ゲーマー日日新聞

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劇場版 STEINS;GATE 負荷領域のデジャヴの感想

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ゲームをクリアした翌日、Blu-ray速攻で借りて観た。もう4年くらい前の作品だけど、原作の評価と併せて、こちらも感想を残しておく。

結論から書くと面白かった。割りと巷の評価はボロボロだけど、原作100点に対して85点ぐらいの出来だと思う。概ね理想とする形には仕上がっていた。

例によってネタバレのオンパレードなのであしからず。

 

 

 

 

 

 

まず素晴らしいのは、「紅莉栖が岡部を観測する」という方向性。

これは極めて重要。岡部はいくらなんでも働かされすぎた。何十回と世界線を移動し、その都度何か犠牲を強いられ、半殺しにされてきた。彼の年齢は肉体的に20歳でも、実際は100年近い時間を彷徨ってきたかもしれない。

それに対し、彼に与えられた報酬は「シュタインズ・ゲート世界線」となるのだが、実際彼がその世界線でどう生きたのか、具体的にそのシュタインズゲート世界線は、そこまでして得る価値のあるものなのか、全く不明瞭だった。

その切なさが『STEIN'S GATE』の醍醐味と言えば、確かにそうだ。実際、あれほど苦労して得たトゥルーエンドのエピローグが、ものの数十秒と一枚絵で終わったことには閉口したが、それこそ美という気もする。あの至宝の一瞬、紅莉栖と岡部が邂逅する絵は、正に一瞬描かれるからこそ、最高に輝くのだろう。

が、普通のファンからすれば、それはあまりに酷な話だ。何時間とテキストを読んで一枚絵で終わりじゃあまりにやるせない。アニメファンからしても同様だろう。なので、岡部がそこまでして守った「SG世界線」が具体的にどれほど価値があったのか、そして地獄を歩んできた岡部は本当に報われたのか、自分の目で確認したいという、強い要望に答えるという点で、本作は実においしい立場にある。

 

そして、実際その目的は7割以上、達成している。

まず、「SG世界線」は、やはり守った価値のある世界線だったのだ。最初の日常風景は、原作で描かれた退屈な序章とは訳が違う。「岡部が苦労して得た日常」。個性豊かで、愛らしい仲間がイキイキと生活している理想郷。それを本作はちゃんと描いている。

だが、岡部を襲う「消失」という危機。理不尽だが無理もない話だ。あれほど世界線を超えて、超人的な経験と知識を持っているのに、五体満足で生きる方が無理なのだ。

数々の時空旅行で超人的な諦観を持った岡部を、本作はリアルに描いている。日常は鳳凰院凶真だし、相変わらず女にはドギマギするが、自分がデジャヴで苦しんでる時ですら割りとこなれていて、紅莉栖に救いたいと言われた時も、断固として断り紅莉栖の身を案ずるところは、かなりリアルな「オカリンさん」の描写だった。

それに対して、紅莉栖はかなり不安定だ。助けたいと言ったり、諦めたりする。ファンはこの紅莉栖が「バカっぽい」と批判しているが、実際不安定でないと辻褄が合わない。岡部はさんざん時間旅行して、紅莉栖は記憶があるとは言えほぼ初対面、岡部より遥かに弱い。

全体的に、原作の延長線上にある話として違和感もなく、またファンが心底望んでいたであろう「SG世界線」もたっぷり描いている。

 

さて問題は、実際どうやって岡部を救うか、という話である。

本作はここが弱い。

まず、原作のラスト、紅莉栖救出作戦、オペレーション・スクルドのときの、岡部の言葉を覚えているだろうか。「自分を騙せ。世界を騙せ。」である。

ここまで、岡部は大抵の世界線の修正を「感情」で乗り切ってきた。まゆり、鈴羽、秋葉、漆原。彼女らの記憶を犠牲に世界線を修正する時、岡部は散々知恵を絞ったものの、基本的に試されるのは「感情」、つまり犠牲を耐えられるかという点だった。タイムマシンを濫用して生まれた過酷な結末を避けるため、タイムマシン使用の痕跡を消す。

逆に言えば、片方を犠牲にすれば、簡単にもう片方は助けられたのだ。

ところが、最後の最後、牧瀬紅莉栖の救済はそうもいかない。牧瀬紅莉栖と椎名まゆり、岡部は絶対に両方を救いたい。そのために、世界の選択のいずれにも同意せず、自ら新たな「シュタインズ・ゲート世界線」、つまりもう世界の提案には乗らないぞと決断するのだ。

だからこそ、彼は世界を「騙した」。牧瀬紅莉栖の死を、自分の苦痛によって偽装することで。散々岡部を試してきた世界のシステムを、逆に利用し、岡部は絶対に殺せないから、紅莉栖の死を肩代わりしたのだ。

これは正に痛快で。今までさんざん感情ありきの「根性」で乗り切った岡部が、最後の最後、このゲームで始めて「理論」で、世界という強敵を打ち倒すのだ。 *1

 

で、本作には気になる点がある。

そもそも疑問なのが岡部の消失は世界線に収束するのかということ。本来、世界線の収束とは極めて理不尽な超常現象だった。

例えば、まゆりはどんな手段を取っても死ぬし、紅莉栖でさえ、ほとんど発作的な殺人により死んでいる。逆に、岡部はSERNを挑発したりタイムマシンを作るなど、さんざん危ない橋を渡っているのに、絶対に作中の時代では死なない。めっちゃ理不尽である。

これが「シュタインズ・ゲートの選択」、即ち世界線の収束の醍醐味だ。世界で決定されたことには、その過程や理屈は瑣末なもので、それを捻じ曲げるには、同じだけの代償か、原作ラストのように世界ないし観測者を騙す必要がある。

 

さて、岡部の消失はこの「収束」に入るだろうか。私は入らないと思う。岡部は散々時代を乗り越え、精神が超人的な域に達しているし、同時に廃人同様に摩耗している。彼が消えること自体は、まゆりや紅莉栖の死と比べると、至って当然の現象に思える。それだけオカリンは時間旅行を経て、人間離れしてしまったのだから。

で、そんな岡部に必要なことは、原作ラストでやった岡部の「理論」でなく、その逆、「感情」ではないか。

彼は神でなく現実により排除されかかっている。それを本作のいう「世界線の収束」で解決すると、原作であれほど走り回ったのは何だったのと思う。

 

そして現に、紅莉栖の出した解は極めて中途半端なものだった。マッドサイエンティストについての助言と、ファーストキス。最初は序章へと続く「理論」だが、後半は感情的に訴える「感情」。あれ?原作に繋がるトリックいらなくない?と思う。そもそも、原作で重要だった岡部のアイデンティティに、他人が割り込んだら本末転倒だろと。

結局、無理に原作ラストを追う、つまりミステリー的なトどんでん返しは必要なかったと思う。あのトリックは、散々苦しめられた理不尽な世界線に対抗する切り札であり、もし真っ当な手段で紅莉栖やまゆりが救えたら、岡部は最初からそうしただろう。

で、岡部に必要なものは真っ当な手段なのだ。精神がボロボロになり、過去の記憶に苛まれ、アイデンティティを失いかけている彼を肯定し、「観測する」こと。それが岡部に必要なことだし、本作中でもそう言っていたはず。

だとすれば、中途半端にトリックを入れるより、正面から岡部の心を解きほぐしてやればよかったと思う。要はもっとイチャイチャしてリア充爆発しろと言わせろと。もし「シュタゲはSFミステリーだ!」って考えて作るなら、もっとSG世界線に沿ったトリックを用意すべきだったのではと思う。

 

 

*1:映画『スティング』のように