない情報が向こうから流れ出てくる。

テレビ、新聞、ネット、日常会話・・・ 情報を受けるあらゆる機会の中で、畢竟ネットほど情報が安い世界などない。その安さこそ、多くのユーザーを惹きつけているのだ。

 

そのため、本来のメディアで通用した、「情報の一つ一つを手にとって正誤を判断し、優先順位付ける」といった取捨選択するリテラシーは、ネットに適用するには、あまりに不合理な手段と言わざるを得ない。(応用するにはとても有効)

だからこそ、「ネットリテラシー」で問われるは、膨大な情報の中から、如何に効率よく切り捨てるかという断捨離の技巧、早い話が「スルースキル」なのだと思う。

 

反省はいくらでも見出せる

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そうは言っても、そもそも何を切り捨てればいいのかわからないと思うかもしれない。

そんな時、私がお勧めするのは、「疑わしきは罰せよ」な感覚で、何でもかんでも、「あ、こいつ面倒臭そうだな」と思ったら、バッサリ読まないことだ。

確かに、一度読んでしまうと「こいつの意見はおかしい」とイライラすることもあるかもしれない。だが、その程度のストレスはネットの「利用料」と割り切り、他の有益な情報で元を取って、これ以上怒りの負債を溜め込まないことだ。

 

一方、「貴重な反論まで遮断してしまうのではないか?」と思うかもしれない。

だが先述したとおり、ネットのメリットとは、湯水の如く情報が溢れることである。いくら切り捨てても、ノーリスクで代わりの情報は手に入る。

だから、自分を「甘やかしている」などと負い目を感じる必要はない。少なくとも、情報の溢れるインターネットならこれだけで十分だ。

そもそも、ネットのメリットは、移動のコストがかからないことだ。つまり、別の文献、別の言語、別の媒体、あらゆる情報へ瞬間的にアクセスできる。

ここで問われるは、一箇所で停滞して他人と喧嘩する能力じゃなく、常に新たな情報を求めて探し回る機動力なのだ。

 

いずれ、ネットを含めた様々な人生経験を積めば、自分と異なる意見も理解できるようになるだろう。「イライラ」するということは、既に理解の範疇を超えているのだから、そこで粘っても匕首に鍔だ。悔しいかもしれないが、そっとウィンドウを閉じ、また遠回りすればいい。

 

ネットでできること、できないこと

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この理論の根拠にあるのは、ネットという媒体の性質である。

ネットには無限大に情報が溢れる。しかも、youtube、ブログ、Twitter、あらゆる分野や手段で情報が展開されている。だが当然、どこでもスカスカの情報はあるし、意見を違えるといっても、ただの感情的な暴言だったりすることもある。

だから、「ネット」はツールの一つだと割り切り、余計な情報は全部捨て、確実に自分の中で糧になる小さな情報だけ引き上げるか、単に都合のいい言葉を並べて癒されるなどして、利用費相応の利益を得ればいい。

 

大体、自分と意見を違える者からの反論は、学校や会社で嫌というほどもらえる(一般的な生活を送れば)。別に名前も実績もない人間からありがたい指摘をもらわずとも、責任ある者からの然るべき反論を待てばいいし、友人同士ならネットでも有効な反論を得られる。

いずれにせよ、その「反論」を自分の理解に落とし込めず、廃棄することも出来ないまま口喧嘩にもつれこみ、リソースを消耗することほど不毛なことはない。「面倒くさ」と思えば、さっさと捨てる。それが「ネットリテラシー」だと思う。

ってかさ、わざわざ時間割いてイライラするって勿体無いじゃん。Bot撃ちとかDM鯖に篭ってる方がよっぽど有意義でしょ。

 

ちなみに、これは利用者のためハウツーを説くものであって、「別に誰かが荒らしてもスルーするのが正義」という倫理性の議論ではない。

ただ、そういう有名人って、いわゆる炎上商法と一緒で、叩かれて話題になるのを目的にしてるのも忘れちゃだめ。どうしても倫理的におかしいと思うなら、その人の理屈とは違う立場の意見を、自分で作って広めればいいと思う。(当人の意見に触れることなく)

 

そうそう、この記事は一つのサジェスチョンを読者に与えるもので、何かこのブログに制約を与えるものではない。

だから、「嫌なら読むな」とは言わない。でも、我慢はして読んでください ( ⌒,_ゝ⌒) 

 


"Sam Smith - Lay Me Down by SAM SMITH - Hear the world’s sounds"