ゲーマー日日新聞

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ゲームの「難しさ」って何だろう

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「難しいゲーム」というのはいくつかあって。例えば『ダークソウル』は現代の「難しいゲーム」の象徴みたいなものだけど、ちゃんと考えれば誰でもクリアできるようになってる。

だけど、そうやって何度もトライすれば完全に楽しめるよ、というゲームは案外少ない。そのゲームを骨の髄までしゃぶりたいなら、「才能」が必要なゲームだってある。それこそ、ある意味本当に難しいゲームと言えるかもしれない。

 

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例えば、『Minecraft』。これは世界中で高く評価された名作だが、同時にとんでもなく難しい。

本作はいわゆる砂場ゲームである。プレイヤーは資源を集めて、未開の世界に色々な建築物を作る。もちろん根無し草で炭鉱夫をしたり冒険者をするプレーも存分に楽しめるが、結局は何処かに何かを建てる、タイトル通り「craft」がこのゲームにおけるコアになってる。

これが難しい。建物を建てようとしたら、プレイヤーは殆どこう思うのだ。「どんな建物を作ればいいんだ?」と。皮肉なことに、資材のない最初の方が、この点は簡単だ。道端に落ちてる丸石を拾って重ねれば、「中世風の建物」が出来る。最悪、土を集めて「虫の巣」で妥協したっていい。

その時は、最初は豆腐で始まるもんさ、やがて城でもBattlecruiserでも作ってやると言い訳が出来る。だが実際、資源が集まり、施設も増やそうと思い、新たに家を作ろうとすると、自分のセンスのなさに愕然とするものだ。最初はデカく作ったつもりが、いざ完成してみると木こり小屋並のスケール。そして形状は安定の「豆腐」・・・。あぁ、また作り直しだ。

 

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次は『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』。言うまでもなく、凄まじく造り込まれた世界を、自由に冒険できるゲームだが、そのポテンシャルを100%見いだせるかはプレイヤー次第だ。

このゲームの売上には、主にSNSでの「面白攻略動画」の投稿が貢献したと思う。例えば、迷宮を爆弾で自分を吹き飛ばして一気にショートカットするとか、ビタロックで飛ばした倒木に乗ってタワーを登るとか。アレみたら、誰だって「ワオ、このゲームは何だって出来るんだな!」と思う。

ところが、いざ自分やってみると、奇想天外な攻略法がポンと思い浮かぶことも、面白おかしな作り込み要素を見つけることも、稀にしか無い。ゲーム自体が良く出来てるので面白いことに違いはないが。

基本はフツーに遊んでフツーにクリアする。あの奇天烈なゲームプレイは、相応に遊びこまないと発見できないのだ。

 

と、こんな具合に創意工夫できるゲームは素晴らしいのだが、その分、才能も努力も必要になる。何でも出来るゲームは、何でも挑戦して見える可能性があるし、時にそれをひらめく才能も必要になる。

面白いゲームを100%楽しむのは、相応に難易度が高いのだ。

 

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もう一つ別のベクトルで難しいと思ったのは、『The Last of Us』。このゲーム自体、シンプルなTPSとステルスをかけ合わせた一本道のゲームで、創意工夫が必要なわけではないが、本当に評価されたのは多様な次元で再現された、「生き残る」という体験そのもの。

このゲームを作ったNaughty Dogは、元々『アンチャーテッド』シリーズで有名だった。こちらは大変前向きで、金銀財宝を求めて世界中を冒険し、わかりやすい悪の親玉と対峙する単純明快なテーマがウケて、日本でもファンが多い。

一転して『The Last of Us』は何だ。登場人物の大半に裏があり、人々が争う中でも明確な善悪があるわけでもない、精細なグラフィックで描かれるアメリカの廃墟は、美しさの中に哀しみがある。仲間は少なく、貧しい装備と、絶望的な状況で、ただ一歩一歩進むしか出来ない。

 

が、この「絶望感」故に本作は評価された。遊べば遊ぶ程に、エリーやジョエルの痛みや喜びが流れ込んでくるような、濃密な体験。とても楽しくサクッと遊べるゲームとは言えないが、この苦しみに満ちた人生こそ、他のゲームでまず体験できないエンターテインメントだ。

逆に、『The Last of Us』何も考えず銃でドンパチしようと買って楽しめるゲームでは到底ない。絶望的な物語には気力が奪われるし、弾薬や物資も使い放題とはいかない。

正直、そこらの小学生ゲーマーが本作を遊んでも、本作の面白さは理解できないだろう。むしろ退屈なだけではないか。何か人生で挫折を味わい重い話も理解できる大人や、文学や映像作品に造詣の深い人間こそ、このゲームを隅々まで味わえる。

 

このブログでは、似たようなベクトルで『LISA: the painful』や『ライフイズストレンジ』を紹介したけど、他にも『風ノ旅ビト』や『ICO』みたいに、アートとしての可能性も主にインディーズを中心に発掘されつつある。こうした芸術への審美眼が問われるゲームもまた、ある意味難しいゲームだ。

 

 

 

少しミスリードなタイトルで申し訳ないが、私個人、本当にゲームの「難しさ」を感じるのは、真に名作と思える作品に触れた瞬間だ。名作の圧倒的な質量を処理し、楽しむには相応に体力と能力を要するものだ。

創意工夫が出来るゲームなら、どんな事が出来るか色々トライする。映像表現に優れたゲームなら、そのテクスチャやライティングを注視する。重厚な体験が出来るゲームなら、文学的な叙述に耳を傾ける。

もちろん、今回紹介した『Minecraft』に始まる3作はいずれも、大してゲームに興味がない人間が触れただけで、最高に楽しい時間を過ごすことが出来るだろう。

それでも、こうした名作の、名作たる所以を噛み締めながら遊べるのは、ゲームを遊び続け、ゲームの知識や経験を持つゲーマーの特権だと思う。

オタク臭い話になってしまうが、実際名画を理解する審美眼は一朝一夕で鍛えられるものではないのだから。ありがたく活用して、より「高難易度」なゲームの楽しみ方を追求するのはどうだろう。