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それでも、僕らは岩田さんに会いたいんだ 『#岩田さん』書評

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『岩田さん』という書籍が発売されることは知っていた。

 

岩田聡。

 

HAL研究所で開発者として名作の誕生に携わり続ける中、社長就任してからは優れた経営手腕で赤字経営を脱出、その実績から任天堂の社長となってからは「ゲーム人口の拡大」を掲げて包括的なゲーム事業を展開、「ニンテンドーDS」や「Wii」の発売でライト層を大きく拡大することに貢献した……。

 

当然、ゲーマーを自称する人間で岩田聡を知らない人はいないだろう。いや、ビジネスマンの教養としても知っておくべきだ。ゲームが一過性の消費対象ではなくて、カルチャーにまで昇華した現代において、岩田聡の貢献は計り知れない。

 

だが。岩田聡は生涯一度も本を出版しなかった。

 

いや、出版する必要がなかったのだ。

 

「社長に訊く」など、ギリギリのスケジュールでも自分のノウハウを社員と共有することは無論、直接企業の利益にならずともゲーマーにまで共有することを惜しまなかった。

 

既に岩田聡がもったいぶり、うやうやしく「私が15億の赤字を6年間で返済できた、たった一つの冴えたやり方」とか「ニンテンドーDSとWiiを売りまくった敏腕社長、その強さの秘訣」みたいな、クソみたいなタイトルのビジネス本を出す理由がなかった。そんなことせずとも彼の知見は、ほとんど、無料で、どこでもネットで、読めたからである。

 

だから『岩田さん』という書籍が発売されることは、僕にとって少し訝しいものだった。本を出さなかった人の本を、あえて今出す必要があるのか。それは岩田聡が望むことなのかと。




「岩田さん」との対話

 

『岩田さん』の目次を開くと以下のように続いていく。

 

第一章 岩田さんが社長になるまで。

第二章 岩田さんのリーダーシップ。

第三章 岩田さんの個性。

第四章 岩田さんが信じる人。

第五章 岩田さんの目指すゲーム。

第六章 岩田さんを語る。

第七章 岩田さんという人。

 

まず、岩田聡が任天堂の社長になるまでの経緯が彼の個人的な体験や功績と共に紐解かれ、やがて部下をマネジメントする立場としての岩田聡や、宮本茂や糸井重里らなどの「友人」から見た岩田聡の姿が、そして彼自身がゲームに対してどう向き合ってきたかなどが描かれていく。

 

内容それ自体は、前書きにもある通り既にインターネットや雑誌で公開された発言が主なものである。岩田聡という人間を良く知る人間であれば、全く新しい情報はそんなに聞かない。まして、ビジネス的なメソッドや創作のソリューションを求めて本著を読むのはおすすめしない。

 

それよりも驚いたのは、この本は基本的に「岩田さん」という人間がこちらに一方的に語り掛ける「対話」として作られている点だ。

 

「いま思うとそれはかなり特殊な電卓で、「=」のキーがないんです。たとえば1と2を足すときは「1」を押した後に「ENTER」のキーを押すんですね。で、「2」を推して最後に「+」を押すんです。どこか、日本語のようでもあって、「1と2を足して、3と4をかけて、12を引くと、いくらですか?」というようなかたちで入力していくんですけど、もう「=」がないだけで、ふつうの人はつかおうと思わないわけじゃないですか。そういうものを自由に使いこなすというのが、当時の自分にとっておもしろいことなわけです。」

(16-17)

 

この本はずっとこんな調子で続く。少し狭くて、埃臭い6畳に満たない密室で、黒いソファに座った「岩田さん」がにこやかにあなたへ話しかけるかのように。

 

いわゆる、事実の羅列がほとんどこの本にはない。「こうすれば売れる」「こんな働き方をしてはいけない」といったように、ただビジネスの手法や哲学を並べるのではなくて、それらをすべて岩田さんと読者の「対話」の裡に落とし込まれている。

 

だからすごく読みやすい。この本は「岩田聡の講義」ではなくて、「岩田さんの面談」なのだ。「岩田聡」ではなく「岩田さん」というタイトルからもそれは明らかなように、彼らが伝えたいのは「岩田さん」という人間そのものなのだ。




この本のすごく面白いところは、「岩田聡」は控えめに言って同じ人間とは思えないほどの実績と能力があって、それは本人の口から淡々と語られるのだけれど、そこに微塵も「だから私はすごいんですよ」という自慢や、「あなたもこうなりなさい」という強制がなくて、本当に岩田さんにとっては何気ない日常の中から、「あなた」に対して役に立ちそうで楽しんでくれそうなエピソードをピックアップして伝えているような点だ。

 

さっき引用した「電卓」の下りもそうだ。「学生のころに「”=”のない電卓」と出会ってそれを使いこなした、それが楽しかった。」という話なんて、どう考えてもおかしい。普通は「”=”のない電卓」なんて使いたくないし、けど岩田さんは「楽しい」と感じた。岩田さんは間違いなく天才なのである。

 

けど、だからといって岩田さんには「あなたも私のように強いチャレンジ精神を持ちなさい」とか「幼い頃から鋭いセンスを磨きなさい」なんて一ミリたりとも言いだす気配がない。「ね、こんなこともあったんです。おもしろいでしょう。」その程度にしか考えてない。

 

岩田さんが社長に就任してからのエピソードもずっとそうだ。

 

「HAL研究所の社長だったときの面談は、半年に1回、社員全員と話していました。多いときには80人から90人ぐらい。時間はひとりあたり、すごく短い人で20分ぐらい、長い人で3時間ぐらいです。それを6年か7年ぐらい続けていました。」

(27-28)

 

笑う。

 

当たり前だけど赤字を垂れ流して一番会社がしんどい時に就任した岩田さんは、多分日本の大抵の社長さんよりも忙しかっただろう。そんな中、面談に100時間以上は費やした、それも1年に2回というのだから、ともすれば悪い冗談みたいな話だ。

 

でもやっぱり、岩田さんはそれを冗談にすることも、自慢にすることもしない。彼の口癖でもある「それが一番合理的だと思ったので。」でしかない。

 

「わたしが面談でどのくらい時間をかけているかというのは、つまり「相手がすっきりしたらやめている」ということなんです。その意味では、「できまるでやる」。それも決めたんです。

 みんながわたしを信用してくれた非常に大きな要因は、わたしがその面談を続けてきたことだと思うんです。生半可な覚悟では続けられませんし、それがしんどいことだということは、誰の目にもわかりますから。」

(32)

 

ほら、やっぱりこんな調子だ。

 

よく読めば明らかにおかしいことが書いてあるのに、なまじ語り部があまりに平然としているので、「そんなもんか」と思っていしまう。理解しようとするほど自分が間違っているような気がする。ひょっとすると全国の社長も社員全員と面談しているのかもしれない、年に1回程度で。と。もちろんそんなわけないので、やがて自分の常識を疑いだし、自らの存在すらあやふやになって哲学の谷間に落ちかねない。

 

ここまで読み込むと、もう『岩田さん』は奇書の類なのではないかと思えてくる。まんじゅう怖い、岩田さん怖い。

 

生前、岩田さんがこだわっていた伝わりやすさを尊重するかのように、文章に無駄な漢字がないのも「奇書さ」を逆に増長してる。非常に複雑なことを、極めてわかりやすく伝えてくるギャップで、感心するよりも笑ってしまう。




それでも、僕らは岩田さんに会いたいんだ

最初述べたように、僕は本を購入する前に「岩田さんの本を出す必要はあるのか」と空に問うた。いかに様々な偉業を成し遂げたといえ、生涯一度も本を出さず、しかし出すべき情報は全て出すような方の本を出す必要はあるのかと。

 

ただ実物を見て、納得せずにいられなかった。少なくとも岩田聡という人間のイメージが崩れることもなく、しかし我々が知るべきことがたくさん記されていて、特にこれから若い人や他業界の人が「ゲーム」というカルチャーを理解する上でこの上ないアーカイブとなるだろう。

 

やはりこの本を編集された、ほぼ日刊イトイ新聞の永田泰大さんの力が大きいのだと思う。かねてよりすごい方だと思ってたけど(『ゲームの話をしよう』という名著を読めばそれは明らかで)、ゲームに対する深い知見と、最高峰の編集能力、何より岩田聡との長い交友がある彼にしか作れない、いや彼以外作るべきではない本だった。




だが、それでも。いかに岩田聡を知り、日本語を書ける人でも、肝心の「岩田聡が亡くなるまでしなかったことを、他の人がしていいのか」という、かすかな違和感はぬぐえなかった。

 

永田泰大さんはほぼ日のウェブページでこう語っている。

 

「大きな喪失があったとき、

人はきっとそういうふうになるのだと思う。

ぼくに「岩田さんの本を出してください」と言ってきた

たくさんのゲームファンの人たちも、

あるいは、いま、岩田さんの本が出ると知って、

それを自分に向けたものだと強く感じている人たちも、

きっと同じように、あの日から大きな喪失を抱えて、

自分なりになにかしたいと、ずっと思ってきたのだと思う。」

1. 4年前の約束。 - 岩田さんの本をつくる - 岩田さん - ほぼ日刊イトイ新聞

 

そうだ。僕らは、端的に言って悲しいのだ。

 

岩田さんが亡くなったことが。悲しくてならないのだ。

 

もう任天堂のユニークな製品を発表してくれないことが。もう動画で「直接」と言ってくれないことが。『スマブラ』の宣伝で何故かレジー(米任天堂の当時社長)と殴り合ってくれないことが。

 

寂しいし、悲しい。その喪失感を4年経った今でも忘れられない。Nintendo Switchの成功から、そこでリリースされた名作まで、ここ数年でも全く衰えない任天堂の躍進と、何よりこれら素晴らしいゲームの魅力について、誰よりも共有したい「岩田さん」はもういない。

 

あまりにも早い死を、受け入れられるほど少なくとも僕は強くない。

 

だからこれは、究極的に自己満足なのだと思う。

 

「岩田聡が最期まで本を出さなかった」という事実を第三者がどう解釈するかは、その人次第だろう。

 

だけど、僕も不思議なもので、「本を出さないでほしい」という気持ちと、「何か岩田さんの言葉に触れる機会がほしい」という気持ち、その二つを実際には併せ持っていた。そして多分その二つを心の裡に同居させることは、決して間違いなんかじゃない。

 

そんな非常に複雑な葛藤は、多分僕などより、「友人」と接した永田さん、宮本さん、糸井さんの方がより大きいに決まってる。だけど、うん。やっぱり僕らは岩田さんがいないゲームの世界で生きてかなきゃいけない、そんな踏ん切りを付けるにはもう一回岩田さんに会うしかないのかなと思う。

 

この本の名前が『岩田聡』ではなく『岩田さん』だったり、副題が「岩田聡はこんなことを話していた」からも推察できるように、この本は既に岩田聡が発した言葉を改めて集めて、読者である我々と疑似的に対話できるツールとして編集されているんだけど、この「対話」という形式にこだわったのは割と単純で、多分「僕らが岩田さんと喋りたいから」でしかないんじゃないかな。

 

既に岩田さんに対して強い敬意を抱いていたゲーマーから、これから岩田さんについて学ぼうとする人にまで、ただ純粋に「岩田さんってこんな人で、ちょっと理解できないくらいには優秀だけど、まぁとにかく良い人だよ」って伝われば、もう十分なんだ。

 

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