ゲーマー日日新聞

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何故おっさんの言う「名作」はあんまり面白くないのか

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割とゲームでもよくある話だと思ったので。

 

liginc.co.jp

ぶっちゃけ昔の人が推す「名作」があんまり面白くないと感じる最大の原因は、「新鮮味が薄れた」とか「感覚が変わった」とかじゃなく、「その当時流行っていたから面白かった」「けど今流行ってないから面白さが伝わらない」が正解に近いと思われる。

 

いや、無論ドラゴンボールは名作だし、私も好きだ。

第一、俺の考えだけど、ドラゴンボールはな、要はバトル漫画版の『源氏物語』なんだよ。キャラクター、掛け合い、コマ割り、作風、そういう本当に細やかな部分が面白いから評価されたんだ。フリーザとかひたすらかっけえし、こええだろ。あれが誰でも作れるわけじゃねーんだ。わかったかこのオタンコナス。

けど、こういう魅力は記者には全然伝わってない。これは記者の審美眼に問題があるというより、先輩が強引に押し付けてくる圧力によって、こういう機微な魅力を読み取れなかったと言える。

オススメするなら、具体的な根拠を出すべきなのだ。それも出さずオススメするなど、『DB』が面白いのか本人すら理解してない説はある。直接話したこと無いから知らんけど。

じゃ、結局彼はなんで『DB』をオススメしたのかと言えば、そこにもっともらしい権威があり、そしてその権威は、「皆が絶賛したから」という根拠に基づいて発生している。

 

つまり、先輩は大してDBが好きでもなかったけど、周りが凄いというから読んでみて、その魅力を周囲と共有でき、その価値を確信した。

でも今は共有できる人が少ないから、LIGの記者にはその魅力が伝わらなかった、そう私は解釈した。

 

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無論、これは全く根拠のない仮説でもなく、実際の所コンテンツの魅力とは「皆と同じ感想を共有できる」点が多いにある。

雑な式になるが、要するに

「素のコンテンツの面白さ × それを共有して充実する帰属欲求 =コンテンツの価値」

ということになるんかなと。無論、これは経済的な意味合いが大きいんだけど。

 

作品を見て、その感想を友達と話したりSNSにアップして、更に他の人の感想や意見を読んで、同じ考えの人とあたって。次の作品は、他の人たちが騒いであるあの作品を見ようかな、とか。

これは別に現代に限らず、昔からコミュニティがある所には、「共有」がコンテンツの大きな使命だった。

特に学校では常に話す話題を探しているので、『ドラゴンボール』で一番誰が強いか議論したり、『ドラゴンクエスト』でダンジョンの攻略法を練ったり、ただ友達と喋っているだけで楽しかった。

『ドラゴンボール』もその「共有」しやすい点が優れていた。

誰でも理解できる脚本に、戦闘力というシンプルな物差し、という新規を拒む障害が少なく、一方で味方は当然としてフリーザや魔人ブウといった魅力的なヴィランや、ダイナミックなコマ割りから映える戦闘など、誰でも理解できる魅力があった。

 

最近流行った『君の名は』とかも、作品それ自体の価値だけで言えば、あの圧倒的な絶賛に相応しい作品は他にもある!と思わなくもないが、あれも非常に「共有しやすい」点それ自体に、大きな価値があったのだと思う。

美麗な芸術という魅力をそのままに、題材の普遍性、物語の親しみやすさ、こういった所で幅広い層から支持を得た。

実際、子供からお年寄りまで「面白かったよね」と一緒に盛り上がれるコンテンツは一体どれだけあるか考えると、本当に凄い。

「一緒に共有できるコンテンツ」それ自体に、大きな価値があったのだ。

 

 

 

無論、「流行ってるコンテンツは真贋のわからないバカが騒ぐためのもの」と言いたいわけでない。それどころが、現在のコンテンツの鍵、それこそ「共有」なのだ。

音楽が典型的である。音楽はただ「曲」というコンテンツだけでなく、ライブやコンサート、クラブといった実際の場所でその価値を再現できる。

これはプロによる生演奏というだけでなく、音楽を愛好する同士が同じ場所に集まり、同じ体験を共有するという事自体に価値があるのだ。

特に近年、音楽は違法ダウンロードやストリーミングサービスの流行で「商品の販売」で得られる利益は減っていた。だが一方、ライブやコンサートの数は凄まじい勢いで拡大しつつあるのである。

これは音楽に求められるものとして、「共有」それ自体の体験が増えつつあることの証左だ。

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一般社団法人 コンサートプロモーターズ協会より

 

また、ビデオゲームにおいては、TwitchやYoutubeにおけるゲームプレイの配信や、プロプレイヤーによる競技esportsといった側面も同様に当てはまる。

これらは単に、ゲームという作品の価値、そしてプレイやトークといった技巧の他にも、それを閲覧するゲームファンがコンテンツを共有できる点に大きな強みがある。

コメント欄やSNSを通して、ゲームの魅力や面白さを共有できるからこそ、これらのコンテンツは拡大したのだ。

 

或いは、初音ミク等の「VOCALOID」はどうだろう。単純な価値で言えば、いくら完成度が高くても素人の作った曲がプロのものと比較されれば、やや苦しいのは否定できない。

だが爆発的に人気を博し、米津玄師等、今やここからプロのアーティストが多数排出されている。

それはニコニコ動画という磁場があったからだ。アップロードされた曲を聞いて、聞いた人間は任意のタイミングでコメントを打つことが出来る。そうやって意見を交換すること自体を楽しみに聞くことが出来た。これは市販のCDにはない大きな強みだった。

https://www.amazon.co.jp/dp/4757102453/?tag=hatena_st1-22&ascsubtag=d-79qa

詳細はこの著作から。

 

 

 

そんなわけで、基本的に「昔流行った作品」を今楽しもうとしても、そこまで楽しめないのは仕方ない。リアルタイムで皆と一緒に楽しめないというのは、それだけで大きな痛手なのは事実。

実際、純100%自分の価値観だけで作品を判別できる人なんて、プロの批評家でもそういないと思う。皆が面白いというから面白い、それはちょっと間抜けだけど、人間が社会的動物である以上仕方ない。

最も『DB』は今読んでも面白いとは思うけどね。ただしコミック版に限る。

 

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補足:

 

誤解しないで欲しいんだけど、無論「共有できないコンテンツはクソ」ってわけじゃない。これも場合によりけりだけど、大抵共有しやすいコンテンツには個性が削れて、その分、作品それ自体の立ち位置も変わってくる。

例えば、僕個人の好みだけど『チェーザレ 破壊の創造者』(惣領冬実)とか『ヴィンランド・サガ』(幸村誠)とかね。そこまで流行ってるわけじゃないけど、その分、凄く個性的で強烈な魅力がある。

 

あと、『DB』が当時面白かった根拠として、「時代ならではの新規性」が挙げられる。当初は凄い斬新だったけど、それが皆にコピーされて新鮮味が薄れた、というパターン。『DB』は多いに影響を与えた作品だから仕方ない。

だがこれだけで、作品の魅力は1部たりとも失われないというのが私の見解だ。名作はどれだけパクられようと、むしろ贋作に勝る。名作を完全に真似すること自体が不可能だからだ。

『DB』にはそれだけの普遍性があると思う。『スーパーマリオ 64』や『Half-Life』にもね。これらの作品は、最強に面白く、最強に拡散されやすい、つまりブロリー並に無敵だ。他の作品は粉微塵になってしまう。

 

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