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ゲーマー日日新聞

ゲームという文化を、レビュー、攻略、考察、オピニオン、産業論、海外記事の翻訳など、複数の視点で考えるブログ。

「これは炎上だ。」 ネットの王は他人のブログに火を放つ

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「そいつは悪夢なんだよ」と、ラーフは言った、「夢遊病ってやつだ。」

ウィリアム・ゴールディング『蝿の王』

 

昨今、巷を騒がせている「プレイせずにレビュー」した「炎上事件」。

こちらとしても、何らかの記事を書いておきたかったのだが、それよりも抜本的な問題が浮かんだので、こちらをまず記事にすることにした。

 

私は「炎上」という言葉は嫌いだ。

「○○のブログが炎上」という記事を見つけた人間が、「○○氏」にどんな印象を抱くだろうか。その人間を知らない人物ならまだしも、軽く知ってい人物ですら、「ああ、○○氏は何かやらかしたんだな」と思うはずだ。

これは、テレビ等で芸能人が暴力沙汰を起こしたと聞くと、大衆はその芸能人が短気な人物だと鵜呑みにする現象に似ている。誰が先に殴ったとか、そもそも抵抗せず一方的に殴られてた可能性などは、到底視野に入ることはない。

もちろん、一方だけに過失が残る事件はそうそうないだろうが、それでも殴り合いなんて、とんでもない言いがかりから始まることもある。中世で「喧嘩両成敗」の理論が通ったのは、単純に事務仕事が増えすぎただけだ。

要するに、炎上という言葉はメディアや当事者にとって、とても便利なのである。

 

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更にいうと、「炎上」という言葉は、「喧嘩」など比ではない程に都合よく使われる。

まず、喧嘩は特定の人間が二人同士取っ組み合う状態を指すが、炎上はある一人の人間のみを指して用いられる。

元々、大衆とブロガーの意見が対立して炎上したはずが、炎上という言葉によって「個人」に過失があり、「個人」が発狂し独りでに暴れる様を、善良な市民が押さえている状態にしか聞こえない。

つまり、炎上は自業自得であり、インガオホー!として用いられるのだ。「あの人炎上したね」と誰かがつぶやけば、どう考えても「あの人」以外の原因や問題を語りようがない。

果たしてそれは本当か?コンテンツが自然に発火するはずがない。何かが「炎上」しているとすれば、それに火をつける者、燃料をくべる者、遠巻きに風を煽る者、全員の考えが相互に干渉するから発生するのだ。

この「炎上」の理屈を利用すれば、気に入らない奴をいくらでも燃やすことが出来る。ニュース記事だろうとブログだろうと、日本語で書かれた文章は全て燃料になりうる。

いくらでも解釈できる点を追求した上で、あいつの日本語はおかしい、これはソースがないと言って、それでいて独り言を装った暴言を付け加えれば(これがないと上手く燃えない)、その光につられて誰か集まってくるだろう。

そしてこう言えばいい。「あいつは炎上した。あいつの言動はおかしかった。」と。

 

まぁ炎上じゃなくても、それっぽい現象を表す言葉なら何でもいいんだけど、これって「炎上」じゃなくて「放火」じゃないのか。

残念ながら、最近の「炎上」は大抵これにしか見えない。いや確かに、ネットという火気厳禁の火薬庫に、可燃物を持ち込む不用心ぶりは批判されるべきかもしれん。(ここで一歩引くのがブロガーの醍醐味)

まぁせいぜい、百歩譲って「喧嘩」にしか見えない。一人と不特定多数が、お互いに何らかの言葉の応酬によって殴りあってる状態(ほとんどマウントとられてるけど)と言い訳できないでもないか。

が、まともにコミュニケーションもとらずに(当人は取る価値がないと言い張るだろうが)、好き放題荒らしてから「炎上してるぞ」などと遠巻きに眺めたフリをする放火魔の不遜なる面構えが、さも自然に受け流されているインターネットの昨今には、違和感しか持てない。

 

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言うまでもなく、私は「ブロガー(メディア)を叩くな」などと言うともりはない。

わざわざSNSのチャネルを開き、ネットという荒野のウェスタンで何か書き散らす以上それぐらい想定すべきだし、素人のモノ書きとして知識の不足や不適切な言動は注意すべきだ。私自身も色々な方に指摘してもらい、知見が広がったこともある。

当然ながら、公序良俗に反するような言動は許すべきでないし、ちゃんと妥当性を鑑みた上での反論は、むしろ現代のインターネットには少なすぎる程だ。

 

だが、つまらんモノだからと自分の「つまらん反論」を省みず、「炎上」と言ってキッズ丸出しの喧嘩を肯定する自警団のような姿勢だけは、今のインターネットにおける癌そのものだと思う。

以前ブログでも書いたが、あからさまな「炎上マーケティング」に憤る時もあるだろう。だが、そういった類の人間は放置が一番居心地が悪い。くだらない意見は全部無視すればいいし、どうしても議論したいなら正面から社交的に話すべきだ。

(この記事が炎上したら?)

 

よくSNSで見るこの手の集団を、「○○村」というみたいだけど、村って穀物なり家族なりを生産するための共同体なわけで、匿名に潜伏して片っ端から食い散らかす集団に「村」呼ばわりは、さすがに美化しすぎだろうとも。