ゲーマー日日新聞

ゲームという文化を、レビュー、攻略、考察、オピニオン、産業論、海外記事の翻訳など、複数の視点で考えるブログ。

ゲーマーを納得させる「ガチャ課金」とは何か

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DLC、ガチャ、拡張パック・・・ ゲーマーにとって、「課金」とは苦くもまた甘美な響きを伴うものである。

なぜ苦いのか。

ゲームショップなり、オンライン上のサービスなりで、両者はきっちりと「契約」を交わしたはずなのに、いつまでもズルズル、ズルズルと小さな契約を交わそうと、ゲーム側が誘惑する。そんな爛れた関係に、ゲーマーは耐えられないのだ。

逆に言えば、もしゲーム側が清廉潔白で魅力的な契約を提示できるのであれば、ゲーマーも新たな関係性を認識するに違いない。

本稿では、個人的に考える「魅力的な課金制度」を、2つの事例から紹介したい。

 

(なお、本来「課金」とはサービスを提供する行為を指す言葉であり、顧客が行うのは「契約の履行」である。本稿では便宜上、両者のケースも「課金」として説明する。)

 

市場価格が実現するランダム性の担保 『CS:GO』『Dota 2』のケース

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ゲームにおける「課金」には様々なケースがあるが、とりわけ人気が高く、しかも顧客からの不満が強いサービスと言えば、ランダム性によって生じる射幸心、即ち博打への依存によって成立するガチャである。

今回取り上げる『CS:GO』『Dota 2』も、そのルーツは20年近く遊ばれる老舗の名作、それもコアなファンがしっかり根付いた硬派な作品だ。どのように「ガチャ」はこのコンテンツに根付いたのだろうか。

 

第一の根拠として、『CS』や『Dota』のガチャによって得るSkin等は、ゲーム性に一切影響しない点が挙げられる。

アイテムはいずれも実生活から切り離された贅沢品に過ぎず、いくらギャンブル運が強くとも、試合に勝てるわけではないのだ。

 

だが、個人的に最も注目すべきは、ガチャの後から導入された「マーケット」システムだと考えている。

この「マーケット」システムでは、ゲームを起動するUIを活用して、「手数料」として幾ばくかは運営側に徴収されるものの、プレイヤー間で不要になったアイテムを売買することが出来る。

これにより、仮に「レアだけどいらない」「アイテムよりお金に興味がある(冗談だろ?)」と考えるプレイヤーでも、公平に「ガチャ」を前提としたゲームにインボルブさせている。

 

更に素晴らしい点は、誰でも無料でマーケットで売買されるアイテムの相場と流通量が閲覧できる点である。

どのゲームのガチャも、極めて漠然とした、かつ不透明なレアリティ(それによって生じるキリのない欲望)が問題視されているが、このマーケットがあれば、自分が欲しいアイテムの価値を数値化できる。

実際、『CS:GO』では、最上位のレアアイテムとして各種「ナイフ」が存在するが、単なるナイフが、銃剣やバタフライナイフに変更できるというだけで、それを求めて数百ドル(数万円)が飛び交う。

一方で、「マーケットで購入した方が安上がり」と考えてもなお、ガチャをまわし続け、それ以上の金を無為にする人、つまりガチャそのものに価値を見出す人もいる。

 

このように、運営側もフェアなルールとシステムを用意して、課金サービスを設けている点が、「軽蔑すべきガチャ」を「全うなサービス」へ昇華させたのだと考える。

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(高価なアイテムは数万円はくだらないが、安価なアイテムなら10円や100円でも購入可能。また安価なアイテムも、レアでないだけでデザインは十分クール。)

 

揺ぎ無き製品への自信 『League of Legends』のケース

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『League of Legends』は押しも押されもせぬ「e-Sports」の代表タイトルであり、現に開発のRiot社もe-Sportsタイトルとして恥じない作品の清廉さを強調している。

 

『LoL』にはいくらかの課金要素があるが、その大半はゲームに直接影響せず、メインは「Skin」と呼ばれる、使用キャラの外見を変更するだけの贅沢品であり、更にこれはガチャでなく直接購入出来る。(価格は500円~3000円ほど)

では、ガチャのような博打的な楽しみもなく、ゲームにおける優位もなく、一方でそれなりに強気の価格を維持できているのは何故だろう。

ズバリ、純粋に「Skin」の出来栄えが良く、プレイヤーも評価しているからである。

 

「Skin」は主に、スプラッシュアートとゲーム内グラフィックで構成される。Skin一つ一つにはユニークなコンセプトがあり、西部劇をモチーフにしたものや、ロボットをモチーフにしたもの、女性キャラにセクシーな衣装を着せるものまである。

更に、ゲーム内グラフィックにおいても、ただ色を弄るだけではなく、ちゃんと新たな衣装を用意し、装飾品を着せ、エフェクトやモーション、音声まで新たに作りこまれており、その細やかさは技術に依存した次世代機に劣らず、キャラクターの魅力を存分に引き立てている。

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(『LoL』の人気キャラクター「Yasuo」。上図がデフォルト(無料)で、下図が「High Noon Yasuo」(約1000円)。)

 

Riot社の「揺ぎ無き自信」は、Skinに留まらない。

興味深い点が、ゲーム内に用意された各キャラクターたちは、Skinを購入するまでもなく、デフォのま美しく、かっこいい点だ。

故に、「Skinを持っているけど、たまにはデフォで」と考えるプレイヤーも少なくない。(正直、この点は先述のValve社製品に感じられない)

しかし、既存のキャラクターが美しいからこそ、キャラクターに愛情を抱き、そのキャラクターの魅力を引き立てる装飾品を欲するのではないか。

実際、公式サイトでは新チャンピオンの「ゲーム性」のみならず、「デザイン性」を作りこむのにいかに苦労したか、その逸話を聞くことが出来る。

 

世界最大級のプレイヤー人口を誇る『LoL』だが、その拘りはゲーム性のみならず、デザイン性にも及ぶ。

『LoL』のグラフィックは次世代機のもたらす「現実のようリアルさ」はないが、デザインそのものの美しさと魅力は決して劣らない。

その力強い基盤で顧客から信頼を得て、更なる良質なサービスを展開するからこそ、本作における課金は理想的なのだ。

 

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いずれのケースも、世界中で親しまれるタイトルであり、彼らの「課金」は成功していると言えるだろう。

彼らに共通する点は様々あるが、個人的には以下の点に注目したい。

 

一つは、自社のサービスに自信を持っている点。課金サービスが主な収益源としても、素の状態でも十分楽しめるよう作られている。これは、売れる自信があるから可能なサービスだ。

 

二つは、既にビジネスとして成功していること。valve社、riot社共に、国際的に認知された大企業であり、その巨大資本を元手にサービスを展開している。

 

三つは、これが最も大切だと思うが、カスタマーとのコンセンサス、合意を欠かさないこと。顧客を尊重し、情報を公開し、説明を怠らないからこそ、大金を投じるガチャであっても、安心して購入できる。

 

逆に、よく批判される日本のソーシャルゲームの企業はどうだろうか。

課金なしで楽しめる程に完成されたゲームをリリースしているか。一山当てようと博打感覚で企業してないか。そして何より、顧客を信頼しコンセンサスを維持できているか。

ゲームの性質は異なれど、こうした努力は企業の性質がそのまま現れるものだ。こうした企業を育むことが、我々に問われるものかもしれない。