ゲーマー日日新聞

ゲームという文化を、レビュー、攻略、考察、オピニオン、産業論、海外記事の翻訳など、複数の視点で考えるブログ。

「クトゥルー神話」×「ゲーム」×『Bloodborne』

 

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『Bloodborne』のネタバレがあります。

 

人は皆、コズミックホラーとラヴクラフトが大好きである。

理不尽極まりない旧支配者、無様にもがき苦しむ人間、宇宙と地上を繋ぐ壮大なストーリー。クトゥルフ神話が嫌いな人なんていない、だろう?

現代日本のサブカルチャーにまで着々と浸透しつつある、そんなクトゥルー神話だが、ビデオゲームにおける歴史も長い。特に海外ゲームでは定番のネタになりつつある。

そんな中、「クトゥルー神話」における常識を破壊したとある作品が産まれた。それが私の大好きな作品でもある『Bloodborne』だ。

本稿では、ビデオゲームにおける「クトゥルー神話」と、その中でいかに『Bloodborne』がクレイジーな存在であるか述べよう。

 

従来までの「コズミックホラー」×「ビデオゲーム」

小説、映画、サブカルチャーに至るまで、多くのクリエイターに「クトゥルー神話」及び「コズミックホラー」は愛され、モチーフとして活用されてきた。

無論、ゲームとて例外ではない。特に米国における影響力は凄まじく、大なり小なり多くの作品で観る事ができる。

 

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まず典型的な例でいえば、英国Headfirst Productionにより開発された『Call of Cthulhu:Dark Corners of the Earth』は外せないだろう。

謂わば、クトゥルー神話を題材にしたTRPG、『クトゥルフの呼び声』のビデオゲーム版であり、特にクトゥルーと親和性の高いTRPGにおける魅力を、ギュッと凝縮した作品になっている。

ビジュアルは死ぬほど野暮ったいのだが、港町インスマウス、SAN値、ダゴン、カルト教団など定番の設定を揃えた上、SAN値の管理、探偵要素と戦闘要素のミックス、徐々に明らかになっていく自らの正体など、ゲームプレイにおける工夫もしっかり施されている。

 

また直接「クトゥルー」をゲーム化せずとも、「コズミックホラー」を取り入れた名作、特にホラーゲームは数多い。

 

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『Amnesia: The Dark Descent』は、「より純粋なコズミックホラー体験」を求める者に最適だ。ホラゲー史でもまれに見る程の脆弱な主人公をFPS視点で操作することで、冗談抜きにプレイヤー自身のSAN値が削られること請け合いである。

 

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また和ホラーの傑作『SIREN』においても、日本神話や土着文化と融合したコズミックホラーの姿を拝むことが出来る。単なる恐怖だけでなく、絶望的な状況でそれぞれの生き方を貫く、ストーリーの出来栄えも素晴らしい。

 

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任天堂ハードで発売された『エターナルダークネス 〜招かれた13人〜』も隠れた名作だ。SAN値やネクロノミコンといった定番を抑えつつ、ホラーゲームの割に仕掛けやアクションで正面から神々に挑める、前向きな作品でもある。

 

またBethesda製のベストセラー『The Elder Scroll』シリーズや『Fallout』シリーズにおいても、おまけ要素としてのラブクラフト・リスペクトは既に鉄板ネタになりつつある。

 

「クトゥルー」の常識を打ち砕く『Bloodborne』

従来、「クトゥルー」や「コズミックホラー」が作品と結びつく時、多くは人間が神々の不条理によりもがき苦しむケースが多い。原作から言って、人間は神々に愚弄される立場なのである。

そのため、必然的にクトゥルーがビデオゲームのコンテクストに加える場合、「ホラーゲーム」という形を取ることが多い。

一方的に嬲られるストレスを、ゲームプレイのシステムに落とし込む上で、合理的な判断と言えるだろう。

 

ところが、こうした「コズミックホラー」×「ビデオゲーム」の常識、いや「コズミックホラー」メディアの常識を打ち破るようなビデオゲームが登場した。

それが

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である。

 

フロム・ソフトウェアの開発した『Bloodborne』の舞台となるのは、19世紀の架空の街「ヤーナム」。

序盤の目標は、このヤーナムで発生した「獣の病」と、それにより獣と化した住民を狩り、生き残ることである。(この時点では”神”の存在は全く見えてこない)

しかしながら、ゲームを進めるに連れて、夜が更け、街を「赤い月」が照らすようになる。プレイヤーは疑問に思う。「獣の病」の正体とは一体何なのか?

それは全て・・・「上位者」またの名を「Great Ones」*1による仕業であったことが、教会を探る上で明らかとなる。

「上位者」は古代遺跡に眠っていた神々であり、もう何年も「獣の病」によって人間界に介入していたのだった・・・。

プレイヤーにとっては衝撃の真実と言えるだろう。『ソウルシリーズ』のように獣を狩り続けていたら、まさかそれ以上の存在、神がいたとは考えるまい。

 

だが、こうした「上位者」に触れた主人公、プレイヤーがすることも中々に衝撃的だ。

 

目の前に宇宙人のような化物が現れたら?

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目の前に名状しがたき蜘蛛のような化物が現れたら?

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教団によって罪のない人間が上位者もどき*2に作り変えられたら?

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およそ上位者という上位者を殺し尽くし、自分の師匠と、その師匠を助けていた真の上位者が現れたら?

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ここまでバイオレンスな「コズミックホラー」な作品があったであろうか。

「悪魔信仰」を題材に大暴れ、というのであれば、ゲームでも『DOOM』や『Painkiller』等が有名だ。

しかし、今回の相手は単なる悪魔ではない。人の精神をすり潰し、抜本的に世界の全てを支配する、およそ人に理解できない神々である。

だが、『Bloodborne』の狩人は逃げも隠れもしない。ただ真正面から挑み、神々に八つ裂きにされようが、発狂させられようが、相手を殺せるまで何度も蘇るだけである。

 

それどころか、主人公はただ上位者を殺すだけに飽き足らず、それさえも超越しようと試みる。

目覚めた時に握っていたメモ、「青ざめた血を求めよ」とある通り、主人公はあらゆる手段で上位者と、上位者が人間を無理やり孕ませて作った赤子を殺し、赤子から「へその緒」を奪い、それを喰らうのである。

そして3本の上位者のへその緒を喰らい、ラスボスを殺せば、晴れてナメクジのような軟体生物として「進化」するトゥルーエンド(通称バブみEND)を迎えられるのだ・・・。

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結論

今やコズミックホラーは、ゲームを含めたあらゆるメディアで無くてはならない存在だ。

特にビデオゲームでは、「狂気」を表現する上で親和性が高く、近年では大なり小なり多くのホラーゲームが影響を受けている。

 

一方で、そうした形式とは真逆のアプローチで、殺戮と闘争のゲームプレイを実現し、なおかつコズミックホラーの鬼気迫る世界観を再現した、『Bloodborne』はやはり名作だと思うし、コズミックホラー関係のメディアで一種の革新を起こしたと思う。

プレイした者ならわかると思うが、最初「獣の病」でゲームに慣れつつ、「上位者」の正体に迫る段階は、本当に自身が狂いそうな程ショッキングな体験が出来るし、それを殆どムービーやナレーションを入れず、プレイヤーの純粋な体験だけで実現しているのも本当にすごい。

無論、狂気に耐えつつジリジリ進むホラーゲームも大好きだが、たまには、こんなユニークな作品で、存分に神々や狂気と戯れたいものである。

 

 

*1:因みにクトゥルーにおける「旧支配者」は「old ones」

*2:再誕者