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ゲーマー日日新聞

ゲームという文化を、レビュー、攻略、考察、オピニオン、産業論、海外記事の翻訳など、複数の視点で考えるブログ。

マゾゲーの続編を作ることは難しい/『ダークソウル 2』と『Hotline Miami 2』の違い

ゲーム業界について

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『Hotline Miami 2』の二周目(Hard)に早速トライ。あんだけ批判しといてなんだけど、やっぱりある程度は面白い。

ただ、このイライラした理不尽さには、既視感があるんだよね。敵多くて、チェックポイント長くて、これまんま『ダクソ2』じゃん!ってなった。

で、その二作を槍玉に挙げて、マゾゲーの続編がどう作られていくか考察してみた。

 

難易度がゲームを定義する?

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現代のゲームは多様化が進んだ。もちろん難易度とて例外ではなく、初心者でも楽しめる「ヌルゲー」が普及する中、「マゾゲー」が新たに脚光を浴びたりしている。

 

さて、問題は「これらの続編をどう作るべきか?」という点だ。

「ヌルゲー」の取れる進路は広い。ストーリーを盛り上げたり、グラフィックを進化させたり、もちろん、ゲームプレイもAIを進化させるとか、色んなベクトルで続編を作れる。

例えば、『Skyrim』なんかは素の状態だとすっごいぬるいゲームだけど、おかげでステルスとか突撃とか、色んなパターンの攻略を誰でも見いだせるってことで、幅広い層に受けたりした。

 

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(引用:『Operation Flashpoint: Red River』)

 

でも、「マゾゲー」となるとそうはいかない。

そもそも、マゾいゲームだと認識され、それがある種のセールスポイントになってる以上、マゾゲーの続編が前作よりぬるいことはあまり歓迎されない。

例えば、『Operation Flashpoint: Red River』の場合、一撃でも致命傷になりうる「リアル系FPS」の続編にも関わらず、近接戦闘ばかり増え、しかも1~2発当っても大丈夫になってしまったので、『COD』のようにぬるいゲームだと不評だった。

(ただ例外もあって、『モンスターハンター』シリーズの場合、理不尽な部分も改善していたので、好意的な反応も多かった)

 

このように、「マゾゲー」は幅広い層を取り込めるようなAAA級作品であるのに対し、「ヌルゲー」はその間を突いたマニアックな作品と、両者は非対称的なものだ。

つまり、そもそも難易度の傾向は、「FPS」と「TPS」のような相対的な性質であるはずだったが、今や趣向が大きくマーケティングに根付いているために、全く異なるものになっているのだ。

 

なぜダークソウル2は成功したのか

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『Dark Souls 2』や『Hotline Miami 2』に代表されるように、一般的に「マゾゲー」と呼ばれる作品は、その難易度自体がゲームの特徴となっているために、続編が不可逆的に高難度化していくことがある。

言うまでもなく、これは先細りのある進化である。難度が上がれば上がるほど、プレイヤーはほんの少しの綻びでストレスを感じるし、単純に工夫の余地も減っていく。

 

そこで、『Dark Souls』が見出した進化は興味深い。このゲーム、続編が出る度にモンスターの数が明らかに増えており、複数戦に持ち込まれる場面が増えていた。

だが一方で、「望郷」という魔法を実装した。これは、魔力の弾を任意の場所へ撃ちだすことで、そこへモンスターを誘導できるもので、類似したアイテムに「誘い骸骨」というのもある。

また、複数戦で有効な「弓」や「弩」「投げナイフ」は軒並み強化されるなど、「望郷」以外にも複数戦を切り抜ける様々な手段が用意されている。

勿論、これらも万能ではない。それらが通用しない相手もいるし、タイマン対決になるボス戦では無意味だ。そのため、更なる対策を練る必要が生まれ、益々ゲームが面白くなっていく。

つまり、ただ続編を難しく作るだけじゃなく、その難しさに一貫性をもたせ、更に新アイテムに攻略法を用意することで、続編ならではの新たなゲームプレイと、更に手応えのあるマゾゲーの面白さを両立しているのである。

(ただしver1.0版に関してはこれらが通用せず、かなり理不尽なバランスだった。)

 

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一方、『Hotline Miami 2』はその逆だった。

敵の物量は増やしても、対策となる手段に多様性を持たることはなく、銃声でおびき寄せて殲滅するか、範囲外の遠距離からチマチマ狙撃することを繰り返すしかなかった。

その結果、前作と全く同じ攻略法で前作より難しいレベルに挑むという、何とも不毛なゲームプレイを強いたのである。

それどころか、その既存の対策である「銃」を縛るレベルを大量に設け、更なる難易度の引き締めを行ったのだ。

一部、「Corey」の「ロールドッジ」など素晴らしい対策が用意されているにも関わらず、そもそも使えるレベルが半分くらいで、なまじ使えてもリスクが大きく(銃でおびき出す方が早い)スコアアタックでしか使えない。

 

マゾゲーの袋小路を打開する

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とまぁ、『Hotline Miami 2』をやり玉に上げてしまったわけだが、私がここで言いたいことは、あくまで「マゾゲーの続編を作ることがいかに難しいか」ということだ。

これは『HM2』に限らず、『Ninja Gaiden 3』のように突如ヌルゲー化が進んだり、フロムの『アーマードコア5』みたいに見切り発車しちゃった作品など、「マゾゲー」と評価された作品の続編は、頓挫したものが少なくない。

 

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マーケティング共々、多様化する現代のゲーム。難易度だけでも、広く受け入れられた「ヌルゲー」と、難しさそのものを個性にした「マゾゲー」の、二極化が進んでいる。

そんな中、あえてマゾゲーを誇示したまま続編を作ることは実際難しい。細やかなレベルデザインを維持しつつ、新たな要素を導入することは並大抵のことではない。

それでも、「マゾさ」に傾向を与え、「新要素」に対策を据えるなどすれば、マゾゲーの続編という曲芸は不可能ではないのだ。

『ダークソウル』に限らずとも、『Serious Sam 3』『Orcs Must Die 2』『スーパーメトロイド』など、このような進化を遂げたゲームは少なくない。一人のマゾゲー好きとしても、また新たな「マゾゲー」を拝みたいものである。

(そしてSteamで『ACVD』を売ってくれ)