ゲーマー日日新聞

ゲームという文化を、レビュー、攻略、考察、オピニオン、産業論、海外記事の翻訳など、複数の視点で考えるブログ。

【再評価】『S.T.A.L.K.E.R. Shadow of Chernobyl』の感想やレビュー チェルノブイリの追憶を辿る

 

f:id:arcadia11:20160501114654j:plain

ゲーム概要

ウクライナ「CSG Game World」により、2007年に発売されたオープンワールドベースのFPS。プレイヤーは広大なチェルノブイリを探索し、限られた銃器や物資を基に様々なクエストを自由にこなすことが出来る。

舞台となるのは「石棺」と化した原発周辺のチェルノブイリ。記憶喪失のプレイヤーは「Strelokを殺せ」というPDAのメッセージを頼りに、核心へと近づいていく。

※本稿は作品のネタバレを多数含んでいます。

 

また、本稿では今年でチェルノブイリ原子力発電所事故から30年経過し、東日本大震災から5年経過したことを踏まえ、あくまで「チェルノブイリ事故」との接点から本作のコンテクストを辿ることとする。

 

ユニークだが重厚

f:id:arcadia11:20160501114703j:plain

本作に触れたプレイヤーが、真っ先に抱く感想が「癖が強いゲームだな」だろう。

僅かなムービーでチェルノブイリの僻地へ投げ出されたと思ったら、救助してくれたオッサンに「治療してやった代わりに働け」と冷たく対応され、数十発の弾薬とピストル一丁(しかもボロい)で、悪党たちを何とか倒す。すると謝礼と称して端金を受け取るが、そこからプレイヤーを導く存在は誰もいなくなる。

序盤はひたすら辛い。親切なガイドもいなければ、派手なムービーもなく、おまけに初期装備は敵より酷い。それでもプレイヤーがゲームを辞められないのは、チェルノブイリに漂う「妖しさ」とゲーム面の「奥深さ」、ひいてはゲームそのものの「重厚さ」に気付いているからだ。

 

例えば世界観。原発事故によって禁域と化したチェルノブイリは「ZONE」と呼ばれ、無法者たちが闊歩している。最初は居心地が悪くてしょうがないが、過ごす内にその退廃的な街並みに冒険心をそそられ、また無法者たちが形成するコミュニティに溶け込む過程が、プレイヤーの心をタフにする。

ゲーム面の奥深さも忘れ難い。序盤こそ粗悪な拳銃、せいぜいショットガン程度しか持たないが、そこからAKやSVDのような名銃を手に入れる過程は喜びがあるし、現代でも類のない高度なAIにより、野戦から室内戦まで戦術的な銃撃戦を楽しむことが出来る。

とりわけAIは白眉で、敵はただオブジェクトに張り付くだけでなく、味方と強調して行動し、こちらを包囲するように立ちまわる。加えて弾薬面でも厳しいため、プレイヤーには精確な射撃と高度な戦術が求められる。この緊張感が、「ZONEで孤独に生きる」感情をプレイヤーに刻みこむのだ。

f:id:arcadia11:20160501114725j:plain

『FEAR』と並ぶそのAIのクオリティは、現代のFPSですら実現することは難しい。

 

チェルノブイリとは何か

f:id:arcadia11:20160501114844j:plain

ここからは物語の本筋に迫りつつ、「チェルノブイリ原発事故」と本作のあり方について考察していく。

本作において、そのタイトルにもある通り、「チェルノブイリ原発跡」は極めて象徴的な存在として描かれる。「ZONE」が存在し、そこに無法者たちとプレイヤーが存在し、争いとドラマが存在するのも、元を辿れば原発事故によって辺り一帯が封鎖されたため。

 

記憶喪失の主人公は、己のPDAに残された「Strelokを殺せ」というメッセージのみを頼りに、ZONEを放浪することとなる。すると、僅かにだがStrelokという男、そして彼の仲間を知る者たちと出会い、彼らと取引する内に、プレイヤーはZONEの中心部、すなわちチェルノブイリ原発へと導かれていく。

だが一見すると、本作は「原発事故」とは無縁の作品である。確かに原発事故が原因には違いないが、それでも物語の大半は「Strelokの追跡」と「ZONEの冒険」。唐突にゲームが原発が如何に恐ろしく、ソ連政府がいかに無能だったか、などとTwitterの知識人様のように語ることはない。

それどころか、まるで「放射能の影響でこうなりました」と偏見を具現化したように、醜悪な化物や野犬まで飛び出す始末。結局、「原発」はただ世界観に意味深なものを込めただけのハリボテのように思えてしまう。

 

しかし、プレイヤーは物語を進めていく上で、このZONEに眠る真の「闇」を見出す。ZONEの奥深くの研究所、廃工場を辿ると、そこには政府が極秘に用意した研究所が露わとなる。主人公がフラッシュライト片手に捜索すると、そこには無数の被験者の死体、そして化物の軍団が待ち受けていた。

政府はチェルノブイリ原発事故とZONEを利用し、決して見つかってはならない悍ましい研究を繰り返していたのである。その産物として、世界を歪ませようとする究極のAI「C-Consciousness」も存在した。AIは人類の愚かさを矯正すべく、PSI装置を駆使して人類を洗脳しようとしていた。その第一歩が無法地帯ZONEの発生なのである。

愚かにも、人類は自らが力を求め、そして未曾有の大災害をもたらした原子力発電所の失敗に懲りるどころか、その失敗さえ利用して新たな災いを生み出してしまったのだ。

f:id:arcadia11:20160501114856j:plain

異形たち

 

チェルノブイリの追憶

f:id:arcadia11:20160501115001j:plain

「Shadow of Chernobyl」はただの建前ではなかった。人類の過ちとして残る原発跡を利用し、人類は再び過ちを犯し、その危機は再び地球を襲おうとしている。

だが、本作に眠る「チェルノブイリの影」は果たして、「原発跡を利用した人体実験」だけだろうか。思えば、道中にいくらでも「影」を見出すことが出来たはずである。

 

例えば、ZONEが無法地帯であることをいいことに、好き放題暴れていたBanditやMercenaryたち、己の大義名分のために日々血みどろの戦争を続けていたDutyとFreedom。そして、Strelok追跡という建前で、それらの暴力に加担したプレイヤー。

原発跡に作られた「Monolith」の神話もどこか聞き覚えがある。「原発跡の中枢部には、願いを叶える”願望機-Monolith”がある」。人類も原子力発電に様々な”願望”を託していた。

だがMonolithは所詮、C-Consciousnessが自らを秘匿するために作ったお伽話だった。実際にMonolithに触れた人間は、彼らの願望を利用するC-Consciousnessによって洗脳され、廃人にさせられてしまう。「願望」と「本心」のギャップは、どこか現代の原発を巡る議論を想起させる。

 

本作のストーリーテリングの恐るべき点は、「チェルノブイリ」という重いテーマを軸に置きながらも、その脅威をくどくど説教するのでなく、単なるお飾りにするのでなく、むしろプレイヤーに徹底して自由で優れたゲームプレイを提供し、その最後に「脅威」と向き合わせる点である。

本作をプレイしてしばらくすれば、プレイヤーはおそらく「原発」というテーマなど忘れてゲームにのめり込んでいるだろう。孤独で、痛みがあり、闘争にあけくれていながらも、勝利と成長という喜びを垣間見るゲームプレイを。

だがそれこそ、原発事故の裏側にあった人間の性を「体験」することだとしたら。チェルノブイリから30年。本作の発売から約10年。現代に改めて本作をプレイする意義はあるはずだ。

f:id:arcadia11:20160501115040j:plain