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#ゲーム批評祭 『アイドル八犬伝』批評 著者:冨島 宏樹

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#ゲーム批評祭の第三弾。

冨島 宏樹さん(@Tomishima_h)による『アイドル八犬伝』の批評です。

冨島 宏樹『世界最強のゲーム主題歌とは「きみはホエホエむすめ」である』

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「最も素晴らしいゲーム主題歌とは何か?」


 そう問われたなら、筆者は『アイドル八犬伝』の「きみはホエホエむすめ」だと即答する。それはもう1秒の逡巡もなく、はっきりと。

 

 『アイドル八犬伝』は、1989年にファミコンで発売されたアドベンチャーゲーム。当然ながら時代的にもハード性能的にも、ゲームの主題歌にボイスをつけることなど夢のような話だった。

 2年前の1987年にアーケードで登場した『サイコソルジャー』、家庭用ではPCエンジンCD-ROM2と同時発売された『No・Ri・Ko』がゲーム中に生歌を流すことには成功していたが、それは当時最先端だったハードのスペックや、CD-ROMの大容量があってこその離れ業。

 ファミコンでは逆立ちしても不可能であり、苦肉の策として本作の主題歌「きみはホエホエむすめ」は、ボイス無しの曲に合わせて歌詞テロップが流れるという、カラオケのような形式が取られている。


 「なぜ歌声もないゲーム主題歌が、最も素晴らしいなどと言えるのか?」と疑問に思ったなら、それは極めて真っ当な感覚だ。だが、これはただの懐古趣味から出た主張ではない。主題歌と密接に関係したゲーム体験と、偶然とはいえこの古さが生み出した利点があってこそ言えるものだ。

 本作の主人公・西園寺エリカは財閥のお嬢様であるが、歌以外は特にとりえも無い少女。「3ヶ月以内に最も有名になった者を後継者とする」と祖母が宣言して始まった遺産相続レースも、天才実業家の長女や、数々の特許と博士号を持つ次女の前では蚊帳の外かと思われた。

 しかしエリカは、唯一の特技である歌を武器に、アイドルとして名を上げることを決意。占星術に長けたホシミ、株取引で財を成すヤヨイなど7人の個性的な仲間を引き入れ、スーパーアイドルを目指していく。

 

 運命に導かれた8人が1つの目標へ向かう『南総里見八犬伝』のフォーマットこそ踏襲しているものの、正直言えば主人公のエリカと、最も長く道中を共にするホシミ以外は数合わせと言えるほど存在感が薄い。これは本作で注力されている部分が「いかにエリカをかわいく見せるか」だからだ。

 とにかくエリカはコマンドを選ぶたび、誰かのリアクションがあるたびにコロコロと表情を変える。ほほえみ、困り、怒り、踊り、とぼけ、歌う。その姿は素朴なドット絵でありながら全てキュートさを保っており、プレイヤーは表情豊かなエリカに自然と愛着を持ち始めてしまうのだ。

 一方で彼女はストーリー中盤以降は、世界をイロモノ化させることが目的の“暗黒イロモノ大王”と対峙することとなるのだが、大王の誘いに対して「私は歌でみんなを幸せにする」と毅然と突っぱねる芯の強さも見せる。


 明るくお茶目で、目標にまっすぐなエリカの成長物語を追ううち、なるほど彼女は確かにスーパーアイドルとなるに相応しいと思えてくるだろう。エンディングまでは3時間程度で辿り着けるボリュームの少なさとはいえ、その体験はプレイヤーを西園寺エリカ推しにするには、十分過ぎる密度だ。

 そんなエリカの歌声は、作中では洗脳か魔法かと思えるレベルの強い影響力を持つ。自殺志願者を思いとどまらせたり、花火師と暴走族のケンカを収めたり、果てはラッコにくるみ割りを行わせたり……。

 特に序盤は、エリカが歌えば大抵の問題は解決してしまう。この突っ込みどころ満載な展開こそ『アイドル八犬伝』が稀代のバカゲ―として語り継がれた理由の1つなのだが、同時にエリカの歌声の凄さを伝える例として機能している点は見逃せない。

 バカをやっているように見えて、着々とプレイヤーには「エリカの歌は強大なインフルエンサーである」と刷り込まれているわけだ。しかも中盤には特訓の末、その歌声は奇跡とも呼ばれる“ミラクルボイス”にまでパワーアップしていく。

 

 一方で本作の主題歌である「きみはホエホエむすめ」は、ストーリー内で伝説の曲として登場するものの、歌詞は意図的にぼかされている。プレイヤーがその全貌を知るのは、すべてがハッピーに解決したエンディングでの話だ。

 スーパーアイドルとしての第一歩を踏み出したエリカのコンサートでついに発表されるその曲は……あえてこの表現を使わせてもらおう。何ひとつ意味が分からない!

 「きみはホエホエむすめ」の作詞を現実に担当したのは、『日本以外全部沈没』『ヅラ刑事』などのカルト映画を手掛ける河崎実。

 氏の独特過ぎるセンスで構成された歌詞は、“ベルマーク”“猫のインビテーション”“いて座でB型”など謎ワードが飛び交ったうえ、何故か円谷一や成田亨といった特撮界の重鎮に河崎実本人の名までもアナグラムで盛り込み、最後は“頓智が効く”で締められるという、支離滅裂すぎるものとなっている。

 しかし曲調自体は非常にポップで、加えて曲に合わせて踊るエリカの姿や、その後の活躍を予見させる登場人物たちのメッセージといったビジュアル面とのシンクロ率もまた驚異的。一度エンディングを見れば、決して忘れることのできないインパクトだ。

 

 後の2000年代にはアニメや美少女ゲームを中心に、印象的なフレーズや掛け声が耳に残る“電波ソング”が一大ブームを巻き起こしたが、「きみはホエホエむすめ」はその先駆者といえる。『アイドル八犬伝』が現在まで根強いファンを持つ理由として、この曲の高い中毒性は重要なファクターである。

 とはいえ、最初に述べた通り「きみはホエホエむすめ」にはボイスが付いていない。だからこそプレイヤーは想像するしかないのだ。絶望に沈んだ人間や、果ては動物の心まで動かす力を持った、スーパーアイドル・西園寺エリカの歌声を。

 ある者は、いかにもアイドル然としたハイトーンボイスを思い浮かべるだろう。

 またある者は、好きな女性アーティストの溌溂とした声をそこに重ねるかもしれない。そして、それらは全てが正解なのだ。正しいエリカの歌声は決して示されないのだから。

 容量やハード性能といった事情により、偶然とはいえ想像が許される余地は残された。もしもこれがボイス有りであったなら、確かに良い曲とは言えどそこで完結してしまっただろう。印象的な歌詞に、素晴らしい曲と演出。

 そしてプレイヤーの想像にすべて委ねられた、スーパーアイドルに相応しい歌声。それらが三位一体だからこそ「きみはホエホエむすめ」は最高のゲーム主題歌たり得るのである。

 

 プレイヤーの想像を広げることに特化したドット絵は、リアルさを突き詰める最新ハードとは別のベクトルの表現形式として、現在は一定の地位を得ている。同じように、想像を広げる音楽が改めて再評価される流れもあってよいはずだ。

 それはたとえ古くとも「きみはホエホエむすめ」のように、多くのプレイヤーに強く印象を残し、筆者のように最高のゲーム主題歌だと信じてやまない者すら生み出す可能性を、まだ秘めているのだから。“頓智が効く”新しい表現形式として、あえてプレイヤーの想像に任せる挑戦を音楽で果たす、野心作の登場を待ちたい。

 

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J1N1の「ゲーム批評」批評

 

先に白状します。僕は『アイドル八犬伝』というゲームを冨島さんの批評で初めて知りました。ってか1989年やぞ、俺まだ生まれとらんわ!

だがもちろん、冨島さんの批評が決してその題材の物珍しさからではない。こう言えば失礼かもしれないが、今からちょうど30年も前の作品を語るにも関わらず、冨島さんの切り口が確実に現在から始まっていることに驚く他ない。

「最も素晴らしいゲーム主題歌とは何か?」という普遍的な問いに対して、およそ現代では(いや30年前でも)誰もが思いつかないような曲、「きみはホエホエむすめ」が登場するのだから、その「落差」をしっかりと批評に落とし込んでいるのは、必ずしも批評が独りよがりなものではなく、むしろその作品を今現在でより多くの人に伝えたいという強い意志の元に書かれているためだろう。それは何よりも大切なことだと思う。

無論それはセンスではない。使える音声が技術的に限られているからこそ、抽象的なメロディと歌詞を用いて、所謂「電波ソング」と呼ばれるような曲が驚くほど作品のコンセプトに適応する。

 

だが正直に話せば、やはり私はこの話を聞いて、あの文芸部の教室に鳴り響いたピアノを思い出さずにはいられなかった。あちらもゲーム史に残る音楽表現だったに違いないが、そのアプローチは失っていた「声」を取り戻すという、本作と全くの逆だったのだ……。