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ゲーマー日日新聞

ゲームという文化を、レビュー、攻略、考察、オピニオン、産業論、海外記事の翻訳など、複数の視点で考えるブログ。

10年モンハンを愛して見えた、モンハンを遊ぶ意義

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モンハンで「どうして敵を倒すのか」に意味を見出せず挫折した人々 - Togetterまとめ

つい最近、こんな記事が某所で有名になってたので言及したい。

『モンスターハンター』、言うまでもなく、日本で最も遊ばれているアクションゲームの1つであり、ゲームに縁遠い芸能人すら楽しむ、大衆的な人気も高い作品である。

無論、私もこの作品を発売からずっと遊び続けてきた。私がゲームを趣味とするだけでなく、特にこのシリーズへの愛情を持っていることは、散々記事を書いてきたことからもお分かりいただけるだろう。

では改めて、まず彼らの文法でモンハンの「意味」を私なりに考えた後、何故我々はゲームを遊ぶのか、逆に遊ばないゲームとは何か考察したい。

 

私がモンハンを遊ぶ、3つの理由

最初に、私は冒頭で紹介した議論となっている記事で提示された、「どうして敵を倒すのか」という疑問について、いくつか答えていこうと思う。

私がこのゲームを続けてくる中で、動機となった点は主に3つ。

①:「狩り」そのものが楽しいから

②:素材が欲しい

以上の2点は、このゲームを商業的なゲーム作品として考えた時の論点である。

加えて、記事内で議論されているのは、主に倫理観や世界観としての疑問だと思われるので、その点についても私から1点反論させて頂きたい。

③:職業としてのハンター生活

 

①:「狩り」そのものが楽しいから

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物騒な題で申し訳ないが、なに、私は無垢なモンスターを虐殺することに快感を見出した異常者だと告白しているのではない、モンスターハンターの抜本的な面白さの1つに触れたいだけだ。

まず、『モンハン』はアクションゲームである。アクションゲームの醍醐味とは何だろうか。『マリオ』であれ『ロックマン』であれ、一度この手のゲームにハマった者なら理解できるだろう。

ズバリ、操作を介してゲーム内で繰り広げる、アクションの応戦、ギリギリの戦闘、選択肢の駆け引きこそ、アクションゲームの醍醐味だ。

 

モンハンで例えるなら、まず、プレイヤーは14種類の武器の中から、1つを選んでクエストに出発する。重厚な一撃が魅力の大剣、変形攻撃で多様な攻撃ができるチャージアクス、遠距離から一方的に射抜く弓。どれを選んだっていい。

選んだ武器によって、自分が取れる行動は決まる。大剣のタメ攻撃なら、一瞬で大ダメージを奪うことが可能だ。しかし、こちらもリスクがあり、自分は「いつ殴るべき」で、モンスターの攻撃「いつ回避すべき」かを考え、更に刻々と変化する環境の変化、アイテムの残量と合わせ、「選ぶべき解法」をノータイムで選びとる。

 

モンスターハンターの抜本的な、「アクションゲーム」としての面白さを要約すると、ズバリこういう点にあるだろう。

プレイヤーとモンスターの肉体の動き、正確さと知性が求められる戦略、咄嗟の判断…。こういったものが、武器やモンスターの種類により、更に何十パターンにも変化し、ありとあらゆる「アクション」がプレイヤーの心情を突き動かす。

私を含めた、多くのプレイヤーはこの重厚かつ複雑なアクションそのものに魅了され、モンスターと対峙するスリルが病み付きになる。だからこそ、彼らは狩場に自ら趣き、あの快感を取り戻そうとするのだ。

 

②:素材が欲しいから

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モンスターを倒せば、鱗や甲殻が手に入る。これらを素材に武器を作れば、更に強力かつクールな武器が手に入る。だからこそ、我々はモンスターを狩り続ける。

人はこれを、他のゲームでいう「ハック&スラッシュ」や、ランダムで出る素材を漁る「作業ゲー」だと考える人もいるようだが、それは違う。

ゲーム性の理論で話せば、確かに、モンスターを倒してランダムで手に入るアイテムを活用するというのは、ありふれたゲーム性、ある意味で「ソシャゲっぽい」と考えても仕方ない。(え、ギルクエ?何そのクソゲー?)

 

一方、モンハンの場合、武具を作ることは、「狩り」と「勝利」を結ぶ重要なシーケンスなのだ

例えば、雌火竜リオレイアを倒せば、リオレイアが身にまとう緑の美しい鱗と、彼女がプレイヤーを苦しめた猛毒を操る力を手に入れる。

これは極めて印象深いシーケンスだ。リオレイアは強靭な火竜だ。何度も倒し、倒され、先述した「アクション」の駆け引きを共にした印象深い火竜でもある。

そんな過程、思い出を直接惹起させるからこそ、リオレイアの素材をむき出しにした武具をまとった時の瞬間は嬉しく、またその武器を扱っている瞬間も満足感が溢れる。

屈強な世界観と、それに勝利したプレイヤーに与えられる報酬、その2つを直接結びつけるからこそ、レアアイテムを漁って作る武器には思い入れが深くなるのだ。

 

もっと言えば、単にデザイン面での美しさも捨てがたい。先述したリオレイアは美しい火竜で、鱗の一枚一枚まで華麗に描かれ、彼らの生態系さえ文章や映像で説明される。

ここまでの拘りは、モンハンが長寿のシリーズであると同時に、ボス格の巨大モンスターとの戦闘に特化したゲームだからでもある。ボスしか存在しないモンハンだからこそ、彼らへの印象は深まり、彼らのデザインも洗練されていく。

(余談だが、私はモンスターたちのデザインが気に入り、書籍『ハンター大全』や『イラストレーションズ』も購入した)

そんな彼らの武器や防具は、当然美しい。最初は骨や鉄がむき出しだった味気のない武具も、美しい緑の鱗で彩られ、毒々しい棘がむき出しにされている。

我々は、武器を生産する過程でその画像を確認できる。だからこそ、モンスターを愛する我々は、「あの武器が欲しい!」と渇望し、ただでさえ楽しい彼らとの狩りに、取り憑かれたように熱中するのである。

 

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(これは私の自慢の装備だ。武器は火山で発掘したオーパーツ。防具は胴に耐火性のある鋼鉄、腰には防音性に優れた覇竜の佩楯を使用している。)

 

③:無垢なモンスターを殺すことに躊躇はないのか?

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では改めて、冒頭に提示した記事で問われた内容について考えていきたい。

私も本作を遊んだ当初、何の罪もない草食竜を倒すことを躊躇しなかったといえば嘘になる。

が、私はすぐ理解した。私がクエストを受注する過程で、村の首長から極めてドライに、「やりたければ、やれ」と話された時、自分の立場がどこにあるのかを。

即ち、我々がハンターであるのは、運命でも神の判断でもなく、「職業」を選んだ結果だからだ。

 

私がゲームを購入したからといえ、即座にハンターとして聖戦に赴く必要などなかった。そう、NPCは誰として私に無垢な草食竜を狩ることを強制してなどいないし、倫理観ではなく報酬と引き換えに頼んでいるのだ。「やりたければ、やれ」「ハンターとして生きるなら、やれ」それだけだ。

よりディープな考察をするなら、この発想はマックス・ウェーバーとヴェルナー・ゾンバルトの対比に近い。職業を生活の必然として生きるか、そこに野心を見出そうとするか。その職業に向けられた「思想」「倫理」でさえ、本作は自由なのだ。

無論、だからといって「キノコ狩りだけして過ごせ」とは言わない。ハンターという「職業」が嫌いならゲームそのものをオススメしない。

だが、「職業」によって責任と自由が保証されているだけで、プレイヤーは「ハンター」として生きることに、ゲームだと割りきらずに感情移入できるのである。

 

さらに言えば、昨今ではこのモンハンのような「親切なゲーム」は減りつつある。

例えば、昨今のステルスゲームは「非殺傷」により様々なボーナスが与えられ、難易度調整の一環にもなっているが、私はこの馬鹿げたカルトが嫌いだ。

仮にも敵の基地に潜入し、将軍を抹殺しようと企てるスパイが、雑兵の一人や二人を生かしたところで、何故「天から与えられる」報酬が増減するのか。

そういった点で、あえて草食竜を殺すシーケンスを用意し、ハンターを職業として溶けこませたモンスターハンターは極めて、「倫理的に安全である」と言えるのではないか。

 

最後に、私はあくまで、ハンターとしての生き様が「職業」に裏付けられたものであるだけで、決して「倫理的に良い」「生態系の維持に必要」と断じる、後付的な理由には同意しない。

それらの理由はハンターの一方的な見方だし、そもそも金銭や素材を受け取っておいて、倫理的にも肯定されようとは思えない。人間社会にとって、何よりプレイヤーにとって「そうしたいから」狩るだけなのだ。世の中、100%感謝される職業など1つもない。

 

最後に

私は3つの理由を説明したが、主に最初の2つは「既にモンハンを始めた人」へ、最後の1つは「今からモンハンを始める人」への、それぞれ自分なりの答えである。

このゲームはよく出来ている。さすがに、10年ぶっ通しでモンハンを遊び続けたわけでないが、それでもここまで遊んだゲームはそうはない。抜本的な魅力は初代で確立し、作品を経る毎に磨きがかった。(失ったものもあるけど)

 

恐らく、記事の中で「モンハンを遊ぶ意義」なんて考える人は、大半がモンハンを楽しめなかった人に違いない。そんな人を引きずり出して、モンハンの魅力を力説しようとは思わない。

だが、一方で「気になるけど、まだ遊んでない」「魅力がよく伝わらず、すぐ辞めた」という人も山ほどいるはず。そんな人に、このシリーズの抜本的な魅力というのを、ストレートに「モンハンを遊ぶ意義」という観点から問いなおしてみた。