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#ゲーム批評祭 『CrackleCradle』批評 著者:ウィキダ

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CrackleCradle:ゲームに秘められたフェティシズム

著者:ウィキダ(@wiki_da

 

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国や地域、時代によって虫を食べる文化がある。日本にもざざむし、はちのこ、イナゴを食べる地域がある。また人はうさぎや猫を食べたり、犬や猿、クジラに馬だって食べることもある。

 

しかし非合法なものでもない限りは食事として供されたものを「食べたい」「美味い」という人がいる以上は非難する権利は誰にもないはずだ。でもうさぎを飼っている人がうさぎ料理を見たり食べたりするのを避けたいというのも当然の心情であろう。

 

性的倒錯においても同じように言えるだろう。実在する誰かを傷つけたり、権利を奪ったりしない限り、あらゆる性別、行為、状況……何に興奮していても人から文句を言われる筋合いはない。同時にお互いが不愉快にならないよう合う人と合わない人で避けておきたいものでもある。

 

私がこのレビューで語る内容は読んだほとんどの人が不快感を感じるだろう。

 

それによって読者を精神的に傷つけることは私の望んでいることではない。僅かな人でもいいから共感を得たい、何か思考のきっかけになって欲しいと思っているが現実には反対の結果になる。単に「引いた」という以上に「恐怖」や「苦痛」を与えかねないのである。

 

私はこれから「リョナ」と呼ばれる被暴力の対象に興奮する内容を取り扱ったゲーム『CrackleCradle』について語る。戦いの末ひどい目に合わされている人を見て興奮する、ということについて触れた話する。

 

これが苦手という方、あるいは読んでいる最中にダメだと思ったらすぐにブラウザのタブを閉じて今日みた内容は忘れてFortniteとかやったりアニメを見たり、discordで雑談とかして気を紛らわせてほしい。

 

といっても好奇心だけで見て後悔する人もいる可能性を考慮して結論だけ先に書いておく。

 

CrackleCradleはSakifox氏がほぼ一人で開発したPCのフリーゲームだ。ゲームは市場的価値を越え、業とさえいえる性的倒錯のリョナにさえ応える表現の一つであり、CrackleCradleはそれを証明した作品である。

 

とにかく伝えたいことはこれだ。

リョナ自体の素晴らしさがこのレビューの目的ではないが、暴力的描写について避けられない。

 

以下からCrackleCradleの素晴らしさについて詳細に語る。

ここまで警告した以上はレビューを見てからの責任を持てない。

レビューに問題のありそうな画像の掲載はないが、とにかく不愉快だと思ったらすぐにブラウザ閉じてほしい。

リョナとは?

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652 名前:ゲーム好き名無しさん[sage] 投稿日:03/08/20(水) 23:40 ID:???

バイオやRPGなどで喘ぎ声をあげながら死んでいく光景で

自慰する行為を猟奇オナニーと命名する

 

657 名前:ゲーム好き名無しさん[sage] 投稿日:03/08/21(木) 23:30 ID:???

猟奇オナニーを略してリョナニーと命名する。

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2chから提唱されたこの性的倒錯はゲームから認識が広まり、

後に変身ヒロインもののアニメや特撮などさまざまな分野で鑑賞の対象となった。

ニッチながらも「ryona」は「doujin」「hentai」「senpai」

などと同様に世界的で通用する美しき日本語だ。

試しに動画共有サイトに適当な格闘ゲームの名前とryonaをあわせて検索してほしい。

ほぼ確実に特定のキャラクターが特定の攻撃されたりしている様をまとめた映像がヒットするだろう。

 

提唱された時点でリョナは暴力的状況に行う自慰や嗜好を指す言葉であったため、

決まった定義のあるジャンルとしては曖昧なままだ。

また、愛好者の少なさに対して好みの差が非常に激しいのも

ジャンルとしての扱いにくさに拍車をかけている。

加えて人に危害を加えて性的興奮を得ること自体が極めてアブノーマルなため、

ゴア表現だけならともかく「リョナ」自体を大々的に公言するゲームというのは需要の低さ以上に社会的なリスクから考えれば商業的なルートからはまず発売されない。

(公言されていなくてもリョナラーの視点から評価のある作品は今も昔もある)

 

ところが需要と供給とコンプライアンスだけがこの世界のすべてではない。

それらすべてをはねのける情熱が生み出したゲームもまた存在する。



前置きが長くなったが、リョナの解説を抜きにこのゲームを語ることはできない。

今回紹介するCrackleCradleはSakifox氏がほぼ一人で開発したPCのフリーゲームだ。

敵を退け、罠を避けボスを撃破すればクリアとなるシンプルな高難易度ACTである。

本作の魅力はそのやられ演出の多さと熱量だ。

ほぼすべての敵と罠に専用の死亡演出がある上に凝った演出も多い。

この死亡演出はHotlineMiamiのようにRキーを押すまでゲームを再開せずに観ることができる。

 

技術は惜しみなく暴力表現へ

そのうちハチのモンスターの演出は目を見張るものがある。その一連の流れを説明しよう。

この敵に捕まると空中で拘束されて背後や腹部に針を刺されたあと、蜂の子が腹を食い破って現れる。そして蜂の子はプレイヤーにたかってきて食い始めるというものだ。

死亡確定から蜂の子が出るまで約33秒。

本作は非常に戦闘のテンポが早くて自分も敵も数回叩けば倒せるし、お互いに攻撃のスキは少なめだ。

しかしハチに刺された時点でリスタートが可能しておき、演出として30秒あまりのザコによる死亡シーンを作るというのは熱意の現れだ。

当然見たくなければすぐにリスタートできる。利便性を廃せず演出としている点が遊戯としてのゲームの位置づけを崩していないのだ。

 

そしてこの手のゲームに欠かせない初見殺しのユーモアも忘れてはいない。

・跳ね上がる床で飛ばされた先に歯車に巻き込まれ圧殺。

・機関銃から逃げた先に刃付きローラに引っかかって結果的に両方の洗礼を受ける。

・行き止まりかと思ったら敵が天井から出てきて「だーれだ♡」されて死ぬ。

・敵に殴り飛ばされ、ワイヤーに切り刻まれる。

などステージ設計、敵デザインを匠に組み合わせた惨殺テーマパークとなっている。

 

ヒットストップ、モーションブラー、ボーンアニメーションによる痙攣、力なく武器を手放すタイミング、スタミナ切れによる倒れ込みなど単に画像を増やしただけでなくプログラムにおける仕様が増えていることからその苦労とは伺える。

それぞれに込められた動きとその技術はどれも素晴らしい。

 

小気味よくプレイヤーの強さを実感できる確かなゲーム体験

なによりニクいのが本作が一方的にいたぶられるのをみせるだけのポルノ的な作品にとどまらず、高難易度ACTとしても完成度が高いことだ。

ダークソウルやCupheadのように敵が大きく振りかぶるような動きはほとんどないので、多くの場合は初見の敵や罠に翻弄される。

しかしどれも敵の配置、移動範囲をつかめば手早く倒すことができる。

それは3人のプレイヤーキャラがどれも異なる攻撃、移動の特徴を持ちつつも操作性がよく、慣れるほどにテキパキとステージを攻略できるようになるからだ。

 

奈々は銃による無限の射程で安全圏から攻撃と扱いやすいショートダッシュを持つ。

敵のライフや攻撃範囲を把握するほどリロードのうまく挟めるようになる。

 

涼子は素早いナイフの連撃とつねに高い移動速度をさらに上げるダッシュができる。

接近戦のリスクは高くて素早い動きで囲まれないよう動いたりする必要があるものの、

困ったらガン逃げや壁ジャンプによるショートカットも可能だ。

 

幽紀は銃剣ショットガンによる高い単発火力とショットガンの反動ジャンプや銃剣突き刺しなどによる舞うようなトリッキーな攻撃を得意とする。

ショットガンによる攻撃は地上ではスキがあるが真下へショットガンを一方的に打ち込めば倒せる。

 

一方的に抑え込まれなければ軽快にステージを飛び回りながら敵を屠ることができる。

強くてかわいい女の子でバシバシと敵を倒せるようになれば爽快だろう。

 

究極のインタラクティブメディアとは

リョナラーの数だけリョナがあると言われており、このゲームがリョナの世界のすべてではない。

だがその中でも強い女の子が凶悪な敵と死闘を繰り広げるという点においてこれほど突き詰めた作品もないだろう。

リョナにおいては強いキャラでもどうしても敗北が多く描かれるため、

設定に反して負けてばかりという矛盾を抱えやすい。

しかしゲームであればプレイキャラの強さも相手にする敵の強さも自分の手応えを通して感じる事ができる。

そのうえ勝負の結果はプレイヤーを通した責任なのでその矛盾を解決できる。

プレイヤーが相手を圧倒する優越感と敗北の可能性を一つの作品に込めたゲームゆえの表現なのである。

 

リョナゲー、それは多くの人にとって知ることもなければ

触れようともされない代物であることは今後も変わらないであろう。

それでも飽くなき自身のリビドーを表現すべくゲームを作る者さえいる。

ゲームのもつ可能性とは最先端のグラフィックや他の人と楽しく過ごすのみならず、

あらゆる性的倒錯にさえ応える究極のインタラクティブメディアであり、

CrackleCradleはそれを証明した作品である。


―――――

J1N1の「ゲーム批評」批評

 

 

うちの読者は変態しかいないのか(困惑)

真面目な話、ウィキダさんは私が(この企画で珍しく)ネット上で面識のある方で、彼が「リョナ」という性癖(ちょっと誤用)に強く熱を入れている事も知っている。その上で、私は冒頭にあった警告通り、その趣味を受け入れることはできない。

 

これは特に『Doki Doki Literature Club』という作品に触れて大きく変化した心境なのだけど、漫画やアニメから生まれた所謂「萌え」のカルチャーやコンテクストに対して私は今とても敬意を払っているし、それは同時にキャラクター、人物それ自体を強調し、物語の主軸に置くというあり方にも大いに賛同している。

即ち、萌えのカルチャーの根源は人物(主に美少女の)の人格的・外見的な美しさ、そして完璧さを内包する文化にある。つまり萌え文化において外見的に完成された美少女をあえて登用するのは、人間が本質的に望む美しい姿であるというだけでなく、そうした願望を基に発展した文化と私は考えている。

故に、「リョナ」という文化を私が受け入れられないのは、ただ画面の中の少女が気の毒だから、生理的に受け付けないからではない。そういった人の美徳を無条件に受け入れる「萌え」文化における構造に対して、美徳が無遠慮に穢される「リョナ」の方向性が「萌え」の本質と矛盾するように感じるためだ。

無論、矛盾するからこそ「リョナ」は享楽的なのであり、そういった萌え文化の本質に疑問を投げかける作品、例えば以前話題になった『魔法少女まどか☆マギカ』や、先程述べた『DDLC』を私は高く評価している。

だが、やはり女の子が何の蓋然性もなく、また何かを乗り越えるわけでもないまま、ただ無遠慮に蹂躙される様子は心が痛むし、それを助長する評価はとりわけ賛同できない。それは新聞の国際面で、先進国のミサイルによって破壊され尽くした街を見た時のような、いやそれ以上の悲しみを私の心に残すのである。

 

……という私の考えと、批評それ自体のクオリティは関係ないので、今回掲載する運びとなった。