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ゲーマー日日新聞

ゲームという文化を、レビュー、攻略、考察、オピニオン、産業論、海外記事の翻訳など、複数の視点で考えるブログ。

なぜValveはPCゲーム業界の頂点に立てたのか。「Valve新入社員用マニュアル」の訳者あとがき。

ゲーム業界について
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「A fareless adventure in knowing what to do when no one's there telling to you what to do(誰かの助言に頼らずとも、己の命題を知る限り、冒険は恐るるに足らず。)」

この一文から始まるValve社の「HANDBOOK FOR NEW EMPLOYEES」は、合計56ページ、実際に日本語に訳して2万字ほどの内容からなり、そこに新入社員のための訓戒がありったけ書き込まれている。

私はこれを読んで、ブログにおいて翻訳文をいずれ公開しようと決意した。それは押し付けがましい博愛精神でなく、Valveのゆるぎない自信故の透明性に、私が胸打たれたからである。

 

解説 -Valveとは何か

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(※PCゲーム、とりわけValveに詳しい者なら大した情報でもないので、読み飛ばしてもらえると嬉しい。)

ValveがPCゲーム業界で脚光を浴びたのは、1998年に発売されたFPS『Half Life』の発売だった。

このゲームは、当時ひたすらに純粋なアクション性を追求し続けたFPSにおいて、初めて脚本と演出を加えたストーリーテリングと、FPSならではの主観視点による没入感を最大限に活用し、ゲーム業界に一つのムーブメントを巻き起こした。

『Far Cry』、『Medal of Honor』、『Call of Duty』、『HALO』・・・ およそ現代におけるシングルプレーFPSの大抵は、言うならばこの『Half Life』フォロワーであり、この根源的体験を追及しようとあらゆるゲーム企業が試みたのである。

 

ここまでなら、Valveはおよそ、革新的なゲームディベロッパーというだけだったのかもしれない。しかし、彼らは続編『Half Life 2』を発表する上で、同時にそのゲームエンジンとなる『Source Engine』をリリース。

当時、至高のゲームエンジンとされる『DOOM 3』に匹敵する描写力、そして低スペックでも動くパフォーマンスを維持しつつ、従来のゲーム業界に「リアルな」という形容詞を広める大きなイノベーションを生み出す。

 

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さらには、『Half Life 2』と同時に、常駐DRMである『Steam』を発表。これにより、海賊版の宝庫であったPCゲーム業界は、GfWLやEADMなど、これをキッカケに大きく知的財産権の死守に尽力する。

当然ながら、一部のユーザーによる反発はあったものの、少なくともSteamは、いまやエンターテインメント産業の主流であるダウンロード販売を前もって普及させ、新たなサービス形態を供給することにより、PCゲーム業界全体を革新する橋頭堡となった。

 

そして最後に、今までオタクのおとぎ話であった「e-Sports」を本格的ビジネスとすべく大々的な展開を次々に発表。

まず、『DotA 2』を、アジア圏や東欧圏をも顧客に狙った「Free to Play(基本プレイ無料)」という価格設定で提供を開始し、

更に、『Counter Strike: Global Offensive』において、既に同社の『Team Fortress 2』で実績を作ったインゲームアイテムの「Skin」を、ランダム形式のガチャで販売したところユーザー数は加速度的に増加。

 

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最後に、これらで得た莫大な資金を、そのまま世界中の公式大会に展開。『DotA 2』向けの「The International」『CS:GO』向けの「CS:GO Major Championship (ESL ONE)」をスポンサードとして開催し、本格的な「プロ・リーグ」を形成した。

ただ賞金のみならず、各種配信サイトによる拡散効果、ゲームプレイの積極的な公開によるゲームシーンの水準の向上、ドキュメンタリー映画『Free to Play』の無料公開、更には金の卵を発掘する「Steam Greenlight」で新たなゲーム性の模索・・・。

 

「Valveとは何か。」この問いに答えられる者は恐らく、社員でも難しいだろう。

 

「我々はエンターテインメントカンパニーであり、ソフトウェアカンパニーであり、プラットフォームカンパニーです。」

 

私に一つ答えられることは、Valveが衰退しつつあったPCゲーム業界の、他ならぬ革新者であったということだけである。

 

考察 -Valveの「フラットランド」の本質

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さて、Valveによって発表されたこの「HANDBOOK」は、新入社員に向けた訓戒を面白おかしく、イラストも交えて記述したものであるが、

実際に読んでいただければ、そのフランクな言葉遣いの一方で、極めてシビアな要求を、「一年生」たる新入社員に課していることが伺える。

 

この本を要約すれば、大体こんな具合だ。

 

「Valveにはヒエラルキーは存在せず、能力と仕事のみが社員のアイデンティティとなる。」

「よって、Valveの全社員はあらゆる仕事に関して、己の役割を見定め、自己の責任と意思決定のみに基づいて決断せねばならない。」

「しかし、決して孤立は許されない。ゲームにはあらゆる能力が必要となるから、仕事のためにはカバルを作り、周囲の同僚に自ら誘いかけねばならない。」

「ヒエラルキーが存在せずとも、社員は徹底的に評価される。同僚からの協調性が図られるピアレビューと、能力の自己申告たるスタックランキング。それらは全て公開される。」

「これらのハードルを実現できる人物、それを見定めるために厳格な採用が設けられる。仕事が終わるたびにプロジェクトは解散する以上、社内においても常に採用活動は続く。」

「以上の全てにおいて自信と実績を持っている限り、Valveは”フラットランド”として、あらゆる社員の仕事を尊重する。」

 

序文、Valveは「Valveには上司もいませんし、社員の意思も尊重します。それに皆が仲良く仕事しています!」と甘い言葉で誘っておいて、本文に突入するなり、「これ」なのだ。

そう、Valveは自由という名の下、社員全員に重大な責任を与えている。社員は全ての事柄を、自分だけの責任、能力、人脈、意思によって決めなければならない。

それがいかに困難なことか、言うまでもない。確かに、先輩社員による教育もあれば、上司によるイビリもないだろう。だがそれ以上に、社員はこれだけの期待に応えねばならない。

 

だからこそ、社員にどれほど責任があるか語る本文を読めば、序章でValveが強調する「上司のいない、誰もが能力を発揮できる、フラットランド」という文も、単なる理想論でないことがわかる。

即ち、Valveにおいては「全社員が上司」なのだと言える。

能力、責任、そして何より単独で機能する社員、これは日本社会で言うなら何か。

それは、「キャリア組」だ。具体的には、霞ヶ関で働く高級官僚や、大企業の舵取りをする役員、大手銀行や商社で自ら契約を担ぐエリート兵、陸海空軍の士官学校卒生。彼らが正に、Valveにおける「フラットランドの社員」に合致する。

 

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大半の日本企業では、見込みのある人材は「キャリア組」として、特別なカリキュラムを受ける。

公務員は最もわかりやすく、難易度が最も高い国家総合職という特別な試験をクリアし、官庁訪問で認められた若者のみが、霞ヶ関で日本中の公務員を纏め上げる権利を得る。

大企業においても、「見込みあり」の承諾を得た若者は、やがて複数の部署の配置換えや海外赴任を通して、一つに特化した技術でなく、複数の仕事に精通した「統率力」を磨くことを求められ、それを乗り越えた社員にだけ、各部を統率する「上司」の権力が与えられる。

我々の言う、「上司」とはつまりそういう特別な人間なのであり、Valveの「フラットランド」で求められる人材、少なくともこのテキストで書かれた人材とは、こういう「キャリア組」に過ぎないのだ。

 

考察 -コミュニケーション能力の重視

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とは言え、既存の上下関係を廃し、むしろ社員の一人ひとりが「キャリア組(上司)」同然の能力を持っている企業は、アメリカのベンチャーでは少なくない。

最たる例は、Apple社だろう。誰もが知るこの企業は、当然ながら人材の水準は極めて高く、各個人が巨大なデスク、そしてパーティションで区切られた個室が用意され、仕事一つ一つに上司の命令でなく、自分の意思で関わることが許される。

また、Google社やFacebook社においてもまた、同じく「フラットランド」による社員個人を重視する姿勢が見受けられる。

 

しかしながら、Valve社の面白いところは、このフラットランドによる「個人主義」的な思想と同時に、極めて強力なコミュニケーション能力も求められている点だ。

まず、Valveでは、自分の仕事について自分自身で探し、参加せねばならない。

 

我が社では、社員は自分の足で、自分のデスク・チェアを転がして、自分から仕事に参加します。どんな大きなプロジェクトであっても、社員自身がどれほどの価値を見出すかで決めれば、必要な人材は容易に集まります。

 

しかし一方で、複合的なエンターテインメントである、ゲームを作ることは個人では不可能である。プログラマー、デザイナー、サウンドコンポーザーなど、あらゆる部門の人材が、相互に協力せねばならない。

だからこそ、そこには強い協調性が問われる。そこでValveでは、決して個人の能力のみに完結せず、積極的に他社とのコミュニケーションを推奨する。

 

何より必要なのは、とにかく色んな仲間に「尋ねる」ことです。直接人に尋ねていけば、Valveで起きている様々な仕事について満遍なく知れますし、仲間の方からあなたの適正を見出してくれるでしょう。

 

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その個人主義と共同体主義の二面性が如実に表れているのが、Valveで人物評価する際に用いられる、二つの基準「ピアレビュー」「スタックランキング」だ。

Valveでは上司はいない。ではその給与は誰が決めるのかというと、同じ仕事に携わった同僚による評価(ピアレビュー)と、本人の歴然たる実力に裏打ちされた実績(スタックランキング)なのだ。

両者のうち、我々の想像しやすいのは「スタックランキング」だろう。営業職などでは、各社員の功績が表に張り出されて、上位の者は表彰され、下位の者は叱咤される。これはスタックランキングそっくりだ。

だが、Valveでは個人の能力と共に、「ピアレビュー」に裏づけされた協調性が必要とされる。共に仕事をこなす同僚が認める、コミュニケーション能力と周囲にも役立つ能力、それがValveでは個人技と同様に必要とされる。

 

Valveを一台の乗用車と仮定すれば、そこに乗り込む社員は全員がハンドルを共有しているのです。Valveは正しい方向へ一直線に進むどころか、むしろ脱線しそうだと考えるのは自然でしょう。・・・(中略)・・・ですが、Valveにおける最大の強みは、あらゆる機会に挑戦し、できる限りの脅威に向かう勇猛さであり、それには社員一人一人が大きな責任を負う必要があるのです。

 

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この点が、我々の想像するApple社の凄腕社員や、出世競争を勝ち上がってきたエリート社員との違いなのだ。

ValveはPCゲームのあらゆる産業に支配力を持ち、そして様々なイノベーションを起こしてきた。それも、「Steam」を中心とした様々なサービスを一括し、それらを相互作用されたシナジー効果によってだ。

そのために、必然的に各部門、各社員が密接な協調関係にある必要がある。Valveでは個人のセンスと努力に加え、それらを繋ぐコミュニケーション能力さえ求められるのだ。

 

訳者あとがき

筆者がValveと出会ったのは、PCゲームをプレイするために半ば強引に「Steam」をインストールしたことだった。

今でこそ、SteamはあらゆるPCゲームにアクセスできる、ゲームライフに欠かせない重要な「ハブ」へと成長したが、当時は対応ソフトも少なく、Valve自体1つのゲーム開発会社というイメージが強かっただけに、私の彼らへの印象は芳しくなかった。

(拙稿:UplayとOriginの『正義論』 -Originは本当に悪か? - ゲーマー日日新聞

それでも、『Half-Life』、『Left 4 Dead』、『Team Fortress 2』と、PCゲームの中で一層の「ゲーム性」への強いこだわりを見せながら、決して古典的手段に依存しない彼らは、既に頭角を現していたと言っていいだろう。

 

私がこの「HANDBOOK」を広大なネットで発見したのは、1年ほど前。海外のサイトでは割りと有名なものらしく、このハンドブックをソースにValveの経営を語った記事だった。

当時は、まだブログを開設して間もない頃で、私は純粋にValveの魅力を1つの記事にまとめようと考えていた。

このマニュアル自体、2012年には発表されていたこともあり、日本でもいくらかのニュースサイトでも紹介されていた。それでも尚、このマニュアルはValve本社にも翻訳されておらず、何の気なしに翻訳を始めたのがキッカケだった。

継続的な更新を続けていく中で、自分の中で「プロジェクト」として考えていたこの記事は、気づけばニ万字を超える(因みに、このブログ内に一万字を超える記事はない)長文となったものの、さすがにコツコツと時間をかけて完成した時は、達成感を感じた。

ブログ自体、200記事を超え、文章に対してある程度の実力を実感する程度には成長出来たと思う。そういう意味でも、この記事は何かのマイルストーンになればと考えている。

 

この記事を書く上で、友人には訳へのアドバイスを頂いた。まだまだ訳として弱いところはあるものの、それでも読んでくださった方々には、訳者として心から感謝したい。