ゲーマー日日新聞

ゲームという文化を、レビュー、攻略、考察、オピニオン、産業論、海外記事の翻訳など、複数の視点で考えるブログ。

対人ゲームで初心者を抜け出せないプレイヤーの3つの特徴

 

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ゲームにも二つ種類があって、一人でじっくりと遊ぶシングルプレーの作品と、複数人で競ったり協力しながら遊ぶマルチプレーの作品がある。

さて、問題はマルチプレーの作品である。対戦するにせよ協力するにせよ、一人で遊ぶことは出来ない。二人から数千人までが、同じ時間と場所を共有して何かゲームに打ち込むからだ。

 

人が集まれば何かしら揉めるというのが世の常。ゲームを遊んでいて、何かしら面倒が起きない日はない。時にはボイスチャットを使って暴言を吐いたり、脅迫的な文面のメールを送りつける人間すらいる。

では何故、彼らは「理不尽」に憤り、その怒りを他人にぶつけてしまうのだろうか。

私はここで、「敗北に理不尽を感じている人」を初心者と定義し、彼らの特徴と、個人的な「負けない方法」について触れていく。

 

製作者の望むプレイヤー像を知る

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自分がゲームで負けたとき、何故負けたのか知ることが簡単でない理由に、ゲームには作品毎にルールやセオリーが全く異なっている点が挙げられる。

端的に言えば、スポーツでは「一般的な勝利へのプロセス」が存在するのだが、ゲームでは「ゲーム製作者の用意したプロセス」に則らねば、勝つことが難しい。

この二つを混同して、一般的な美徳を追求する余り、勝ちが遠のいてしまうプレイヤーは少なくない。

 

まず、ゲームは種類が多く、決まったセオリーというのがない。さすがに『LoL』や『CS:GO』のような洗練されたタイトルは別としても、毎年新作が出る『CoD』や『BF』、新作として遊ばれる『スプラトゥーン』等では、既存のセオリーとは少しズレた戦略を用いなければならない。

簡単な例を挙げよう。現代の著名なFPS、『BF』と『CoD』は一見よくある「FPS」と考えられている。しかし、低体力+高性能な武器+狭いマップの『CoD』では特定ポジションでのキャンプがとても強力で、

一方、ビークルや広大なマップがメイン『BF』では、よりアクティブなポジション移動が重要になる。即ち、同じFPSでも強いプレイスタイルは作品によって異なるのである。(勿論、これは簡単な例であるが。)

 

ここが面白いところで、こういう作品で勝つのに「FPSが上手」なこと、つまりエイムの正確さ等は、実は大した問題ではない。各ゲームの各開発者が求める、土着のスキルをしっかりと覚えて遊ぶ、謙虚で丁寧な姿勢が問われるのだ。

だから、ゲームで負ける人は、「同じジャンルで他のゲーム」のセオリーを平然と持ち込んで負けている人が多い。「ヘッドショットをする」「クイックスコープで仕留める」… それらは確かに強力だろう。だが果たして、自分の実力に見合った戦術なのだろうか?

また、プレイヤーはある程度ゲームを遊び続けると、自分が「FPSをジャンルごと極めた」とプライドをこじらしてしまうので、尚更実力を勝ち得ない。(同じように、同じMOBAでも『LoL』『Dota 2』『HoN』で結構メタゲームが違ったりする)

 

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確かに、スポーツでは普遍性がモノを言う世界かもしれない。少なくとも5年10年で、求められる技術や戦術が大きく異なることはない。

一方、ゲームは作品毎の製作者が、そのままジャッジとして、ルールブックとして、異なる裁定を下すことがある。更に同じ作品であっても、アップデートやDLCで更にバランスが変化することさえある。

プレイヤーは、その度に綿密な下調べとフレキシブルな対応に追われることになる。それがゲームの醍醐味でもあるのだが、プライドの高いゲーマーはそれを許さず、結果として袋小路にハマり、「厨武器に頼るな」と周囲にイチャモンを付けるか、逆に柄の悪いプレイヤーに暴言を吐かれることになりかねない。

 

対戦相手はたかがオタクか?

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ゲームを普段から遊ぶ我々にとって、「ゲーマー」のイメージとはどのようなものだろうか。

恐らく大抵の人は、「オタク」「無趣味の暇人」「競技が苦手」・・・ のような印象を抱いているのではないだろうか。

 

ゲームという文化は生まれて間もないためか、世間的にはまだまだ「カッコいい趣味」とはいえないものだ。それは我々も身に沁みているので、どうしても自虐的にゲームを捉えてしまう。

それはまぁ、個人の勝手なのだが、その延長線上でどうしても対戦相手まで「オタクだ」と侮ってしまう人は少なくないはずだ。仮にそうだとすれば、練習量では差がつくだろうし、負けたときも腹立たしいに違いない。

 

そもそも、対戦ゲームは趣味であると同時に競技である。競技ならば当然、努力すれば努力するだけ強くなれるし、それはプレイ時間やゲーム仲間の量に比例する。ゲームに強くなろうと思えば、真面目に、しっかりと、練習しなければならない。

それでも、「所詮はゲームだから」「ガチになってどうすんの」という姿勢を貫くのであれば、上級者、それもオタクに、なす術もなく敗北するのは必然だろう。

少なくとも、私が所属していたクランではバリバリの運動部に所属していたというプレイヤーもいたし、ゲーム以外のサブカルには一切興味を持たないプレイヤーも、意外な程いた。

彼らは当然、日々真面目に練習していたし、試合中は私語を減らしてゲームプレイに専念していた。中には雑談中に「オタク趣味」をバラす人もいたが、彼らの練習する態度は真剣そのものだった。

 

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(ねーよ)

 

冷静に考えると、ゲームと一緒に挙げられるサブカルチャー、例えば、漫画や映画といった類の趣味では、「誰かと競い合う」という文化は著しく薄い。だからこそ、なんとなしに始めたゲームで、そのような偏見を抱くことは仕方のないことだ。

私は別に、「ゲームは真面目にやれ」と言ってるわけじゃないし、暇つぶし程度にゲームを遊ぶのもまた一つのプレイスタイルだと思う。ただ、画面の向こうに座っているプレイヤーまで、同じ考えとは限らないという点には留意すべきだろう。

 

他のプレイヤーと一緒に遊ぶ、あるいは、ネットの一般論を鵜呑みにしない

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最後はありきたりなものとなってしまったが、やはり私は同じ境遇の仲間と一緒に取り組むことは、ゲームという趣味におけるスキルを伸ばすためにも、或いは単純に楽しく遊ぶためにも、一緒に遊ぶ友達は重要だと思う。

そもそも、「一人で始めて、一人で上達する」趣味自体が少ない。スポーツは言うに及ばず、釣りであったり、ダーツであったり、食べ歩きであったりしても、全くの一人で取り組む人は稀だろう。

それは、皆でワイワイ遊んでいることが楽しい、というのもさることながら、単純に一人で取り組むには学ぶべきことが多すぎたり、効率が悪いというのもある。

 

仮に、FPSでエイム練習(効率よく狙いをつける練習)に取り組むとしよう。普通、エイム練習で大切なことは、自分がどうして弾を外したのか、どこに弾を外したのかを、正しく理解して次の練習に活かすことだ。

このとき、友人に三人称視点で確認してもらえば、自分は射撃に専念することが出来るし、改善する際にも、「感度を変えるべきだ」とか「マウスを買い換えては」などと質問や相談もできる。

 

ここまでは一般論なのだが、この友人を作るという理屈と同義として、「Wikiやまとめサイトに書かれた一般論を鵜呑みにしない」ことも推したい。

私自身、色んなゲームで色んな人と時間を共にしたが、はっきり言って日本人はネットの情報を鵜呑みにしすぎている。いや、これは裏返せば真面目にリサーチしていることで、これはこれで重要なのだが、「鵜呑み」という点が問題だ。

簡単な話である。FPSでも、アクションゲームでも、「○○が強い」と2ちゃんねるで騒がれたとしよう。それは瞬く間に、まとめサイトに転載され、SNSで拡散されていく。冷静に考えれば数人の戯言だったのが、数千人の間の定説になっていく。

まして、「ゲームの攻略」には学術的な厳密性など不要だし、誰にも訂正される必要はない。その結果、上級者なら鼻で笑うような「強武器論」も、まことしやかにネットでは囁かれるようになる。

もちろん、ネットの情報は重要だ。しかし、一人で遊び続ければ、必然的に情報のチャネルはネットに絞られてくる。常に複数の情報にアクセスでき、手に入れた情報の正しさを確認するためには、友達とネットのチャネルを両方つなげておくべきだろう。

 

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よりアグレッシブに対人ゲームに打ち込んでいる私の友人でさえ、大衆の一般論に固執するプレイヤーにはうんざりするそうだ。

「何故○○をしない」「はやく××を使えよ」・・・いわゆる「最強厨」と言うわけじゃないが、ある程度決まったセオリーを、最前提としている限り、他のプレイヤーと打ち解けるのは難しい。

梅原大吾氏も自著の『勝ち続ける意志力』で「その点、僕の勝ち方にはスタイルがない。スタイルに陥らないようにしていると言っていい。」と述べていたが、勝つためには柔軟な思考が必要不可欠だ。

だからこそ、私は本格的に対人ゲームを遊ぶつもりなら、積極的に友人を募ったり、募集中のクランに飛び込んでみるべきだと思う。

 

最後に

まずお断りしておくが、私は何もゲーム初心者であることが悪いことだと思っていないし、ランクマッチのない層で気軽に楽しむゲームは、それはそれで楽しいことも頷ける。

だが、対人ゲームを遊ぶことは、少なくとも人と競技しているのであり、「勝ち」と「負け」がはっきりと分かれる世界にいることは、自覚すべきとも思う。その世界が理想的か、そうでないかは人によるだろうけど、少なくともゲームの本質は「競技」なのだ。

だからこそ、負けるのは退屈だし、そのことで理不尽に思うこともあるだろう。そう思ったとき、この記事に書いていることを、ほんの少しでも思い出していただければ幸いだ。

無論、ジャンルごとには細かいテクニックなどもあり、練習法もあるだろうが、本稿では意図的に全てのジャンルに通ずる、というよりゲームに限った話ではない、「負けない方法」に触れた。