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ゲーマー日日新聞

ゲームという文化を、レビュー、攻略、考察、オピニオン、産業論、海外記事の翻訳など、複数の視点で考えるブログ。

大阪都構想/大阪市廃止構想の住民投票を巡って一つだけ学んだこと

エッセー

 

頓挫した大阪都構想/大阪市廃止分割構想

大阪を一つの「都」として区を設置し、現存する大阪市を解体する。

「大阪都構想」或いは、「大阪市廃止分割構想」を巡って、17日に住民投票が行われた。結果は賛成69万4844票に対して反対70万5585票で、「都構想」が頓挫する結果となった。

私がまず驚いたのは、66.84%という投票率。過去最高と言われた1951年の大阪市長・市議選の投票率が71.98%だったことを鑑みると、十分すぎる数字と言え、大阪市民の勤勉性をまず評すべきである。

 

だがそれ以上に、こんな滑稽なタレント議員をこれほどの市民が支持すること担ったことのほうが、私には重く深い問題のように思える。

彼の都構想とやらの妄言に逐一ツッコミを入れても構わないが、それは既に行政学の学者たちが散々行った結果なので放っておくとして、一番気になったのは支持者は何故橋下に投票したのかという話だ。

 

「政治は変えるべき」という思想

「都構想」などといえば聞こえはいい。だからこそ、ここで強調されてきたのは、「何か政治を変えようという時に、反対する奴は空気読めよ」というロジックだ。

橋下氏が直接こう言及したことはないが、少なくとも都構想の支持者は往々にして、「都構想」をアグレッシブで、何か変革をもたらし、現状を打破する何かと信じて投票している。

 

だが本当にそれは「変革」なのか?馬鹿馬鹿しい話だ。政治において、ただ「プラス」になり、「改良」になる都合の良い政策などありはしない。政治とは常に取捨選択であり、あちらが立てばこちらが立たずを体現した壇上である。にも関わらず、彼は決して政策の合理性を説明するのでなく、特定の組織への攻撃と、マスメディアを活用した煽動以外、何を説明したのだろうか。

さらに言えば、「政治に反対する保守的な老害がいるから、何も変わらない」とシュプレヒコールを挙げる少年たちは、「都構想」が元々既存利益の解体を唄う、つまり「現存の政策に対する”反対”」から始まっていることすら考えたことがないのか?

反対派の人間が「都構想」を「大阪市廃止分割構想」だと呼称している。それも一つの立場であるが、少なくとも都構想は本当にあるのかもわからない悪徳を討伐せしめんとする、驚くほどに消極的で、それこそ少年たちが嫌う「ただ反対するだけの」政治だというのに。

 

多数の暴政

結局、橋下の目指した政治、存在もしない仮想敵にすべての責任をなすりつけ、自分たちの不満をぶつけるイナゴ同然の政治だったわけだ。

実際、ネット上で橋下を支持していた人間の何割が大阪市民だったのかすら怪しい。大阪には何の興味もないが、とりあえず気に食わない老人をぶん殴って欲しい、そんな欲求が見え隠れする。いつから政治は憂さ晴らしのファイトリングになったのか?

既に、橋下が公務員へのヘイトを差し向け、市長として全く無意味な成果主義を行政にもたらしサービスに混乱をもたらしたことは周知の通りだ。

 

しかし、市民は都構想の賛成反対に関係なく、自らの脚で選挙へ赴き、その結果として都構想は頓挫した。公務員、行政、高齢者、福祉、あらゆる方面へ撒き散らされたヘイトにも関わらず、一時の感情に流されなかったことが、私には驚きだった。

それだけ多くの大阪市民が政治参加に意欲的であったことの証左に他ならず、少なくとも市民はこの点だけでも日本に誇るべきものだと思う。昨今、日本政府の感情的な衆愚政治が各地で批判されているが、安易な煽動が必ずしも政治を支配しないことを大阪市民は証明したのだ。

 

 

一つ私が悔しかったのは、この記事を住民投票より前に公開できなかったことだ。何を言っても言い訳だが、まさかこうもポピュリズムを支持する人間が多いと思わず、自分の思慮の浅薄さを思い知らされた。

政治思想の問題ではない。わざわざブログがありながら、一人の発信者として、言うべきことを言わなかった、躊躇したことが悔しいのである。その後悔を胸に、今後も記事を書いていきたい。

(この記事は一定期間で削除する予定です)

 

ソース

大阪住民投票 反対多数 都構想実現せず NHKニュース

大阪都構想の住民投票、投票率は66・83% : 政治 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)

大阪市職員が語る、「大阪市役所ブラック企業体質」の実態 | ハーバービジネスオンライン