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#ゲーム批評祭 『Battlefield 1942』批評 著者:DENPA IS CRAZY

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著者:DENPA IS CRAZY

(Twitter:@denpa_is_crazy

 

 

 

「敵の潜水艦を発見!」、「駄目だ!」

 

 第二次世界大戦を舞台にしたFPS「Battlefield 1942」の数々の戦場で幾度となく繰り返されてきたやり取りであり、同作のファンにとっては合言葉でもある。

 

 第二次世界大戦については説明不要だろう。ドイツ・イタリア・日本を中心とする枢軸国と、イギリス、ソ連、フランス、アメリカを中心とする連合軍間で行なわれた大規模戦争である。

 

 その戦場は多岐に渡り、砂漠地帯が広がる北アフリカが舞台になった北アフリカ戦線、フランスやオランダなど西ヨーロッパが舞台になった西部戦線、ドイツとソ連が舞台になった東部戦線、そして太平洋の島々や海域を舞台にした太平洋戦線などなど、文字通り世界規模の大戦争であった。

 

 そしてこの大戦争はエンターテインメントのテーマとして親しまれている。映像作品や文学作品はもちろん、ビデオゲームにも多く取り上げられるている。今ではすっかり近現代戦FPSの代名詞となった「Call of Duty」シリーズや、「Medal of Honor」シリーズも初期作品は第二次世界大戦をテーマにしていたし、「Red Orchestra」シリーズ、「Brothers in Arms」シリーズ、「Day of Defeat」などなどFPSだけでも数多くのタイトルが世に送り出されてきた。ストラテジーやシミュレーションまで含めると数え切れないほどだ。

 

 そんな数々のタイトルの中でも筆者が最もハマったタイトルであり、筆者の人生に大きな影響を与えた「Battlefield 1942」について語っていきたい。

 

 開発したのは北欧スウェーデンにスタジオを構えるDICE、パブリッシャーはElectronic Arts(EA)だ。

 

 本作が発売されたのは2002年。当時から対戦をメインにしたFPSは人気ジャンルで、リアル系のFPS「Conte-Strike 1.6」、スポーツ系FPS「Unreal Tournament」シリーズ、「QUAKE」などが流行していた記憶がある。

 

 「Battlefield 1942」は当時のFPSの常識をくつがえすチャレンジ作だった。特に「最大64人対戦という圧倒的なスケール」、「ゲームに落とし込んだ数々の実在する戦場」、「戦車から軍艦、航空機、果ては潜水艦に乗りこんで戦えること」という3点に注目したい。

 

 まずは最大64人対戦という圧倒的なスケールだ。開発元のDICEは今とは比べ物にならないほど貧弱なPCスペック、回線状況という環境の中で、デフォルトで最大64人(32人vs32人)という文字通りに大規模な“戦場”を世に送り出した。

 

 32人vs32人という人数設定は絶妙で、一人ひとりに求められるスキルがそれほど高くない(初心者やセオリーがわからないプレイヤーが多少混じっていても他のプレーヤーがカバーできる)というバランスの一方、チーム全体としてはマップごとの定石がわかっている方が勝てるという、ミクロな視点で見るとカジュアルで、マクロな視点では奥深いゲーム性になっている。

 

 そしてゲームに落とし込んだ数々のリアルな戦場も見逃せない要素の1つだ。文頭で述べたとおり第二次世界大戦は文字通り世界規模の大戦争であった。広大な砂漠地帯、建物で入り組んでいる市街地、木々が生い茂る鬱蒼とした森林、小さな島々、そして海上--世界中のあらゆる場所が戦場になった。もちろんその戦場の大きさはまったく異なる。だが本作はこれを1つのゲームに落とし込んでしまった。もはやチャレンジ精神を通り越して無茶としか言いようがない。だがその無茶を実現してしまったのだ。なんとそのステージ数は20を超える。

 

 とはいえさすがに無茶は破綻するもので、ゲームとして見ると明らかにバランスが取れていない理不尽な“クソマップ”が含まれているのも事実だ。だが本作はその理不尽さを含めて楽しむゲームである。そもそも史実に条件がまったく公平な戦場が存在したことはない。本作でもベルリンの市街地戦でグレネードを使ってひたすらリスキルされたり、オマハビーチではビーチへの上陸すらできないほど蹂躙されたものだが、この理不尽さが楽しみであった。

 

 そしてそんな無茶とも言える数々のマップには、戦車から軍艦、航空機、果ては潜水艦といった兵器群が登場し、それらに乗り込んで戦える。第二次世界大戦といえばこれらの兵器群の存在を無視することはできない。だがゲームに実装するのは難しいと普通の開発者ならは考えるだろう。だが本作ではそれを実現してしまった。しかもほとんどの兵器は最低1人のプレイヤーで運用できるという割り切ったシステムだ。

 

 これらの兵器は強力で、歩兵だけでは体験できない数々の戦いが生まれた。敵軍の戦車が歩兵の盾になりながら前線を上げてくる。ジリジリと追い詰められる自軍だが、対戦車支援を要請すると自軍エースパイロットが精密な爆撃で戦車を破壊して防衛に成功する、といったシチュエーションもあった。逆に運用を1つ間違えると勝利が絶望的になる事もあり、初心者が兵器に乗り込んで強力な戦車を鹵獲されたり、駆逐艦を座礁させてしまうなんてことも日常茶飯事のハプニングだった。

 

 最大64人プレイヤーが参加する戦場で、バランスが悪いマップや致命的なハプニングから生まれる理不尽や逆境から生まれるエピソードを楽しむゲームだと筆者は考える。

 

 そんな第1作目の「Battlefield 1942」の誕生から、「Battlefield」シリーズといえばEA、そしてDICEを代表するシリーズに成長した。最新作の「Battlefield V」はもちろん、旧作の「Battlefield 1」、「Battlefield 4」のプレーヤー数も多い。だが驚くべきことに発売から16年以上経った「Battlefield 1942」にもゴールデンタイムには日本サーバーが満員になるほどのプレイヤーがいるのだ。ここからも完成度の高さ--いや本作へのプレーヤーの愛がわかる。

 

 昨今ではビデオゲームだけでなく他のエンターテインメント作品を見ても、第二次世界大戦というテーマは下火である。だが筆者にとっては近現代戦は武器や兵器が強すぎるし、かといって第一次世界大戦以前はローテクすぎる。歩兵、装甲車、航空機、軍艦のバランスがとれている理想の戦場はのは第二次世界大戦なのだ。

 

 2018年にはやっとシリーズの原点回帰と言える第二次世界大戦を舞台にした「Battlefield V」が発売されたが、武器のアンロックシステムなど最近のFPSのシステムを導入した同作はいささか流行に乗った優等生的なタイトルであり、粗削りであり理不尽を楽しめる“戦場”に身を投じられる「Battlefield 1942」に代わるタイトルではなかった。

 

 「Battlefield 1942」は今見てもまったく色褪せることなく、第二次世界大戦をテーマにした他のどんなタイトルでも体験できないエピソードを体験できる唯一無二の作品だ。

 

 


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J1N1の「ゲーム批評」批評:

 

正にお手本のようなゲーム批評である。

文学的な表現があるわけでも、刺激的な視点があるわけでもないが、しかしゲームを正面から批評する上で必要十分なテキストだ。王道にして、しかし正道である。

 

DENPAさんの批評で、特に美しいのが「動線」だ。文章、特に何か物事を説明する文章において、「動線」はかなり重要。今回のゲーム批評祭でも恐らく何度か出てくる言葉なので覚えて頂きたい。

DENPAさんの文章を読むと、まず第二次世界大戦の説明が入る。ここがまず美しい。恐らく私なら『Battlefield 1942』というタイトルを批評する場合、つい「64人対戦」というシステム的な変革や、「マルチプレーFPSの変遷」から入ってしまうだろうが、そうなると一部のFPSゲーマーしか理解できず、最初の数行で多くの読者は早々に退室してしまうだろう。

誰もが知る「第二次世界大戦」というテーマを改めて説明し、そのエンタメ的な側面から発展したFPSの文脈を見つめ直し、そこに『Battlefield 1942』という作品を「発見」する。そこからプレイヤー数、マップ、兵器など本作のスケール感を個別に見ていき、そこから著者の「Battlefield観」へ進む。実に美しい「動線」であり、読んでいて全く詰まるところがない。

 

DENPAさんはGame Watchなどのゲームメディアで書かれていることもあり、その実力は本物だ。言葉選びなど技巧も申し分ない。だが一方、商業メディアでは自分の意見をなかなか出せず、抽象的な批評になってしまう例もよく見かける。その点DENPAさんは生粋のゲーマーなのだろう、ちゃんと最後には自身の「Battlefield観」を含めて個性を出している。

ただ物足りないと感じるのは、中盤から終盤にかけてマップや兵器を説明しつつ、それが一体どのようなゲーム体験として還元されているのかが伝わりにくかったことだ。これを説明するのは難しいに違いないが、ゲームはプレイヤー側の入力を加えて成立するインタラクティブメディア故に、ゲームのカタログスペックだけでなくプレイヤー自身の体験まで動線を繋ぎたかったところだ。

どうあれゲーム批評祭の第一弾に相応しい、見事なゲーム批評である。

「ただ漠然と流れるプレスリリースを書いたり、適当な攻略記事を書いている、今のゲームメディアのライターではゲーム批評など書けません。」

と以前書いた所お叱りを頂いたが、この意見は俄然全く変わっていない。だがDENPAさんは、「ちゃんとプレスリリースに情報を加え、十分な攻略やレビューも書いているゲームメディア」のライターでは素晴らしいゲーム批評を書けることを、自ら証明していただいたわけである。はは、これは頭が上がらない。