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ゲーマー日日新聞

ゲームという文化を、レビュー、攻略、考察、オピニオン、産業論、海外記事の翻訳など、複数の視点で考えるブログ。

【評価】神戸、チューリヒ美術館展の感想

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チューリヒ美術館展に行ってきました。(だいぶ前)

この展覧会では、主に印象派からシュルレアリスムまでの作品を収蔵するチューリヒ美術館のコレクションが展示され、著名な画家から渋い彫刻家まで多種多様な作品が集められています。

 

クロード・モネ《睡蓮の池、夕暮れ》1916/22年

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まず目に付くのは幅6m、高さ2mという作品の大きさ。壁一面に描かれたスケールの大きさには誰もが驚くだろう。

しかし、これほど大きな作品でありながら、本作には焦点を合わせる部分がない。「睡蓮」と題していながら、睡蓮らしい造形が見当たらないのである。

実は、晩年のモネは視力を失い、ほとんど物体を認識できなかった。画家として失意にくれる彼を、再び奮い立たせたのは、地下に眠るかつて描いた睡蓮の自作であり、そこから生まれた作品が、この《睡蓮の池、夕暮れ》である。

改めて作品を観てみると、朧げながら、本作は合理的な構成になっている。大火の如き真紅が中心を支配し、夕日の儚げな黄が周囲に展開され、モネの十八番である「光の魔術」が存分に発揮されていることを確認できる。

一方で、右上には水面を切り裂くような溝が闇を引き込み、左下には紫の睡蓮が妖艶に微笑む。ここには、「降り注ぐ光」と「根付く物体」、「水面の光」と「水中の物体」の対立が生まれ、それらが自然に平面化される様は、まるで世界地図を俯瞰しているようだ。

しかし、モネの奇術の如き色彩を用い、光と色彩のコンフリクトを水面に着地させることにより、それを普遍化することもなく一つの芸術作品として完成させた。

西欧に代表される「新印象派」と、その周囲で展開される「象徴主義」による衝突の兆しが見え隠れする時代において、「印象派」の老いた巨匠は、一枚の微睡む睡蓮に沈黙を託したのだった。

Claude Monet 《The Water Lily in the Morning》 1915

 

エドヴァルド・ムンク《ヴィルヘルム・ヴァルトマン博士の肖像》1923年

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ムンクと言えば、最も有名な作品はやはり《叫び》だろうか。

焼け爛れた空、塒を巻いた川、耳を抑える者、それらが誰も彼も歪み、まるで世界が慟哭しているような表象を描いた作品。この作品を一度でも観た者は、そのイメージを忘れることは決してないだろう。

だからこそ、《叫び》を知った者は、その作者であるムンクを、徹底したペシミストであるとか、果ては精神を病んだ人間であると決め付けてしまうかもしれない。

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だが、ムンクは決して典型的な悲観主義者などではない。それは、この作品を観てもらえればわかるだろう。

まず目に付くのが、中央で背筋を伸ばす壮年の男と、着こなされた彼のスーツの撓り、生き生きとした表情に、確実な自信を蓄えた眼差し。叫びに屈した《叫び》のように、恐れ戦く様子はどこにもない。

では周囲はどうか。壁紙や床は、ムンクらしい流線型の筆跡に、喰らい付く獣の如き強い色彩。こちらは、あの世界を歪めた強烈な《叫び》の攻撃性を思わせる。

だが、その狂気は博士に到達することなく、むしろ背後の影に飲み込まれる。そしてやはり、博士は自信に溢れる表情と、余裕を見せた姿勢で、こちらを見つめ返しているのである。

ムンクの尊敬する芸術への理解者、初代チューリヒ美術館館長ヴィルヘルム・ヴァルトマンは、かつてムンクを支配した狂気を、我々の偏見と共に打ち破ってしまったのだった。

Edvard Munch 《Portrait of Dr. Wilhelm Wartmann》 1923

Edvard Munch《The Scream》1893

 

マルク・シャガール《戦争》1964-66年

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シャガールはよく妻ベラの肖像を描き、古典的なイコン画や印象主義の色彩を援用しつつ、博愛を描き続けた画家として有名であり、

この展覧会においてもピカソやココシュカらによるシビアな作品が並ぶ中、シャガールの暖色が華やかな作品は、まるでサナトリウムのように温かい。

しかし、そんな作風とは一転、彼の人生は波乱そのものであった。若き頃に第一次世界大戦を目の当たりにしたシャガールは、続けて発生したロシア革命に懐疑し、亡命先のフランスではナチスからの迫害を受ける。彼の人生には常に戦争の影があった。

そんな彼の作品、《戦争》を観てみよう。黒煙に包まれた空、市街を焼き尽くす業火、彷徨える無数の民、そして唯一の救済のように描かれる巨大な白馬。普段のシャガールからは考えられない、地獄絵図の如き悲壮である。

まず逃げ回る人物の動きが美しい。恐怖し、悲しみ、彷徨う彼らの造形は、かつてシャガールが描いた愛を賛美する牧師のそれと全く同じであり、黒と白のシンメトリーに包囲されるように孤立する彼らは、皮肉にもシャガールの技巧を存分に強調している。

そして一際目を引くのが、キリストらしき十字架を引き連れた、巨大な白馬である。彼は一見、地獄の地上から手を差し伸べにきた、天使のように見える。だが彼の表情は観るほどに冷徹であり、瞳は虚空そのもの。まるで「街」に失望したような心象を思わせる。

シャガールは決して、戦争に苦しむ人を芸術の中であっても安易に救済しようと試みなかった。「普段怒らない人ほど、キレると怖い」と言うが、シャガールがチラリと見せる世界への幻滅は、この展覧会において一際目立ち、一際美しい。

Marc Chagall 《The War》 1964-1966

 

パブロ・ピカソ《ギター、グラス、果物鉢》1924年

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ピカソらしい「キュビズム」が遺憾なく発揮された静物画。

「キュビズム」とは、要するに物体の面を立体的図形に還元した上で、カンバスの中に表現する手法だ。この作品においても、様々な物体の面があらぬ方向へ向いていることを確認できる。

前もって知らされていなければ、何がそう美しいのか理解できない作品。実際、ピカソの初期の作品は、前衛的な画家として知られるマティスでさえ懐疑し、アカデミーでは一蹴されたと言う。

だが、本作はキュビスム的手法を十分に入れながらにして、他のピカソの作品、《アビニョンの娘たち》や《大きな裸婦》で鑑賞者が感じるであろう、得体の知れない不安が、この風景から感じられないのである。

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無骨ながらピンと弦を張った、ギターのかわいらしい表情。ついさっき置かれたばかりのような、「新参」らしき透明なグラス。壁紙から漏れ出し、テーブルの上に降り注ぐペイル・ブルーの塗料。

そう、ここにはピカソらしい緊張感ではなく、むしろ安らぎが環境を覆っている。仕事から帰った後、本でも広げながら、とっておきの酒を一杯ひっかけようとする、自室の一角。とっておきのギター、見慣れた沈黙、お気に入りの静穏。

この奇怪な風景からは、見るほどにピカソの持つ、愛する家具への信頼を感じざるを得ない。仮に物体が融解し、色彩が溶け出そうとも、彼らはいつも側にいる。

むしろ、この片付かない部屋のような抽象性は、ピカソの「習慣」を表しており、あまりに見慣れた光景だからこそ、この作品が完成したのかもしれない。

Pablo Picasso 《Guiter, Glass, Fruit Bowl with Fruit》1924

Pablo Picasso《The young ladies of Avignon》1907