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ゲーマー日日新聞

ゲームという文化を、レビュー、攻略、考察、オピニオン、産業論、海外記事の翻訳など、複数の視点で考えるブログ。

【評価】PC版『GTAV/グランドセフトオート5』の感想やレビュー なぜ物足りなく感じるのか

 

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開発:Rockstar North

対応:PS3、PS4、Xbox360、XboxOne、Steam

発売:2015年4月14日

ジャンル:オープンワールド・クライムアクション

 

ゲームの概要

Grand Theft Auto Vは、Rockstar Gamesから開発された、オープンワールド形式のクライムアクションゲームだ。

アメリカの西海岸を舞台としており、再開発の進むアメリカならではの社会事情、美しいグラフィックで描かれる自然と都市など、リアルな描写が評価され、「24時間で最も売れたビデオゲーム」というギネスまで受賞した。

既に一度レビューを投稿したが、PC版の発売を持って、今度は『Grand Theft Auto V』の持つ「欠点」をシリーズ作と比較し、もう一度展望したいと思う。

 

ゴージャスすぎる新作

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先行き不安だと囁かれるゲーム業界で、『Grand Theft Auto』ほどに景気のいい作品は少ない。

マーケティングを含めた開発費に約250億円も投じながら、あっという間にペイしてしまう売れ行き。UBIの『Watch_ Dogs』の開発費が約60億円らしいが、それでも霞んでしまう程、『GTAV』に費やされたエネルギーは莫大だ。

事実、本作は文字通りのAAA級として何ら恥じることのない出来だ。5年の歳月、優秀にして無数の人材、『GTA』の伝統的なデザイン、そしてRockstarの類稀なる統率力。完璧な作品を作るために、完璧な材料を余すこと無く注ぎ込んだに違いない。

 

ある意味、『GTA』はゲーム業界における「アメリカ」そのものである。

膨大な資源を十全に活用して、巨大なオープンワールドを用意し、そこに濃厚なストーリー、派手なレースゲーム、シビアな銃撃戦、良質なミニゲーム、そして軽いMMOレベルのマルチプレーまで揃えた豪華絢爛ぶりは、多様な人種で構成された超大国のようだ。

それは同時に、『GTA』のデザインがいかに困難であるか用意に想像できる。

例えば、面白い銃撃戦なら『GOW』を遊べばいいし、リアルな車の挙動を求めるなら『Forza』を遊べばいい。これほど複雑にして多種のゲーム性が混成する中、『GTA』という一本のゲームとして何が表現できるのか。

そこで問われるは、各ゲーム性を結ぶパッチワークだ。「レースもシューティングも遊べるゲーム」としてでなく、「レースとシューティングを遊ぶゲーム」として。それぞれの要素が相乗的に面白さを作り出す作品が望ましい。

 

そう、『GTA』が高く評価されてきたのは、その複合的なナラティブである。このゲームは決してただの「何でもできるゲーム」ではない(その時点ですごいが)。

巨大なオープンワールドをバックグラウンドに、多様なゲームプレイを断続的に消化し続ける中で育まれる、統合的に実現するリアリティな生活感。つまり、「今、自分はゲームの中にいるんだ」という究極的な没入感こそが魅力なのだ。

 

完璧すぎて綻びが生じるデザイン

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このように、膨大にして多様なゲームプレイが統合的にもたらす一本の作品として、『GTA』は常に至上の作品で在り続けた。

だからこそ、私はこの『GTAV』には、その比類なきインテグレーションな魅力が欠けているように感じてならない。

 

例えばストーリー。本作はフランクリン、マイケル、トレバーの三人が主役として抜擢された。

これにより、『GTA』におけるストーリーの基本柱を、王道のギャング下克上をフランクリンが、社会に縛られる息苦しさをマイケルが、カオスな暴力沙汰をトレバーが、それぞれ「主人公」を分担するような構造になっている。

このアイディア自体、決して破綻しているわけでない。『GTA4』で「シリアスすぎる」と批判されたストーリーから一転して読みやすくなったし、あえてプレイヤーと距離を取ることで、オープンワールドという社会的な人格を強調しており、GTAの新作に恥じない新たな表現を確立している。

 

しかし、この構造はGTA本来の「統合的な面白さ」をスポイルしていると私は思う。

例えば、『RDR』で悪に生きる自らの弱さと向き合った哲学が、トレバーという機械的な配役に片付けてしまう一方、また『GTA:SA』『GTA:VC』で犯罪組織の底辺からのし上がったカタルシスもまた、フランクリンが独占してしまうからだ。

元々、『GTA』とは喜びと苦しみ、犯罪と善行が、多様なゲームプレイによって交錯する中、一人の主人公が揺れ動かされる心情が醍醐味だったと私は思う。

仲間と何気ないランチを過ごしたミッションの後、殺伐とした銃撃戦が始まるように、軽いミニゲームとシリアスなゲームプレイを一人の主人公で一貫して体験するからこそ、流転する犯罪生活における複雑な心情を描いていたのだ。

これぞ、『GTA』にしか成し遂げられないストーリーテリングだろう。

 

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(『Read Dead Redemption』よりJohn Marston)

 

ストーリー以外にも、同じような点は見受けられる。例えばメインミッションの構造だが、ここでふんだんに新兵器、特殊ビークル、ユニークなイベントが登場し、そこらのTPSより豪華な内容に仕上がっている。

しかし、これらはプレイヤーの工夫の余地がないほどに一本道だ。唐突に見知らぬ基地に移動したと思ったら、敵の待ちぶせ等の新たなイベントが発生し、ジェットコースターのように展開が起伏する。

確かにこれはこれで面白いが、あえて『GTA』で遊ぶ必要はあるのか。

『GTA』のメインミッションは、普段のフリーロームの延長線上に存在するもので、街散策やサブミッション消化で得たプレイヤーのノウハウや印象を、そのまま流用できる点が魅力的だったと思う。

つまり、気の赴くまま車を走らせるだけで、ミッションの舞台となるマップを事前に把握出来たように、フリーロームは間接的にメインミッションの予習になっていた。また、自由なゲームプレイで得た感情移入のまま、主人公たちの旅に付き合うこともできた。

逆に、本作ではメインミッションが専用のマップやシチュばかりで、フリーロームでプレイヤーが培った『GTA』ならではの没入感が、メインミッションを開始する度にぶつ切りになってしまうのである。

 

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他にも、マダガスカル島のように丸まったオープンワールドや、『GTA:SA』以上に必要性の薄いRPG要素など、このゲームは驚くほどに中性的になってしまった。

決して、GTAはアングラ系であるべき等とは思わないが、AAA級としての魅力を追求した結果、全体の一貫性が失われたように思えてならない。

(一方、『GTAオンライン』は素晴らしい完成度と従来の一貫性が見事に再現されていた。これに関しては、またいずれ記事にしたい。)

 

「ゲーム性の坩堝」ではなく、「ゲーム性のサラダボウル」が食べたかった

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『GTA』はアメリカそのもののようだ。

巨大な予算、テーマの普遍性、そして何より、様々な人種が一つのバックボーンの元に共栄を図る「人種のサラダボウル」として評されるアメリカのように、『GTA』は広大なオープンワールドに多様なゲーム性が交じり合う「ゲーム性のサラダボウル」として独立した気質を持っていた。

対して、本作『GTAV』は「ゲーム性の坩堝」である。各ゲーム性は独立して豊かさを増した一方、それぞれの繋がりは乖離した。

 

私はこの作品が大好きで、決して従来の作品に劣っていると思わない。まず間違いなく、各ゲーム性のクオリティはダントツで高い。銃撃戦も『Max Payne 3』のノウハウが取り入れられ、中年の危機を題材にした脚本、表現の幅、車の挙動、全てが何の妥協もなく作りこまれている。

また、私が指摘したメインミッションの違和感も、他のTPSに負けず劣らずのものを作ろうとした結果だろう。個々で観れば間違いなく進化していて、しかもゲーム性の乖離を現代のアメリカ社会と照らし合わせるのも上手い。

ただ、この完璧すぎる作品を前にして、かつて描かれた悪に生きる葛藤や起伏、そしてゲームプレイが顧みられないことが残念だっただけだ。

 

一方、私はただ意地悪で本作の弱みを指摘しているだけでないことも、弁解しておきたい。

まず、Rockstar程に大量の予算をかき集められるディベロッパはまずいない。大きいと言えないゲーム市場から、これほど売上と人気を集める王座はたった一つしかないと考えて良い。

だからこそ、私は超大国としてのRockstarに期待した。このレベルの資材、予算、広告、そしてファンコミュニティは二度と現れない以上、それを唯一抱く『GTA』に一体何が出来るのか、私は楽しみだった。

 

以前の批評で高く評価したように、やはり『GTAV』は最高のゲームだ。定価の7000円なんて、このクオリティを鑑みれば安すぎると言っていい。ただゲーム業界のドンとして、或いは至高のゲーム性の覇者としてみれば、少し不満だったというだけで。

 

arcadia11.hatenablog.com