ゲーマー日日新聞

ゲームという文化を、レビュー、攻略、考察、オピニオン、産業論、海外記事の翻訳など、複数の視点で考えるブログ。

2017年もゲーマー日日新聞をよろしくお願いします

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新年あけましておめでとうございます。ゲーマー日日新聞のJ1N1です。

昨年は多くの読者の方に恵まれ、ブロガーとしてジャーナリストとして、大きな成長を得られた年だったと実感しております。

2016年で自分が書いた記事と、その反響を考察しつつ、2017年についての展望を述べさせて頂こうと思います。

 

ゲーマー日日新聞と2016年

 

面白いゲームレビューを

arcadia11.hatenablog.com

「ゲーム批評」。当紙におけるメインコンテンツであり、多くの方にご愛読いただいている記事でもある。

あえて何故『ダークソウル3』のレビューかというと、このレビューで私はようやく、文章をわかりやすく伝えられたことに、一種の手応えを感じたからだ。

「文章力」という曖昧な表現は嫌いだけど、やっぱり文章を書いて誰かに伝える上で、一定の能力は必要だ。

私自身もまだまだ習熟する必要があるが、少なくとも、このレビューでは一定の達成感を得たし、今読み返しても一応読めるレベルには読み応えがある。(正直、これ以前の記事は読んでて苦笑いしそうになることも)

とは言え、これ以降もずっと「読めるレビュー」が書けたわけでなく、偶然もあって上手くいった記事だったと実感する。努力あるのみということだろう。

 

グッバイ、『LoL』!

arcadia11.hatenablog.com

世界最大規模のプレイヤーを誇るMOBA『リーグ・オブ・レジェンド』。私も長い間遊んでいる名作で、お猿さんと遊ばずに済む、友達と遊ぶ分には続けるだろう。

だがその名作にも大きな「影」がある。プレイヤーたちは他のあらゆるゲームに比べても、異常なまでに攻撃的で互いに罵声が飛ぶことが止まない、動物園と揶揄される民度。

にも拘らず、この問題はゲーム内外で殆ど浮上しなかった。暴言は一部のプレイヤーの犯行であり、ゲームとして何の問題もない、このスタンスをコミュニティも運営も貫いた。

その影に、私が誘った友人が傷つけられた。友人はいくらか私とゲームそのものに失望しただろう。

何が何でも、私はこの腐った体制と事件を糾弾すべきだと思い、相応の努力を重ねて公開に漕ぎ着けた。反響はかなり大きく、相応のメディアに取り上げられ、一時は某ゲハブログのTOPアクセス記事にまでなってしまった。

残念ながら、まぁ公式サイドはひたすら無視を貫くし、プレイヤーサイドにも随分と批判されてしまったが、面白いことにFPSやMMO、例の『マキブ』勢からは、かなり好意的な反応を得られた。

良い作品だ。だからこそ、この課題に立ち向かう価値もある。私がようやく「新聞」としてジャーナリストらしい仕事が出来たのかなと、今でも充実感を得ている。

 

やっぱ、辛れぇわ

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待望の新作『FF15』。魅力と欠点をそれぞれ持ち合わせた癖の強いゲームだったが、どうしても取り上げるべきだと思ったのが、公式による事実上の「公式ベータ宣言」とその隠蔽だった。

スクエニは、「FF病」「極上クオリティ」といった言葉でメディアやSNSを煽り、『君の名は』のような口コミでのブームを狙ったのかしれないが、結果的にいずれもプレイヤーの信頼を無駄に裏切り、逆撫でしたことを否定できない。

そしていざリリースされると、上記の煽りと含めて、SNSや2chで大きく批判される内容となってしまった。

その上で、スクエニ大きな欠点を「更なる向上」「特別に無料で」などと、何も反省しないまま、あくまで恩を押し付けるように、修正して当然のアップデートを大々的に打ち出したのだ。

ゲームがつまらないならまだしも、口コミ目当てにプレイヤーににじり寄り、偽善を貫こうとする以上、その腐敗の上に成り立つFF15は何の擁護にも値しない。現に作品自体、輝く部分がありながらも、彼らのエゴが具現化したような内容だったわけだ。

ブームありきの、昨今の日本のエンターテインメント市場。この弊害は大きいし、その弊害を監視するのは、我々ユーザーの責任であって、少なくとも思考停止で企業の思惑に乗り続けるのは、都合の良いお客様に過ぎないのではないか。

 

2017年に向けて

正直なところ、当紙の記事で、一定の反論があることは私自身も予想できる。賛否両論のある話題に突っ込む以上、当然のことだと思う。

私にとって当紙の運営は、あくまで私の仕事でなく趣味の領域だ。それは自分の責任の所在を曖昧にしていることもわかる。(その分、当紙の権力は殆どないけど)

それでも、私は元々「居場所」が作りたくてこの新聞を始めたことを、今でも覚えている。

SNSには欺瞞ばかり、まとめブログは扇動ばかり、ゲームが好きで、ゲームの話がしたいのに、正面からゲームを話せる場所がない、個人レベルで話せる場所がない。バカみたいに持ち上げたり、貶したりするのは、うんざりだった。

だからこれからも、賛否両論の話題で自分の意見を通す。これは他ならぬ、自分を含めたゲーマーのための、居場所。

ジャーナリズムがないなら、俺たちの手でジャーナリズムを作ればいい。もうSNSに篭って、疵の舐めあいは十分だ。

 

その点、自分は本当に恵まれていると思う。

私が尊敬し、既に閉鎖されたサイト「GameLife」氏は独自のサイトで作られていたが、彼も「今ではブログがあり、誰でも意見を発表できる素晴らしい時代。他の人も是非ゲームを語って欲しい。」と訴えていたことを、今でも覚えている。

誰でも意見を投稿できるブログサービスがあり、スマートフォンやSNSの普及で多くの方が意見を読んでくれる機会がある。こんな恵まれた時代はない。

私のような、ゲーマーとしてもジャーナリストとしてもド素人が、「居場所」を渇望した時、これほどの恵まれた環境と、多くの読者からの賛同も得られたことは、本当に奇跡にようなものだったのだろう。

アマチュアといえ、私がジャーナリストを名乗り、新聞を名乗る。基本的に圧力もなく、自由に語り、多くの方に読んで頂く。まさしく時代の賜物というか、本当にありがたいことこの上ない。

いわんや、「自分に言えないことを言ってくれた」と、こんな感想を頂いた時は、まさしく感無量だったし、出来る限りこの新聞を続けようと思えた。

 

それでも、私は、あくまでアマチュア目線で書き続けることしか出来ない。

ファミ通やGamesparkのような商業誌のように、発売前に無料でゲームのコピーを受け取ってレビューしたり、大勢の読者にSNSで拡散してもらったり、無尽蔵の時間で執筆することも出来ない。

私自身も、いつまでこうしてブログを続けられるかわからない。単に飽きてしまうかもしれないし、都合がつかなくなるかもしれない。その時、「GameLife」氏のように惜しまれるサイトになれるだろうか。

いずれにせよ、私は自分なりの記事を、ジャーナリズムを貫かせて貰う。

「不偏不党の地に立って言論の自由を貫く。」

こんな絵空事めいた理想を、大真面目で言えるこの場所を守るために。

 

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