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【評価】『my child: lebensborn』感想レビュー 遥か北欧の暴力

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レーベンスボルン(ドイツ語: Lebensborn)は、ナチ親衛隊(SS)がドイツ民族の人口増加と「純血性」の確保を目的として設立した女性福祉施設。一般的に「生命の泉」または「生命の泉協会」と翻訳されることが多い。ユダヤ人絶滅のために強制収容所と対照をなす、アーリア人増殖のための収容所である。未婚女性がアーリア人の子を出産することを支援し、養子仲介なども行なっていた。

レーベンスボルン - Wikipedia

 

「レーベンスボルン」、第二次世界大戦直前のナチス政権が進めた、”アーリア人増殖施設”。世界各地に純粋なアーリア人を作るための施設として建設され、中でもノルウェーは、26箇所のうち9箇所が集中する、ナチスにとっての「聖地」だった。

純粋な血を求めて子供を増やす。それだけでも十分に悲劇であるが、子供たちにとっての本当の悲劇は戦後だった。

彼らはナチスやドイツに関連する全てを憎むノルウェー人にとって、忌むべき「落とし子」であり、恐ろしい憎悪の対象だった。SSと関係を持った女性は、ノルウェー政府により強制収容所に1年半収容され、その間に産まれた子の多くが「知能障害」と診断され、母子共にノルウェー中で差別・弾圧された。

血によって生まれ、血によって蔑まる。こうして、「レーベンスボルン」はノルウェー現代史における風穴となった。その穴を埋めようとするのは、東西冷戦の終結を経てからであり、2000年にノルウェー首相が差別を受けた子供への謝罪、そして2004年には賠償が始まっている。

 

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私が『my child: lebensborn』について呟いた時、まさか何千RTもされる程に拡散されるとは思ってもいなかった。

言うまでもない。ノンフィクションを取り扱った作品で、しかもノルウェー現代史の暗部を取り扱った作品なのだ。日本に住むゲーマーが興味を持つとは思えない。現に検索エンジンで本作を調べても、主要メディアさえ取り扱っている所は稀であった。

だが、実際にこれだけ関心を惹いたのは本作の持つ力なのだろう。そして同時に、現代ビデオゲームシーンにおいて、ただ楽しいだけではない、何か特別な体験を得たいという思いが高まっている証左なのではないだろうか。

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この作品は、レーベンスボルンで産まれた7歳の孤児を養子として引き取り、育てる、一種のアドベンチャーゲームだ。

そして、自分は働いて日々の糧を得て、食事や入浴など子供の世話をする。ただ、単に世話をするだけでなく、休日や空いた時間には部屋でお絵かきをしたり、外で釣りをするなどして遊ぶ事が出来る。

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ただし戦後間もないノルウェーは元々豊かと言えない国であり、生活も苦しい。餓死するほどとは行かないでも、子供が求めるものを満足に買い与えられない時もある。

そして何より、自分の子供には、ただレーベンスボルンで産まれたというだけで、不当な差別が降り注ぐ。そうして傷つく子供をどうケアし、どう守るかが、本作の鍵となる。

 

何よりも、本作の素晴らしいポイントは、被差別者である子供自身を主人公にするのでなく、その子供を養う親にプレイヤーを割り振った点である。

シリアスなテーマを題材としたゲームによく発生する問題は、仮に作品の中で「苦しみ」「痛み」を体験させても、現実の自分には何の影響もない点だ。

ホラーゲームが顕著であり、例えば、仮にゲームの中でサイコパスに捕まり片腕を切断されたとしても、現実にそんな苦しみがないと知れば、むしろ自分が無事であるという「安堵」が勝るであろう。

これは、辛い食べ物やジェットコースターを嗜好するのと同じで、ギリギリのスリルを味わいながら、必ずそこは安心できる状況という、ギャップがもたらす「安堵」を味わうのに近いと考えられる。

ただそうした「安堵」は、ノンフィクションでは大きな障害となる。当たり前の話だが、実際に起きた事実か、それに近い体験を再現する上で、安堵など本来あってはならないことだからだ。

 

 

だからこそ、この作品が苦しむ子供でなく、自分の子供が苦しめられる親にフォーカスしている点は大変興味深い。

少なくとも、この作品においてあなた自身が不当な暴力や暴言に曝されることはない。あなたは”純粋なノルウェー人”であり、周囲に溶け込んでおり、社会的にはマジョリティに属する存在だ。

だが、子供はそうではない。自分の子供(My Child)は、毎日のように学校で暴力を振るわれ、心も身体もボロボロの状態で帰ってくる。同時に、毎日のように、あなたは子供を励まし、癒やし、そして何より、子供へ降り注ぐ人間の悪意に対して、何も出来ない無力さを呪うことになる。

自分ではなく、自分の大切な人間が傷つけられる。立場が変わるだけで、フィクションにおける苦痛は極めて現実的なものとなる。そこに安堵などない。

そしてふと自覚する。遠い北欧の国であった、世界史の教科書にも書かれていない些細な事実が、当事者にとってどれだけ恐ろしいものであったかを。

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この作品はディティールも拘っている。

日々届けられる新聞からは、当時のノルウェーが経済的に芳しく無く、また迫り来る東西冷戦がすぐ近くで激化しようとしていることが窺えるし、主人公が子供のために集めたという設定の資料から、当時のレーベンスボルンはどのようなものだったかを知る事も出来る。

特に興味深いのがノルウェーの食生活だ。本作における食事は、ただ子供を飢えさせないためだけでなく、プレイヤーと子供との、数少ない団欒の場でもある。調理する時は一緒に手伝ってくれる時もある。

だが生活は苦しく、魚や肉のような高価な食材を毎日買うわけにいかず、代わりにミルクのポリッジ(ヨーロッパ風の粥)が主食になる。これがお世辞にも美味しそうに思えないのだが、実際子供もあまり食べさせると遠慮がちに「正直まずい」と不満を言う。

なので、少し残業してその分美味しい食事を振る舞ってやろうと遅く帰宅すると、子供が「どうして帰ってくれなかったの」と悲しんでいたり、或いは一緒にマスを釣りに出かけると、ゴミしか釣れずに余計貧しい食事になったりと、やることなすことうまくいかないのがこのゲームである。

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ただ少し気になった点が、低価格(330円)ゲームとしても、あまりに「起床→仕事→就寝」のルーチンワークに変化が乏しく、作業的なゲームプレイになりがちな点だ。

無論、これは子供に対して何もできない親の立場を再現したものであろうが、同じUIで同じ事を繰り返すと、やはりこれはゲームだなと感じるようになるため、プレイ時間は正直この半分(2時間程度?)でよかったと思う。

いずれにせよ、『my child: lebensborn』は歴史的なテーマを取り扱ったビデオゲームとして完成度が高く、我々日本人の知らないノルウェーの歴史を一考する機会を与えてくれる、優れた作品だった。

 

だが一つだけ、この作品を遊ぶ時に覚えておくべきだ。

本作が舞台となるノルウェーは、かつてナチス・ドイツによる侵攻を受けこのような歴史が生まれた。そしてそのナチスと同じ枢軸国として、日本は大陸や太平洋に侵攻した。

連合枢軸問わず、大戦という世界全体を巻き込んだ未曾有の戦争は、終結して何十年もの間、人々の心を蝕み、苦しめたという事実を。

My Child Lebensborn

My Child Lebensborn

  • Sarepta Studio AS
  • ゲーム
  • ¥360

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