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ゲーマー日日新聞

ゲームという文化を、レビュー、攻略、考察、オピニオン、産業論、海外記事の翻訳など、複数の視点で考えるブログ。

ゲームプレイのトレイラー動画が致命的なネタバレになってる件について

ゲーム業界について

 

(※具体的なゲームのネタバレはない)

『Fallout 4』『モンスターハンタークロス』『Call of Duty: Black Ops 3』… 今年の冬は期待の新作が目白押しだ。

一方で、これらのゲームが期待されるきっかけとなったのは、E3やTGSで公開された様々な「ゲームプレイの動画」である。

我々ゲーマーは自然にこのような「gameplay trailer」に目を通しているが、実はそれが致命的なネタバレとなっているのではないだろうか?

 

「犯人はヤス」だけがネタバレか?

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ネタバレ、それはサブカル業界における禁忌であり、大抵の人間が忌み嫌う罪のことである。

それはゲームにおいても例外ではない。ニコニコ動画やブログにおいても、発売後のゲームであっても、紹介する時は「ネタバレありです!」と注意書きをする人も少なくないほどだ。

さて、一般的に指すネタバレとは、大抵ラスボスの正体とか、味方の裏切りのような「ストーリーのネタバレ」を指すが、本当にそれはゲームにとって致命的なネタバレなのだろうか?

逆に、ストーリー以外の要素は全て「ネタバレ」の範囲外なのだろうか?

 

私はそうは思わない。確かにラスボスの正体も味方の裏切りも、ゲームにおける驚きの一つかもしれないが、ゲームにとって最も重要なエッセンスは、ストーリーではなくゲームプレイそのもののはず。

よく、「ネタバレじゃないから」みたいな感じで、ストーリーにこそ触れないでも、「こういうギミックが楽しいよ!」「あのグラフィックは神!」みたいに、ゲームプレイにはバンバン触れてるレビューや動画はないだろうか?

私はあれこそネタバレだと思う(そう、うちの記事もだ)。そうだとすると、我々は知らず知らずのうちに、致命的なネタバレを犯していたのかもしれない。

 

ゲームプレイと理解する楽しさ

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ゲームの何が面白いかといえば、「どうやって」ゲームプレイを進めるか、という点に尽きる。(ゲームは5W1Hのうち、明らかにHowの比重が大きい)

あなたがマリオを操作しているとして、目の前にクリボーが迫ってきている。そこで、プレイヤーはどうやって切り抜けるかを考える。踏みつける?回避する?ファイアーで遠距離から狙う?

ここで、プレイヤーのチャレンジ精神が試される。「以前は回避しようとして死んでしまったから、今度はファイアーで確実に倒そう」みたいに、想像を膨らませて試行錯誤を繰り返す、いわゆる「攻略」だ。

 

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だが、ここで「ファイアーでサクサクとクリボーを倒していく」プレイ動画を観てしまえばどうか。

やはり、動画を観たプレイヤーは、ただ作業的に「ファイアー」というカードを切り続けてしまうのではないか。

その点において、現代におけるゲームのメディアとして敷衍する「ゲーム実況」や「PV動画(ゲームプレイのトレイラー)」の存在の罪は大きい。

 

これは何も、攻略に限ったことではない。

例えば、特に攻略する要素がない『風ノ旅ビト』。このゲームでも、自ら操作して砂原を進み、ようやく寺院に辿り着くからこそ、感慨深いものがあるというもので、ザックリ寺院に連れて来られても何の感動もないだろう。

つまり、ゲームにおけるネタバレとは、ストーリーや脚本に限らず、プレイヤー自ら介入する「ゲームプレイ」においても言えることだと思うのである。

ゲームという、プレイヤーの能動的な働きかけが試される文化において、「他人のお手本」は致命的なまでのネタバレになりうるのではないだろうか。

(逆に、うっかりストーリーをネタバレしてしまっても、落ち込む必要はない。)

 

ゲームとネタバレの相性の悪さ

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勿論、全てのネタバレを否定しているわけではない。

まず、動画やレビューといったものは、ゲームを一度クリアしてから読むと得られる発見が多い。

先述したように、ゲームは人それぞれの体験を、多様性を重視するメディアなので、それだけ様々な意見を楽しむことが出来る。

一度クリアしてからネタバレを読むと、自分の意見との相違も見つかるし、それらを踏まえて2周目に挑戦する意欲も出てくる。

「ゲーム実況動画」がウケたのも、この手軽に個性を出せる点だろう。

また、ゲームは高い買い物なので、地雷を回避する偵察として、ある程度のネタバレを割り切るのもありだろう。

 

だが、こういった例外を除いて、やはりプレイ前に動画を観ることは、仮にそれが公式のトレーラーであってもオススメすることは出来ない。

ゲームとは、やはり自分の判断で道を拓き、自分の五感で世界観を視認するから楽しいのであって、ゲームプレイの攻略や工夫、視点といったものも、十分ネタバレの範疇に入るはずだ。

昨今、ゲームのインタラクティブな側面が取り沙汰されるなか、ネタバレを含めた鑑賞者のアプローチも、注目していくべきかもしれない。

 

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実は、「昔の名作ゲームも、現代人が遊ぶとつまらない」という理屈の根幹もここにある。何故なら、昔のゲームは動画からテキストまであらゆる情報が封殺されていたので、自ら攻略のスタンスを確立して切磋せざるを得なかったからだ。

逆に、昔のゲームは既に「ネタバレされすぎている」。『スペランカー』が何故マゾいのか、『ドルアーガの塔』の何が難しいのか。全ては解答と共にネット上で流布しているので、それを踏まえた上でプレイしても何の意味もないし、そこに驚きも発見もない。

いずれにせよ、そのゲームを遊ぶと決めたからには、宣伝用のPVであっても観るべきではないと思う。