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ゲーマー日日新聞

ゲームという文化を、レビュー、攻略、考察、オピニオン、産業論、海外記事の翻訳など、複数の視点で考えるブログ。

何故コナミは『桃鉄』『MGS』を手放そうとしてるのか冷静になって考えてみよう

 

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「同シリーズは、多くのファンの皆様からご支持頂いていると共に、弊社も長年かけて育ててきた大切なタイトルですので、今後も続けて参りたいと思っております。

次回作をどのような形で提供できるかについては、さくまあきら氏と話し合いを続けておりますが、残念ながらまだ結論が出ておりません。」

 

『桃太郎電鉄』シリーズに関するお知らせ

 

「コナミ」が、『桃太郎電鉄』を巡って提起した文章が話題となっている。

コナミといえば、数ある日本のゲームパブリッシャの中でも幅広い業界に進出している多角的な企業で、『MGS』などの自社の濃いゲームとは対照的に捉えられてきた。

しかし、そのコナミが大きな動きを見せている。サイレントヒルの続編と考えられた『P.T.』が企画倒れし、小島監督のチームとも縁を切ろうとしているのでないかと海外誌で報じられたのだ。オマケに『桃太郎電鉄』においては制作側のさくまあきら氏がこう呟いている。

 

https://twitter.com/isetta_23/status/606361304245268480

 

更に氏は、コナミという企業に対しても嫌悪感を露わにしている。

 

 

私自身、氏の発言は一人の個人的な呟きとして受け止め特に言及しない。それでも一つ明らかなことは、コナミという日本のパブリッシャを巡る動きが、相当に「拗れている」ことだ。

そして言わずもがな、大抵はコナミに対して非難の声が上がっている。巷で聞く限り、「コナミがコンシューマ機を捨てて、ソシャゲや他の産業に以降しようとしている」というのが有力な説だ。そして現に、コナミを含めた日本のゲーム企業は、少なからずコンシューマ→スマホへの転換を図っている。

では改めて、そもそも何故日本のゲーム企業が大きく経営方針を転換しているのか、そしてその動向を巡ってゲーム産業や我々カスタマーはどう捉えていくべきか考察したい。

 

何故企業は「ソシャゲ」に殺到するのか

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昨今、任天堂が「モバゲー」などで知られるDeNAと資本提携について合意したことが明らかになったように、日本企業が全体的に「ソーシャルゲーム」と呼ばれる産業に移行しつつあるように報じられる。

 

ソーシャルゲームとはSNSの機能を主軸においたゲームであり、簡単なユーザー登録と拡張したブラウザだけでプレイできる手軽さを売りに、スマートフォンを中心に爆発的に普及したサービスを指す。

ソシャゲは要するにブラウザゲームだ。簡単に誰でもプレイできる代わりに、ゲーム性や表現力の構築という点では制約がとても多い。代わりにガチャと呼ばれる一種の博打が刺激を生み出し、ブラウザゲームでありながら多くのユーザーを魅了した。

『パズル&ドラゴンズ』『艦隊これくしょん』『モンスターストライク』…既存の日本製ソシャゲは、大抵このカタルシスが根底にある。少ない投資で始められ、幅広い顧客層、分のいい利回りと、新たなビジネスの機会として名うての企業が注目するのは当然と言える。

 

また、個人的にお世話になっており、アニメやコンテンツの産業論に詳しい、ブログ「マネコン!」を執筆される但木一真(id:ktadaki)さんからこのような話が伺えた。

(全ツイートを埋め込むと重くなるので、一部を除いて全文を文章に書き写した。)

 

「②ソシャゲは新しいプラットフォーム(角川歴彦の言う人・カネ・情報とかが集まる場所)のカタチで、一度集客力を得ると、儲けがデカい。コナミやら任天堂がソシャゲに移行するのも、そらそーやな、と思う。」

「③ソシャゲプラットフォームの弱点は賞味期限が短いこと。次から次へと新しい展開を用意しないと、すぐに飽きられる。たまたまヒットしました、でも次のゲームを並行開発する暇なんかない小さな会社は、短い期間儲けて終わり。」

「④だから、資本力のある大きな会社が、技術者確保して、次から次へと新しいプラットフォーム(金儲けの手段)を開発するっていうのはめっちゃ自然。Amazonしかり、Appleしかり、Googleしかり、結局なみなみと開発にマネー回せる会社が強いんすよ。」

「⑤大きな会社はプラットフォーム作りに励んで、数多の小さな会社(サードパーティー)がそれに見合ったコンテンツを提供するみたいな形になっていくんじゃないかな、ソシャゲも。」

 

但木さんの指摘には、概ね私も同意である。昨今の大企業の動きは、「パブリッシャ」に特化した企業が、プラットフォームの提供に専念できるソーシャルゲームに接近するのは経営戦略の一環として自然、というの点は私も考えていた点で、

その上で但木さんは、ソーシャルゲームにはより短いサイクルの運用が問われる弱みに加え、ソーシャルな参画を促すプラットフォームとしての本質を指摘した上で、大企業のスケールメリットこそ相性がよく、更にサードパーティーとの連携まで展望している。ぐうの音も出ないレベルで、全くその通りだと思う。

 

「ソシャゲ」という経営戦略

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パブリッシングの観点から考えた、ソシャゲの可能性と強みを考察した上で、改めて序文に書いたコナミの事例に立ち返ってみよう。

まず気になるのが、センセーショナルなニュアンスでもって拡散する情報である。要するに、「コナミはコンシューマを捨てた!何故だ!」と憤る声、そして連なる「ソシャゲのためではないか?」という疑念。

感情的に怒りをぶつけるのは国内だけではない。世界でも有数の経済誌「Forbes」が「コナミは『P.T.』を切り捨てるという、悪意じていて、愚かな決断をした。」という記事を発表する始末だ。日本のゲーム誌やゲハブログに至っては… 言うまでもない。

Konami's Bizzare, Vindictive And Foolish Decision To Destroy 'P.T.' - Forbes

(最も、こちらは単純にコンテンツの価値を論じた内容になっている)

 

この手の話を聞く度に、驚くほどコナミの立場は無視されていると私は感じる。つまり、エンターテインメント市場を多角的に手がける「一大パブリッシャー」としてのコナミの立場だ。

コナミも多数の従業員と事業を抱える企業である。そのコナミが何か事業を転換させようとしているなら、そこに何らかの戦略があるとみて然るべきだ。

仮にこの騒動を、「コンシューマ→ソシャゲ」への移行だと仮定すれば、コナミはそこに可能性を見出した上での行動にほかならない。コナミは現状憶測の域を出ないが、現に任天堂やスクエアエニックスなど、本格的にソシャゲへの参入を始めている企業もある。

その理由は上述した指摘の通りだ。つまり、コンテンツを売り込むパブリッシャーとして、多くの点でソシャゲにはコンシューマにはない可能性と特徴がある(利益と限らない)。

例えば、大企業のスケールメリットを十全に発揮できることに加え、現状一部の企業のみに独占されたプラットフォームを一から提供できることは、PlayStationからSteamまで既存のプラットフォームによる冊封体制が敷かれた現代において、イノベーションの戸口を大きく広げることになる。(それは当然、ゲーマーにとって強烈な魅力となるだろう)

このように一連の流れを冷静に捉えた時、開発側だけでなくパブリッシャ側としてもゲーム文化に貢献してきた日本のゲーム会社が、全くの無策でソシャゲに飛び込んでいるとは思えないのだ。

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(業界最王手の「プラットフォーム」であるSteam。こちらに論じた記事もあるのでよければ合わせて読んで欲しい。)

UplayとOriginの『正義論』 -Originは本当に悪か? - ゲーマー日日新聞

 

押し付けられた企業倫理

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そもそも、このように企業戦略として、コンテンツ産業論としてソシャゲが捉えられてきたこと自体、「ゲームファンの間では」少ない。

当たり前のように、「伝統的なゲームを見捨てるのか」といった声が投げかけられ、中には「コナミはソシャゲで失敗するだろう」といった呪詛的な何かや、「こんなんだから海外ゲームに負けるんだ」と比較する言葉すらある。

だが、別段日本のゲームが終わってるように思えない。任天堂からフロムまで元気だ。仮に国産が押されているとしても、それはパブリッシャの責任だけでなく、ただ市場に受け入れられるゲームが作れない開発側の責任でもある。

 

何より、こういった風潮の裏に「パブリッシャはゲーム文化を支援すべき」という倫理観が透けて見える。当たり前だが、パブリッシャは文科省ではない。日本のゲームを護る義務などどこにもないし、経営の一環でどの事業を切り落とすかも、それが利益を追求する上なら義務である。

にも関わらず、当たり前のように理想のパブリッシャ像の立ち位置を押し付け、それを企業がまっとうすべき倫理であるかのように考える人が多い。ソシャゲなんてナンセンス、俺達の好きなゲーム、古きよきパッケージゲームを作り続けろと。

中には、『桃鉄』を例に挙げて「続編のゴーサインを出すか出さないか」について一悶着あったという声もあるが、裏も取れてない内部のやり取りで何故一方的にコナミが叩かれるのかといえば、その根拠になる偏見があるように思えてならない。

 

とどのつまり、コナミがコンシューマ部門を縮小するのか、モバイルべゲーム市場に殴りこむのか、そもそも全てが杞憂なのかはどうあれ、どうせなら経営の合理性という観点でコナミを批判すべきだと思う。

 

その他参考文献

任天堂とDeNAの資本提携を読み解く 日経トレンディネット

 

この度、オピニオンの提供と引用を快諾してくださった但木さんには、厚く感謝致します。本当にありがとうございました。