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ゲーマー日日新聞

ゲームという文化を、レビュー、攻略、考察、オピニオン、産業論、海外記事の翻訳など、複数の視点で考えるブログ。

【ネタバレ】映画『イミテーションゲーム』の感想 天才を突き動かした愛情

 

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原題:The Imitation Game

監督:モルテン・ティルドゥム

出演:ベネディクト・カンバーバッチ、マシュー・グッド、キーラ・ナイトレイ、他

公開:2015年3月13日(日本)

 

エニグマに挑む

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「この映画は実話です」という前置きと共に、スクリーンに登場する一人のやせ細った男。

彼こそはアラン・チューリングであり、エニグマ(ドイツ軍の暗号機)の解読に成功した戦争の英雄にして、コンピューターの開発に成功した科学者でもある。

それほど偉大な人物でありながら、彼が評価されるには数十年の時を要した。生活の電子化と冷戦の集結によって、ようやく彼の実績は日の目を見たのである。

 

そんなわけで、本作の大筋は「理解されない天才」としての半生が描かれる。この辺は『ビューティフル・マインド』や最近公開された『博士と彼女のセオリー』にそっくりだ。

将軍たちの「陛下への忠誠を見せてくれ」という激励に対し、「政治学は専門外だよ」と答えるアラン。

当然ながら、同じ部署に配属された仲間からは倦厭される。吃音症と無表情なのも相まって、徐々に職場から孤立していく。

それでも、ヒロインに「あなた一人ではエニグマを倒せないわ」と説得され、仲間との何気ない談笑で解読のヒントを掴むなど、単なる孤高の天才としてでなく、むしろ成長する人間として描かれているのは、『風立ちぬ』とは対照的な印象を抱く。

余談だが、劇中で挟まれる、エニグマを搭載したドイツの爆撃機がロンドンを空爆したり、Uボートが駆逐艦に食らいつく戦場シーンは、かなり迫力があって鑑賞者の集中力を維持させると同時に、エニグマの脅威を同時に見せつけることも両立させていて悪くない演出だった。

 

収斂する戦争と、我々の期待を裏切る物語

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なんだかんだと苦戦した上で、

「マシンに対抗するには、マシンにしか出来ない」

という主張を続けたチューリングは、暗号の解読を行う機械「クリストファー」の制作に成功する。

(厳密には発想は前からあったけど) 

 

と、この前半部分までなら典型的なサクセスストーリーで観てて楽しめるのだけど、エニグマの解読と戦勝が達成されると、急激に話のトーンが落ちていく。

まず、エニグマを解読した彼らは、すぐさま司令部へ通達できなかった。

「もし、我々がエニグマの解読に成功したことがドイツに露見すれば、敵は暗号を初期化してしまう」

そんな彼らの次なるミッションは、「どのタイミングでエニグマを使うべきか計算すること」だった。

つまり、敵に解読されたことがバレるリスクと、敵の重大な作戦を防ぐメリットを照らしあわせ、その妥当性を終戦まで計算する。狙われているとわかっている自軍を犠牲にしてでも、エニグマの秘密を守り通さなければならない。

ノルマンディー作戦、スターリングラード攻防戦の情景が描かれ、「それは我々の功績だった」と皮肉に話すアラン。

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挙句、戦争が終わるや否や、上部から「大人しくしてろよ」と釘を差され、しかも「同性愛者」という理由で勾留されてしまう。

何故、アランはそこまでして英国とエニグマ解読に付き合ったのだろうか。

 

あなたはロボットですか?

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映画は主に、アランの学生時代を描いた「1920年代」と、アランがエニグマと戦う「1940年代」、アランが政府に勾留される「1950年代」のおよそ3部に分割されて進行する。

とは言え、この3つはそれぞれモンタージュのように交互に挿入され、エニグマと戦っていたと思ったら、突然「20年代」の回想が始まり、ふと「50年代」の現実が突きつけられるなど、中々に面白い構造になっている。

さて、ではこの三部に共通している、アランを突き動かす命題は何だったのか。

 

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真相は後半に描かれる「20年代」にあった。

ケンブリッジに入学しながら同級生に虐められていたアラン。そんな彼を唯一庇ってくれた友人クリストファー。

彼らは普段からいつも二人で過ごしていたが、あまり仲良くすると冷やかされるので、彼らは会話に暗号を使っていた。

しかし、ある日校長先生に呼び出されたアランに告げられる衝撃の真実。クリストファーが結核で亡くなったというのだ。実はクリストファーは自分の持病を親友に隠していたのだった。

言うまでもなく、「40年代」で対エニグマ兵器としてアランが作った解読器、「クリストファー」とは、彼の親友のことである。

「戦争に勝つためなら、10万ポンドくらい安いものでしょう」

序盤、アランは上司に訴える。だが、彼は国家への忠誠心のためにも、ゲームへの好奇心のためにもエニグマを解読したのではなかった。

彼を突き動かした情熱は、「クリストファー」にもう一度出会うことであり、彼が一番欲したものは、「エニグマ解読」の結果ではなく、解読に使う機械そのものだったのである。

「50年代」において、再び出会ったヒロインとアラン。

しかし、アランはせっかく尋ねてくれたヒロインから目を逸らし、自作のマシンに縋って「私を一人にしないでくれ!」と叫ぶ程だ。

 

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「イミテーションゲームって知ってますか? 対象がロボットか人間か判別する実験のことです」

そして今までの事実を話すアラン。ケンブリッジの天才にして、片想いの友人を失い、エニグマ解読のマシンを作り、イギリス兵の命を計算した日々。

「私は人間か、ロボットか?」

「私は犯罪者か、英雄か?」

 

国家というシステムに縛られ続けたアランと、アランの寵愛によって生まれた「クリストファー」の魂。

果たしてどちらがロボットなのだろうか。主題である『イミテーションゲーム』は我々に問いかける。

 

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総論として、主に構造、俳優、脚本がバランスよく、高い次元でまとまっている作品だった。特に、戦前・戦中・戦後の3シーケンスをバラバラに入れておきながら、鑑賞者を混乱させないのは監督の手腕だろう。

序盤のサクセスストーリーで視聴者を惹きつけ、終盤で明かされる情愛で一気にオチをつける構造は、ちょっとしたサスペンスのようなヒリヒリした情愛を感じる。

よくよく考えると、サクセスストーリーを支える主人公の周囲の人物もまた、「チューリングテスト」で言う「ロボット」であり、作品のなかの道化のような点も面白いところ。