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ゲーマー日日新聞

ゲームという文化を、レビュー、攻略、考察、オピニオン、産業論、海外記事の翻訳など、複数の視点で考えるブログ。

PSNやSteamのようなコミュニティと、プライバシーの問題

ゲーム業界について

 

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・現代ではオンライン上のコミュニティ機能が発達し、多くの個人情報をゲーマーは共有する

・だがゲームを遊ぶだけで、そこまで情報を共有する必要はあるか?ログイン時間やプレイ時間まで?

・気にするほどの情報でもないが、気軽に楽しめるはずのゲームで、コミュニティがしがらみになるべきでない。

 

私がオンラインゲームを初めて一番感動したことは、「通信ケーブル」を使わなくても友達とゲームで遊べる体験そのものだった。

私は画面の向こうにいる友達とゲームで遊び、喜びや努力を共有し、時には言語を違える者とさえ仲良くなれる。

現代では、更にこのコミュニティ機能は拡大され、見知らぬ者同士がプロフィールを交換したり、ゲーマー専用のSNSのように意見交換すらできるようになった。

代表的なものなら、Steam、Xbox Live、Playstation Network、ニンテンドーネットワーク・・・。

これらを通じてゲーマーたちは常に友人を探し、繋がれる環境にいる。かつて孤独にコソコソ遊んでいたゲーマーからすれば、これほど望ましい環境もない。

 

しかし、このコミュニティ機能が便利になるにつれ、相応の問題も浮上していると私は考えている。それは特に、ゲーマーの「プライバシー」の問題だ。

プライバシーとは現代から重視されるようになった新たな価値観であり、要は「私事をみだりに公開すべきでない」という考えだ。そこにゲーマーと何の関係があるのか。

ズバリ、現代のゲームはあらゆる点でオンラインを通じたコミュニティ、ソーシャル機能を重視しているが、そのためゲーマーは一人でじっくり遊ぶことが難しく、コミュニティが過剰に干渉しているように思える。

 

ゲームを遊ぶのに「タイムカード」は必要か?

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始めに違和感を抱いたのは、Steamを利用していた時だ。

Steamは上記のゲーミング・コミュニティのパイオニア的存在であり、フレンド同士なら自分がプレイしているゲームのタイトル、自分がログイン・ログアウトした時間、自分が獲得したアチーブメント、自分のフレンド等、膨大な情報を共有できる。

私自身、SNS等の繋がりは嫌いじゃないが、さすがにここまで見られると少し気が滅入る。

特に驚いたのはログアウトした時間までバレるということで、いつまで私がPCを使っていたかなんて情報が一体誰の得になるのかわからない。

 

仮に、こんな機能がLINEについたらどうだろう。LINEの既読スルーですらうんざりする現代人が、自分がスマホを触ってる時間すらバレようものなら、それこそ気が狂っても仕方ない。

Steamが拓いたゲーマー同士のネットワークは、PSNやXbox Liveのような形でCS機にも浸透している。

更に、「実績」を獲得した時間が秒単位で記録されるなど、もはやプロフィール機能は「タイムカード」同然に記録され、余りに多くの情報が漏れ出ているとかんがえられる。

 

「プライベート設定」は対策になりえない

まぁ勿論、設定を変更すれば、「プライベート設定」のように情報を非公開にできる。

とはいえ、隠す情報を詳細に選ぶとかも出来ず、隠すなら全ての情報を隠さなければならない。その上、隠した人はデカデカと「情報を公開していません」と貼り出される始末だ。

ご存知の通り、オンラインコミュニティは友達同士だけじゃなく、「友達の友達」同士がゆるーく繋がる世界。そんな中、一人だけ情報を直隠しにする人間がいたらどうだろうか。

結局のところ、何かしら事情があるんだろうと邪推されかねないし、「気にしすぎ」と逆に注目されるかもしれない。

実際には、そんな単に互いの性癖まで筒抜けになる村社会が面倒なだけなのに。

 

最も、このような繋がりは楽しい面もある。新しい友達を作ったり、仲良くスクリーンショットを共有したり、新たなゲームの楽しみ方を開拓したのは事実だし、私も楽しんでいる。

だからこそ、個人のプライベートを守ることも大切ではないか。オンラインのゲームを遊ぶ上では便利でも、ログイン時間が記録されるのはやりすぎだし、かといって非公開というのも周りから浮く。

基本的にユーザー側が共有したい情報を選び、提出する。フレンドとのマッチングも、プラットフォームでなくゲーム内だけで行う。それは難しいのだろうか。

 

ゲームを遊ぶ仲間に共有できる情報

私自身、日本の文化の中で育ってきたから、Steamの生まれた北米や海外では「これぐらいあっぴろげな方がいい」という考えがあるのかもしれない。

それでも、ゲームは多様な楽しみ方がある。仲間とワイワイ対戦したり、一人でじっくり遊び耽る。現代のコミュニティ機能はその一部を補う機能だ。

その多様性を認めるうえで、個人情報をガバガバ解放する現代のオンラインコミュニティの制度には、もう少し配慮が必要だと思う。

 

ゲームとは何だろう。人付き合いに特化したFacebook、連絡ツールとして定着したLineとは異なり、ゲームはあくまで趣味であり、自分の余暇を充実させるもののはず。

ゲーム機の電源を入れることに、ほんの少し気を遣う。これは従来のゲームのあり方を大きく変えているのではないか。

 

「私事をみだりに公開されないという保障が、今日のマスコミユニケーシヨンの発達した社会では個人の尊厳を保ち幸福の追求を保障するうえにおいて必要不可欠なものであるとみられるに至つていることとを合わせ考えるならば、(中略)なおこれを一つの権利と呼ぶことを妨げるものではないと解するのが相当である。

『宴のあと』事件 一審判決」

 

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